第1節 入学
澄み渡る青い空。それを覆い隠さんばかりの桜の木のアーチの下を、俺たちは自転車で爆走していた。おそらく車であればスピード違反で捕まっている。この並木街道は小学校の通学路であるため、この時間は車が走らない。歩道の小学生の注目を浴びるのも厭わずに車道の真ん中を競うように走る。
「遅刻したらどう言い訳するんだよ……ああ、僕の第一印象が……。」
となりでぶブツブツと嘆いてるのは中学からの親友である猪宮航だ。成績優秀で黒縁メガネがよく似合っている。楽観的な性格だから、本当に心配しているわけでもないとは思うが、一応説明する。
「大丈夫だ。このスピードならあと十分で着くだろう。」
「なぁキヨシ、あと十分で入学式始まるんけど!」
今にも泣きだしそうな声だった。俺、神崎清詩は決して時間にルーズなわけではない。たまたま壊れる目覚まし時計とたまたま出かけている両親が悪いのだ。おかげで盛大に寝坊してしまった。それでも待っていてくれた航には感謝してもしきれない。俺も起きてから家を出るまで十五分というのは頑張ったほうだろう。しかし……
「あと十分!? 嘘だろ…」
しかし交差点を曲がったところにあった公園の時計は入学式開始時刻である九時の十分前をぴったりと示していた。腕時計を確認すると八時を指している。……どうやら腕時計も壊れていたらしい。もうこうなったら全速力だ。信号に引っかかったときに言う。
「…ここから競走だ。ギア上げて行くぞ!」
「りょーかい!」
ここから先は信号のない一本道だ。二人で先を争いながら目的地へとひた走る。
鹿隆寺高校は奈良県鹿隆寺町にある唯一の高校で、県北では一番新しい進学校である。しかし市街地からの交通の便が悪く、定員割れする年も少なくないため、偏差値は高くない。俺がそこそこ頑張ってギリギリ合格するレベルだ。ちなみに航がこの高校を選んだ理由は本人曰く「近いから。」である。そして当然のごとくトップ入学して新入生代表の言葉を話している。すごいやつだよ、ほんと。
入学式が終わって教室に戻り席に着く。結局俺たちは開式の二分前に学校についた。玄関で待ち構えていた教師は叱る時間も惜しいらしく、体育館に向けて走りながら小言を言われた。まあ、俺はともかく重要な役目のある航がいないのでは式が始められなかったのだろう。クラス編成は入学式の後に確認したから、まだ全部には目を通していない。右隣の席に座りながら航が言った。
「また同じクラスとはね……こうなる予感はしてたけど。」
「やっぱりワタルもC組になったか。それにしても中一から四年連続だぜ? すごいよなぁ。」
それに俺たちは中学時代の美術部の同期でもある。いつもその四人で遊んでいた。絵を描くことが多かったが、海で泳いだり、近所の山を探索したりもしていた。そういえば、シズノとミキはどこの高校に行ったんだっけ……?
「あ、キヨシ君とワタル君だ!」
「おぉ! 二人とも久しぶりじゃん!」
二人とも同じクラスにいました、はい。
「……って、ええええぇぇぇぇ!!!」
彼女たちは桜谷静乃と水寺深稀。同じく美術部の同期である。しかしやばい、思わず叫んでしまった。名前も知らないクラスメイトたちの視線が痛い。しかし、ちょうどいいタイミングで担任がやってきて視線を引き受けてくれた。先生グッジョブ。
「では配布物を配って解散としますね。自己紹介は明日のHRで行います。今日の宿題はその準備ということでお願いします。」
四人で学校を出る。元美術部のみんなと同じクラスになったし、苦手な自己紹介には一日の猶予をくれるし…高校生活初日は上々の滑り出しだった。この調子でいけば高校生活は素晴らしいものになるはずだ。しかし、こうやって四人で一緒に帰るのは三年間つづくのか?ふとそんな疑問が浮かぶ。いつかこの関係が終わってしまう日がくるのでは……
「どうしたの、暗い顔して。」
深稀が顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもないんだ。」
そんな未来は想像できない。きっと夕日を浴びてセンチメンタルになっているのだろう。明るい話題を探しながら帰路についた。