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行き場

明人は未だかつてないほど悩んでいた。序列を重んじるこの社会、一度決めたらずっとそこに居ないと、とても務まらない。己を磨かないと、すぐに序列が下がる。すると、仮に好きな子が出来たとしても、結婚出来ないかもしれない。男は特に、強さが要求される世で、軍神はかなりモテるのだそうだ…これは玲の話だが。

しかし、嘉韻によると、そんなにいいことばかりではないらしい。何しろ行動を起こすようなことは全て軍神の仕事で、人の世で言うと警察がするようなことや、自衛隊がするようなこと、それに大工がするようなことや、その他諸々は全て軍神がしている。労働基準法もないので、何日も眠らず働くことも当たり前だし、王に許されなければ任務も離れられない。休みはほとんどなく、日曜なんて観念もない。ただ月の宮は、人社会から来た者のために出来ているので、一応シフトで7日に一度は休みが来るようにはなっているそうだ。

では、政務担当はどうかと言うと、これがまた大変で、王が呼べば夜中であろうと行かねばならないので、ほとんど宮から離れられない。休みの日があればその時だけ屋敷に戻れるらしいが、軍神のように毎日戻ることは不可能だ。一応シフト制にしているらしいが、なかなかそうも行かないのが神の世の政務なのだそうだ。

唯一人の世らしい職が、学校だった。だが、募集枠は少なく、かなり優秀でなければ採用されない。涼は人の世では医者だったらしいと聞いて、明人はすぐに諦めた。自分の頭では無理だ。

政務も向いていないのは明白だし、体を使うことは慣れている。それぐらいしか取り柄のない自分なのだから、やはり皆が言うように、軍士官学校の試験を受けてみようか…。

明人が部屋でうんうん唸っていると、父が覗きに来た。

「明人?入るぞ。」

明人は振り返った。父が入って来た…皆の年齢と見た目を考えたら、300歳の父がこの外見なのは合点が行く。

「親父…オレ、やっぱり軍神しかねぇのかな。今日、学校で進路決めろって言われたんだよ。」

父は傍の椅子に座った。

「就職先ってやつか?この宮では聞いてくれるんだったな。オレも聞かれたが、迷わず軍神を選んだよ。なんてったって、オレはこれしか自信がねぇからな。これで龍の宮でもやってたわけだからよ。」

明人は父を見た。

「親父…なんだって龍の宮みたいなエリート集団に居たのに、人の世なんて行ったんだ?しかも、神なのに能力を隠してあんな仕事ばっかして。もっと稼げたじゃねぇか。」

父は、少し黙った。そして、椅子にそっくり返った。

「言うようになったじゃねぇか、明人。」そして、真剣な顔になった。「オレがずっと人世で生きようと思ったら、目立つ訳にゃ行かなかったんだよ。いずれ身を隠さなきゃならねぇのに…死なねぇんだからな。戸籍もないのに変なことは出来ねぇ。免許だって、術で誤魔化して取った。とにかく、目立てないんだ。」

明人は頷いた。

「そこは分かる。でも、あの龍王の下に居たんだろ。あそこは入ろうったって入れる宮じゃねぇと聞いたぞ。」

父はため息を付いた。

「…オレはな、軍神だった。王に派遣されて行った人世で、龍の母さんを見つけたんだ。母さんは神なのにそれを知らずに居て、両親が…事故で死んでな。その両親が必死に王に向かって、最後に放った念が龍の宮に届いて、王が連れ帰れと我らに命じたのよ。」

明人は初めて聞く話に、身を乗り出した。父は続けた。

「オレが教育係になった。だが、母さんは神の世に馴染めなかった…頑張っていたけどな。人だと思ってたし、親が一度に死んだショックからも立ち直ってなかったし。それで、毎日泣いてたよ。だから、オレは決心したんだ…一緒に人世に移ろうってな。」

明人は驚いた。じゃあ、親父は地位も何もかも捨てて、母さんのために人の世へ行ったのか。

「親父…。」

明人は、父を見直した。苦労するのはわかっていたのに、母さんのために…。そしてまた、自分のために神の世に戻ったのだ。

「お前には悪かったと思ってるよ。オレ達のせいでこんなことになっちまって。ほんとは子供なんか作っちゃいけなかったんだ。だけど、お前が生まれたら可愛くてさ…いつか神の世に戻らなきゃならないのは、お前が育って行くのを見て思ってたことなんだがな。どう転んでも、お前は神なんだからよ。しかも半神じゃなく、生粋の龍だからな。」

明人は、父を見て言った。

「オレ、軍神になるよ。士官学校へ入る。そりゃ親父から見たら笑えるかもしれないけど、親父の血が流れてるんだ、きっとなんとかなる。必死でやるよ、追い付けるかわからないけど。」

父はびっくりしたような顔をしたが、笑って頷いた。

「軍神は過酷だぞ?だがな、モテるんだ。だが、神の女には気を付けろ。お前、男が何人も嫁をもらえるの知ってるか。」

明人はびっくりした。

「え、神の世は一夫多妻なの?」

父は頷いた。

「ま、能力次第だがな。女の位置が人の世では考えられないほど低い。しかも略奪社会だから、いつどこの嫌な神に連れ去られて嫁にされるかわかったもんじゃない。穏やかに生きて行くには守ってもらう男が要るんだ…だから、こましな男を見つけて、それが軍神だったりしたら、夜に勝手に部屋に忍んで来たりするんだぜ。で、責任取らされて面倒みなきゃならねぇから、一人なんかだったら困るんだ。自分の好きな女を嫁に出来ねぇかもしれねぇじゃねぇか…だから、一夫多妻なのさ。」

明人は身震いした。モテるって、そんな感じにモテるのか。ゆっくりできないじゃねぇか。

「そんな男が安心出来ない世だなんて、聞いてねぇよ。」

父は声を立てて笑った。

「ははは、大丈夫だよ。李関なんか、自分の部屋に結界張って防御してやがる。オレも宮の部屋には結界張ってるよ。今この宮で序列が高いから、こんな心配までしなきゃならねぇんだ。お前も気をつけろよ。李関は親切にも結界の張り方を先に教えてくれるらしいから、しっかりやれ。」

明人は顔をしかめた。

「まず先に試験に受からなきゃな。」

父は頷いた。

「お前の気なら大丈夫だ。基本の技術さえ身に付けたら、おそらく序列も早く付くだろう。すぐに一人前になる…問題はそのあとだ。戦があったりしたら、命の危険があるからな。一緒にがんばろうや。」

明人は頷いて、月を見上げた。月の宮の軍神になる…。

明人は、進路希望の紙に、第一希望しか書かなかった。


「おはよう、明人。」

教室に入ると、玲が笑って声を掛けて来た。そして、手に持っていた進路の紙を興味深々で覗き込む。

「で、何にしたんだ?」

明人は苦笑した。

「オレ、やっぱり軍に入ることにしたよ。これ以外に考え付く場所なんてねぇし、何より親父がさ、なんかかっこよく見えたんだよ…この間演習してるの見たんだけどさ。」

玲はふ~んと言う顔で、第一志望しか書かれていないその紙を見た。

「明人は良いよね。我はさ…一応軍神志望だけど、実は父上ほど気が強くないんだ。だから、試験に落ちるかもしれないし、第二志望は学校にした。我は、人の世にも詳しいし。」

明人はハッとした。そう言えば、人の世と神の世両方に住んだことがあって、両親共に神って玲だけだった。

「そうか、玲はバイリンガルだもんな。もったいねぇよ、学校のほうがこき使われなくていいじゃねぇか。その頭を利用すりゃあいいのに。」

玲が困ったように苦笑していると、後ろから嘉韻が言った。

「バイリンガルとはなんだ。」

「嘉韻!」

明人と玲がびっくりして振り返ると、その後ろから慎吾が言った。

「主、本当に学ぶつもりはあるのか?己で調べよ。なんでもかんでも聞きおって。話しが止まってしまうわ。」

慎吾が言って傍の椅子に腰掛けると、その隣に嘉韻も座った。

「聞く方が早いではないか。まあよい、後で図書館へでも行って参るゆえ。それより、やはり主は軍か?」

慎吾は顔をしかめた。

「もう決まっておるのに、今更変えることなど出来ぬわ。主こそ、まさかまだ事務などと言っておるのではあるまいな?」

嘉韻はため息を付いた。

「それよ。涼殿に聞くと、では、一通り体験してみればどうかとのことだったのでな。我は本日から全ての省を回って参る。さっそく、宮のほうへ行く予定ぞ。」

皆が顔色を変えた。

「そんなことが出来るのか?なんでオレ達には言ってくれなかったんでぇ!」

明人が言った。嘉韻は眉を上げた。

「主らは我ほど迷ってはいまい。我はの、宮に仕えるとはどういうことか分かっておるゆえ…余計に迷うておるのよ。主らにとっては、まるで着物を決めるような気安さに感じるの。なぜに己の生涯を捧げるものを、それほどに簡単に決められるのか我には理解出来ぬ。人の世とは、そんなものであるのか。」

慎吾が眉を寄せた。

「確かに…人の世では、合わないと思えば転職することが出来たしの。神世では違うのだな。」

嘉韻は頷いた。

「辞めるとは、また序列を一からやり直すということぞ。序列が下であるとそれはつらいゆえな…まあ、神世は世襲であるゆえ、こうして選ぶことなど出来ぬ。ゆえ、辞めると己の子孫まで序列を失うことになるの。悪い時には父や縁戚の者の恥じとなるしの。やるしかないのよ…死するまでな。ほんに、この宮は良い場所よ。我は自由に選ぶことが出来るうえ、まだ序列がしっかりしておらぬ。いくらでも上を狙って参れる訳であるから。希望が持てるの。」

大真面目にそう言う嘉韻は、なんだか神々しかった。神なのだから、自分もそうのはずなのだが、何かが違うと明人は思った…そう、心構えだ。教科書に書いてあることは理解出来たつもりでいたが、所詮は紙の上のこと。明人は、本当に厳しい神の世というものを、目の前に見ている気がした。

いつの間にか来ていた杏樹が言った。

「私も…母に言われましたわ。一度決めたら、それを貫かなきゃならないって。辞めるとかは人の世の考え方だから、捨てるしかないのよと。途端に怖くなって、私も涼先生に話しに行ったら、職場体験して来ていいって言われたので。」とため息を付いた。「王の侍女も募集しているみたいだから、一度行って参るつもりでおりまする。私は序列など関係ないですし。」

それを聞いて、明人はなんだか羨ましかった。女の地位は低いというけれど、ここではそんなことはない。でも、男で侍女のような仕事をする者は、実は一番下の序列の者がしているのだった。なので、明人にはそれはとても選べなかった。

「がんばって来いよ、二人とも。オレは、とにかく試験に受かるために、訓練場へ行って来る。」と、玲と慎吾を見た。「お前達もどうだ?」

二人は頷いた。

「よし、行こう!」

五人は共に教室を出ると、別々に別れてそれぞれの訓練に出掛けて行った。

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