試験
一か月など見てる間であった。
明人は、学校が終わってからも父に指南してもらい、父相手にかなりの手数を出す事が出来るようになっていた。最初の数週間見てもらっているのを玲が知り、慎吾が知り、最終的には父に向かって三人で向かって行ったりと毎日充実していた一か月だった。
明人は自分でも驚いたのだが、神世は力社会で、自分は、知らないうちにその社会の上部に行くことを約束されているのだと知った。なぜなら、自分には父から譲り受けた強い気がある。人世に居た頃は気付かなかったこの気が、ここへ来て訓練を受けるうちにどんどんと分かるようになって来た。なんの努力もしないのに、持っているこの気のせいで、自分はこの社会で生き抜いて行ける…。明人は不思議な気持ちだった。これが、嘉韻の言う世襲なのか。
一方、玲は言っていた通り気がそれほど強くなかった。だが、軍神になれるぎりぎりと言った感じの気の量で、父にも試験に受かるどうかはわからないとのことだった。玲の父は軍神であるのだが、それでもたまにこういうふうに違う能力を受け継いでいる者も居るのだと、父は後でそっと明人に言った。
明人は、明日の試験に備えて体を動かした後、玲と一緒に近くの森を歩きながら、言った。
「ついに明日だな。お互い、良くがんばったじゃねぇか。」
明人がいうのに、玲は微笑んだ。
「本当に。もし二人とも軍だったら、明人はきっとすぐに我の上司になってしまうだろうな。まるで戦うために生まれたみたいだ…龍の宮の王がね、明人みたいに事もなげに皆を蹴散らしてしまうぐらい強いんだ。我も、あんなふうになれたらなって、ずっと憧れてたんだけど。」
明人は思った。それはきっと、維心様だな。
「維心様か?オレも会ったことあるよ。月の宮へ帰るのに、親父が直談判したんだ…たまたま人の世に来てた時にな。」
玲はびっくりした顔をした。
「ええ!?王と話したの?!…滅多に外へ出て行かれないのに!」
明人は思い出そうと眉を寄せた。
「…なんでも妃の買い物に付き合ってとか言ってたな。オレもあの頃は、龍だの神だの王だのまったくピンと来ない時だったから、今になってすごいことだったんだなと思うんだけどよ…あの時はただ必死でさ。」
玲は膨れて横を向いた。
「なんだよ、我だって一言ぐらいお声かけてもらいたかったのにさ。」
明人は慌てた。だってほんとに知らなかったんだって!
「そんなこと…だけどさ!」明人は言った。「ここで神世に慣れたら、龍の宮に両親が居るんだし、向こうへ仕えることも出来るんじゃないのか?そしたら、機会もあるじゃねぇか。」
玲はそれを聞いて、見る見る元気を無くした。明人は何か悪いことを言ったのかと、ハラハラした。玲は、やっと明人を見た。
「明人…我はね、落ちこぼれなんだよ。」
明人は驚いた顔をした。どういうことだ?
「何言ってるんだよ。お前、成績優秀だって涼先生だって言ってたじゃねぇか。」
玲は首を振った。
「頭は回るよ?でも、気がこんなじゃないか。我は、軍神の子なのに…」とまた下を向いた。「龍の宮では、間違いなく序列を下げてしまう。我の血筋のね。嘉韻が言ってたろ?やるしかないって…でも、このままじゃ我がつらくなるだろうって、両親が心配して、神の世に慣れないと言って、ここへ送ってくれたんだよ。ここなら、我もしたいように出来るだろうからと。人の世に明るいのは本当だけど、我は神の世に慣れないんじゃなくて、やって行ける能力を持たなかった一族の落ちこぼれなんだ。」
明人は衝撃を受けた。そんなこともあるのか…だったら、同じように能力がなく生まれた者は、肩身の狭い想いをして、神世でやって来ていたのだ。今は月の宮が出来たから、こうして玲も逃げて来ることが出来たけど…でも、やっぱり、玲は軍神を選んでる…。
「でも、軍神になりたいのか?」
明人が言うと、玲は頷いた。
「うん。父上と母上が喜ぶだろうと思って。我が無事に軍神としてここでやって行けてたら、龍の宮ほど厳しい宮ではないけれど、軍神の我を誇りに思ってくれるかなと思って。」
明人は思った。でも、玲はきっと、教師のほうが似合ってると思う…心根が優しいのを感じるし、闘気もそれほど上がらない。激情に駆られないと、自分の闘気を全開には出来ないだろうと父も言っていた。
「…玲自身は何がしたいんだ?オレは、玲はせっかく頭がいいし、ここじゃ選ばせてもらえるんだから、政務とかのほうが向いてるとは思うけどな。オレはバカだから、どう転んだって無理だけどよ。」
玲は考え込むような顔をした。
「…涼先生にも同じことを言われたよ。」玲は月を見上げた。「でも、我の夢なんだ。軍神になって、皆と戦うんだ。」
明人は、頷いた。これ以上何を言っても無駄だろう。何より、玲が軍神になりたいと言ってるんだから。
明人は立ち上がって玲を促すと、家路に付いた。
次の日、軍の試験には4人が揃った。慎吾が、甲冑を身に着けた嘉韻に言う。
「なんだ。結局主もここか。」
嘉韻はフンと鼻を鳴らした。
「そうよ。結局何をやってもこれ以上に向いておるものが見つからなんだわ。この血には抗えぬ。それが分かっただけでも収穫よ。」
遠くにある的を壊すのは、難なく皆クリアした。玲も、危うい気がしたが、それでも砕いたことには変わりない。試験官の李関が少し眉を寄せたが、次の段階である立ち合いに、四人とも向かうことが出来た。
一列に並んで待っていると、李関が進み出た。
「我が相手を言いたいところであるが、本日は義心殿が王について来られておるので…せっかくであるので、お相手願おうと思う。」
明人が驚いて横を見ると、そこから青い龍の甲冑を身に着けた、黒い髪に澄んだ青い瞳の軍神が歩いて来た。明人は身がぶるぶるっと震えた。間違いない。これはとても太刀打ち出来るレベルの軍神ではない。なんて大きな気…おそらく、龍の宮でも序列がかなり上であるだろう。玲が横で、息を飲んでいる。きっと知っているんだろうな、と明人は思った。李関が言った。
「龍の宮の筆頭軍神であられる、義心殿だ。」
義心は軽く会釈した。明人達も頭を下げる…上司ではないので、膝を付く必要はない。義心は言った。
「本日、我が王、王妃がこちらへ参っておられるので、我は供をして参ったのだ。だが、こちらで試験とやらが行われると聞き、こうして主らの相手をすることになった。気を楽にして参るが良い。」
李関が長い棒を義心に手渡した。義心はそれを、なぜか懐かしそうに見て、二、三回振った。きっとこんなものは何百年も持ったことはないのだろう。誰から呼ばれるのだろうと思っていると、李関が言った。
「さあ、誰から参る?誰でも良いぞ。」
「我が」嘉韻が真っ先に言って、足を踏み出した。「お相手願おう、義心殿。」
李関が嘉韻に棒を手渡す。残りの三人は、慌てて下がった。明人は思った…嘉韻は、やっぱりすごい。軍の訓練を鳥の宮で受けていたと聞いた…だが、立ち合っているところは見たことがない。訓練場にも、まったく来なかったからだ。
義心は、嘉韻をじっと見た。そして、ほう、と嘉韻を見た。
「…もしかして、主は嘉楠の息子か?」
嘉韻は棒を構えながら、眉を寄せた。
「如何にも。我が父を知っておるのか?」
義心は薄っすらと笑った。
「知っておるぞ。最後に会うたのは戦場よ。主の父は我が宮へ攻め入って来たからの。あ、いや、もう一度会うた…炎嘉様が亡くなる折り、我が王に付いて鳥の宮へ参ったからの。それきりよ。」と義心は構えた。「主は試験であったの。しかと見届けようぞ。参れ!」
嘉韻は、速かった。いやそれ以前に、型が完全に身についていて、まるで現役の軍神を見ているようだった。とても、士官学校のレベルではない…明人は、あまりのレベル差に、呆然とした。
義心は、そんな嘉韻を見ながら、片手で軽々と凌いでいる。こちらは子供を相手にしているような風情で、緊張感は欠片もなかった…明人は後悔した。なんでオレが先にやるって言わなかったんだろう。嘉韻の後なんて、絶対に嫌だ。
義心が、ちょいと小手先を返した。
「…では、終いぞ。」
棒が嘉韻の手から飛んだ。李関が言った。
「止め!」と嘉韻を見た。「主は士官学校ではなく軍へ。基本は教える必要はないゆえの。」
嘉韻は、少し息を切らせながら頷いた。明人は仰天した。結果、ここですぐに教えられるのか!
「次は…、」
「我が!」隣で、玲が大きな声で言った。「我に相手をさせてくださりませ。」
義心は玲を見た。
「主…修の。」
玲は頷いた。
「はい。玲でございまする。」
義心は複雑な表情を浮かべたが、すぐにそれは消えた。そして玲に向かって構えた。
「来るがよい。」
「失礼いたします!」
玲は大振りで義心に掛かって行った。確かに、玲は頑張っている。だが、嘉韻の後なので、それはことさら精彩を欠いて見えた。父の信明にあれだけ立ち合ってもらっておいてよかった…明人は心底思っていた。きっと、残っている慎吾も同じ思いであるだろう。
ふと、動きが止まったので、明人はそちらへ意識を向けた。義心が、棒を降ろした。
「…玲。主は、ここへ来た意味を考えたことはあるのか?」
玲は、乱れた息を必死に整えながら、言った。
「…はい。ですが、我は軍神になりたいのです。」
義心はしばらく黙ったが、頷いた。
「ここでは、いくらでも時間をくれるのだと言う。もっとよく考えるのだ…もちろん、それは道が決まってからでも遅くはないぞ。わかったな。」
玲は棒を降ろして下を向いた。
「はい、義心様。」
李関が、また険しい表情をした。そして、慎吾を見た。
「次は主ぞ。主はもう入ることは決まっておるがの。腕前を見ようぞ。参れ。」
玲の合否は定かではない。慎吾も気にしながらも、棒を手にした。
義心はまた、お、という顔をした。
「なんと主、父にそっくりであるぞ。慎吾であろう?慎怜は我の友であるゆえな。」と眉を寄せた。「…まあ、あれも困ったことであるが。主、なぜに我が宮へ来なんだ。あれは何も言わぬが、大層残念がっておるようだったぞ。」
慎吾は自分を知っていることに驚いたようだったが、固くなりながら答えた。
「我は…あまり、父と、その、話をする気になれぬので。」
義心はため息を付いた。
「さもあろうの。だが、話ぐらいはしてやってくれ。」と構えた。「来るが良い。」




