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自己嫌悪さえ満足にできない僕らは…  作者: 宇治ヶ崎鹿乃
序章 そして魔術は封印されて
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歴史的自己犠牲

 丘の上、周囲を円形に竹の柵で囲われた場所で、白装束の男女が話している。装飾品や態度から見て、身分の高い女とその従者といったところであろう。その男が必死に訴える。

「卑弥呼様!何度も言うようですがその術は危険です!神かなにかでない限り肉体が耐え切れません!」

 会話の内容は穏やかなものではないらしい。卑弥呼(ひみこ)と呼ばれたその女は少しムッとしたような様子で言い返す。

「我が普通の人間だとでも言うつもりか。清彦よ、今日までこの国を治めてきたのは誰だと思っているのだ。」

「そ、それは……」

 清彦(きよひこ)というらしいその男には言い返すことが出来なかった。彼女の言う通り、その実力は本物だ。十数年前には大陸から千人規模の遠征があったが、彼女とその従者六人で殲滅してしまった。かかった時間は十五分。その中の一人だった彼だからわかるが、その時は彼女の魔術が戦力の九割を占めていた。時間はかかれど、一人でも余裕で勝てたであろう。

「大丈夫だ。今日はこんなに晴れている。これだけの日差しがあれば十分だ。太陽光を魔力に変換する術は清彦も知っているだろう。」

「しかし卑弥呼様、『断魔ノ結界(ダンマノケッカイ)』を張るのに日差しは邪魔になるんですよ!」

 彼女は一瞬ポカンとしていたが、今日これから起こることが自分しか知らないことを思い出した。

「確かにこの大きさの魔法陣を組み立てようと思ったら、日差しの邪魔も侮れないな。だからこそ今日なのだ。」

 彼にはさっぱりわからない。僅かに暑さが和らいだのは気のせいであろうか。

「まあよい。見ていればわかるであろう。清彦、少し離れてくれ。」

 その言葉で彼ははじめて彼女の足元から魔法陣が広がり始めていることに気付く。魔法陣は加速度的に広がり、丘を覆い尽くしてなお広がり続けた。血塗られたような赤い線で描かれるそれは細部まで幾何学的な模様と、大陸のものとは似て非なる放術文字で埋め尽くされている。やがてその線が光を帯びる。どうやら一枚目の魔法陣が完成したようだ。ここまできて中止はできない。

「……卑弥呼様。何か私にも手伝えることはないでしょうか。」

 彼女はじっと彼を見据えた後、うつむいてゆっくりと首を横に振った。そして先ほどよりも語気を強めて言う。

「早く離れるんだ!もう少しですべての術が発動する!」

 彼にとって彼女の命令は絶対だった。すぐに『自身転送(ジシンテンソウ)』の魔法陣を組み立て始めた。その組み立てがいつもより遅かったことを責められる人はいないだろう。やがて非情にも魔法陣は完成する。最後になるであろう言葉は決め兼ねていた。数秒逡巡した挙句出た言葉が、

「……卑弥呼様、新しい世界でもお元気で…」

というありきたりなものだった。「なぜ最後の日に自分を呼んだのか」とは訊けなかった。自意識過剰であると思うがゆえに訊けなかったのだ。その答えを聞いて別れたら自分が壊れてしまうとわかったから。彼女はいまだに無言でうつむいていた。すでに四枚の魔法陣が足元から積み重なって完成している。最後の一枚が膝の高さで展開を始めた。彼も仕方なく『自身転送』を発動させる。そして魔法陣が彼の体を包み始めたとき、彼女がおもむろに顔を上げ、口を開いた。

「清彦、あなたにはこの世界での未来がある。ほかの五人と力を合わせてこの世界を正しく導いてくれ。我はもうこの世界には帰ってこれないであろう。よろしく頼むぞ。」

 そう言い切った彼女の目には涙があふれていた。しかしそれをぬぐい微笑む。最後の意地だった。

「さらばだ、清彦。」

「卑弥呼様……!」



 少し離れた高台に転送された清彦は、にじむ視界でやっと異変に気付いた。周辺が昼間にしては異常に暗い。何事かと空を見上げ、恐怖した。太陽が欠けていた。三日月よりも細くなっていた。それがどんどん細くなって…………消えた。その瞬間、元いた丘が眩い光を放った。どうやらすべての術が発動したらしい。そしてその光が収まったとき、卑弥呼は丘ごと姿を消していた。



過去最大の魔術が発動した日。

最強の魔術師(マジシャン)が丘とともに姿を消した日。

そして……

『この世界から魔術が無くなった日』

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