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飛べない龍

明人は、帰ってからもテキストを見て復習していた。

今まで、こんなに必死で試験勉強などしたことはない。これは、自分でもびっくりであったが、これは生活に直結することなので、必要に迫られてしている勉強なのだ。

神の世の一般常識なんて、簡単だと思ったが、全く簡単ではなかった。

とかく序列や礼儀を重んじる神の世では、一回の失敗がとんでもない事態を引き起こしたりする。明人は、父がどうしてあれほど頭を下げるのか、やっとわかった気がした。

父の序列は軍神の上から二番目、父曰く、龍の宮ではこうは行かなかったと言う。

月の宮は出来てから日が浅く、軍神自体が少なかった。それなので、父のように軍事訓練を受けて龍の宮でそれなりの位置にいた龍なら、上の位置に行ってもおかしくないのだという。そういう意味では、この宮は力社会の神の世で、埋もれてしまっている神達にとっては、チャンスのある宮なのだという。

月の宮の王は、蒼という元人の月の命を持つ者で、月の力とは他の神の力とは種類が違い、最強である龍族の王・維心ですら全開で戦わねばならないらしい。しかし、その時の気のぶつかり合いは地を破壊し、大変なことになるので、そんな諍いは起こることはなかった。

ひたすら礼儀の所を復習し、明人はひと段落して居間の方へと出て行った。


そこには、母と父が茶を飲んでいた。

こちらに帰ってから、二人とも本来の姿である30代前半辺りの若い姿に戻っていて、明人は落ち着かない。人の世では、二人とも人に会わせて50代ぐらいに見せていたのだ。明人もその姿を当然と見ていたので、今更この姿はまるで他人のような気がする時もあった。

父が言った。

「…よう、明人。学校はどうだった?友達は出来そうか?」

明人は首を振った。

「みんなより完全に遅れてるから、オレに一人先生が付いてるんだよ。クラスに入れるようになるには、まだかかるんじゃねぇか。」

居間の椅子に座ると、母がお茶を出してくれた。

「ふーん、今までみたいにのらくらやってたら追い付かねぇぞ。早いとこ覚えられる所は覚えちまって、先へ進まねぇと。」

明人はブスッとして言った。

「わかってるさ。早く飛びてぇ。オレは軍神なんだってさ。今日先生に言われた。」

父はフンと横を向いた。

「はっ笑わせらぁ。飛べねぇのに軍神だって?あのな、「気」が強いだけで軍神になれたら、訓練なんていらねぇんだよ。」

明人は反論しようとしたが、昼間に見た、父の戦いの様を思い出してため息をついて、頷いた。

「親父、すげぇよな。オレ、見直したよ。なんだってアレを捨てて人の世なんて行ったんだ?それなりの地位があったんだろうが。オレだって、もともとこっちで育ってりゃあ、飛べねぇなんてことはなかったのに。親父の子なんだからよ。」

父は驚いてこちらを見た。

「…見てたのか」とこちらを見た。「悪かったと思ってる。どうせこっちへ戻って来るなら、お前が小さい内が良かったんだ。それは母さんとも反省してる。だがな、こうなっちまったのもんは仕方がねぇだろうが。今帰って来たんだから、今なんとかするしかねぇ。最初だからお前も辛いかもしれねぇが、覚えちまったらなんてこたぁねぇ。しっかりやんな。で、早いとこ軍事演習の方へ来いや。」

明人は自信なさげに頷いた。涼先生は、あのテキストは一日で出来ると言ったけど、オレの頭にはとても入りきらない。良くって一週間はかかるだろう。きっと人より覚えが悪いことは確かだ。なんでオレはバカに生まれたんだよ。

「…勉強続きやってくらぁ。」

明人は居間を出て、自分の部屋へ帰った。


明人の部屋からは、平屋なので一階なのだが、石造りの広いバルコニーが付いていた。明人は、外へ出て月を見上げた。ここは月の宮だ。そのせいなのかもしれないが、月がやけにはっきりと見える。月の力とは、どんなものなのだろう…テキストには、基本的に浄化の力と書いてあった。しかし、その力は変幻自在で、まだ全ての用途がわかっていないのだとか。王の蒼は、人の時はその浄化の力で人の世の闇を消していたのだそうだ。

明人がぼんやりと月を見ていると、声がした。

「お前が明人か?」

明人はびっくりして回りを見回した。斜め上に、青銀の髪に金茶の目の、精悍な顔立ちの男が浮いていた。見たことがない。明人は後ろへ退いた。

「そうだけど…誰だ?」

相手はフフンと笑った。

「オレは十六夜。お前、空飛びてぇか?」

明人は少し警戒したが、頷いた。

「ああ。だけど、先生はまだ早いってさ。」

相手は空中で腕を組んだ。

「涼か。あいつはなあ、お勉強にはめっぽう強いんだよ。人の世では医者やってたぐらいだからな。だがこんなもん、実践で覚えてけばいいのさ。」と手を差し出した。「来い。教えてやろう。」

明人は一瞬迷ったが、その手を握った。十六夜は、ニッと笑うと空高く舞い上がった。

見る見る小さくなって行く地上の明かりに、明人は身震いした。こんなに高くまで上がって、どうするつもりだろう。

十六夜は言った。

「明人、まず気を体の中心へ持って来な。わかるか?腹の辺りに力を集める感じだ。」

明人は十六夜に言われるままに、昼間涼と力を見た時に出したあの力を思い出して集めてみた。だが、本当にそこに力が集まっているのかどうかはよくわからなかった。集まっていると言えば集まっているが、もしかしたら気のせいかもしれない。

それでも十六夜は、明人を見て頷いた。

「よし、じゃ、飛んでみな。」

十六夜は、いきなり明人を空へ放り投げた。高い位置から、何が何だかわからない明人は、落下して行く。

「うわ!!」

十六夜はそれを見て、叫んだ。

「腹の気に乗るのをイメージしな!その玉は浮くんだ。自分をそれで引っ張り上げようとするんだ!」

明人は落ちて行くその感覚で混乱していたが、十六夜は助けてくれそうにない。このままじゃ地面に激突してしまう。

腹の気に乗るというよりしがみ付くような感じで、必死に抱え込んだ。すると、腹を抱えて丸まるような形で、自分は地面から50メートルぐらいの位置で浮いていた。目の前に、十六夜の足先が見える。

「…おいおい、もう少しで捕まえなきゃならねぇかと思ったぞ。」と呆れたように宙に立っている。「なんでぇ、その不格好な浮き方は。お前、曲りなりにも龍だろう。」

明人は、とりあえずその格好で浮いているしか出来なかったので、そのまま答えた。

「そんなもん、オレだって必死だったんでぇ!気のことすらわかってねぇのに、死ぬかと思ったじゃねぇか。」

十六夜は笑った。

「死ぬ気になりゃあなんでも出来るってことじゃねぇか?え?」と明人をつついた。「だるまみてぇだな、おい。」

明人は叫んだ。

「おい!やめろよ!落ちるじゃねぇか!」

十六夜は離れて、ふーんと明人を見た。明人はビクビクした。何をされるんだろう。

十六夜は手を前に上げると、ちょいと下へ下げるようなジェスチャーをした。途端に、明人の足がまっすぐになり、背が伸びて直立の姿勢になった。

当然のことながら、バランスを崩した明人は直立姿勢のまま下へまっすぐに落ちて行く。明人は涙が出そうになった。

「何をしやがる~!」

しかし、十六夜はそのままそこに浮いて明人を眺めているだけだ。助けるような様子は全くない。明人は必至で腹の玉を思い、それを中心に刺さった棒に引っかかるのをイメージしてみた。

グッと腹に力が入り、落下は急に止まった。地面まではもう、一メートルぐらいしかなかった。

十六夜が手を叩いた。

「おーおー、止まったじゃねぇか。」

明人は叫んだ。

「今度こそほんとに死ぬとこじゃねぇか!」

十六夜は手を振った。

「何を言ってやがる、龍があれぐらいの高さから落ちて死ぬもんかよ。せいぜいどっかの骨を折るぐらいだ。殺しちまっちゃあ元も子もねぇ。」と明人の立ち姿を見た。「なんか不格好だな。お前何をイメージしたらこうなるんだ?」

「腹に鉄棒刺さってる感じだよ。」明人はむくれながら言った。「そのまま前回りとか出来るぜ。」

十六夜は試しに明人の足を軽く押した。直立状態のまま、明人は腹を中心にぐるぐると鉄棒前回りのように回った。十六夜はその姿に爆笑した。

「はははは!なんでぇ、こんなの初めて見らぁな!」

明人は憮然として言った。

「咄嗟に考えられたのなんて、こんなもんだ。じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」

十六夜は腕を組んでこちらを見た。

「だから最初から言ってらあな。腹の真ん中に気を集めて、それに乗るのをイメージすんだよ。お前はわざわざ腹の気を棒状に伸ばしてそれで自分を串刺しにして、浮いてる訳だ。そんな難しい事、出来なくたっていいんだっての。」

明人は、棒状に伸びているらしい気をまん丸く腹の中へ収めるイメージをした。それが浮き袋になっていて、安定して浮いて支えてくれる感じ。

そうすると、急に体が自由になった。十六夜の方を簡単に向くことが出来るし、その玉を持ち上げることをイメージすると、上に体が自然に浮いた。

明人は十六夜を見て、笑顔になった。

「…浮いてるよ!」

十六夜は苦笑して頷いた。

「これだけのことに、なんでこんな大騒ぎしなきゃならねぇんだよ。死ぬ死ぬ言いやがって。」と空を指した。「ほら、一回あっちこっち飛んでみな。気を付けなきゃ、気を抜くと最初のうちは簡単に落ちるぞ。慣れるまでは気を抜くな。」

明人は頷いて、夜空へ飛び上がった。慣れて来ると、簡単に飛び回ることが出来る。あっちこっち飛び回っているうちに、だんだんスピードも上がって来た。十六夜が追い付いて来た。

「さあ、これぐらいにしな。気を使い過ぎたら、明日朝起きられねぇぞ。」

明人は、頷いて十六夜を見た。

「ありがとう、十六夜。オレ、飛べねぇのがすごいコンプレックスだったんだ。これで明日からもがんばれるような気がする…試験は、自信ないけどよ。」

十六夜は首を振った。

「あれは気にすんじゃねぇ。涼は自分が出来ることは皆出来ると思ってやがる。なかなか出来ねぇよ。全部覚えるなんてことは。」とククッと笑った。「ま、オレには出来るがな。」

明人は、そういえばと思って聞いた。

「十六夜は、龍?」

十六夜は心外な、という顔をした。

「はあ?オレは龍じゃねぇし、神でもねぇ。」と空を指した。「あれさ。」

明人は空を見上げた。星がたくさん出ている。

「…星か?」

「なんでだよ。まあ星には違いねぇが。」と眉をしかめた。「どこかで言ったことのある台詞だな。」

明人は仰天した。

「あれか?!」と月を指した。「まさか月とか言うんじゃないだろうな!」

十六夜は困ったように腰に手を当てて言った。

「まさかと言われてもオレは月だ。」と月を見上げた。「二人で一つの月を共有してるのさ。オレは正確には陽の月だ。陰の月は、維月だ。」

明人は、あの神の一般常識テキストを思い出した。月は二人。陽の月十六夜、陰の月維月。その間の命が宿ったのが、月の宮の王、蒼。

あれ、ちょっと待てよ、龍族の王、維心の正妃は、維月じゃなかったか。オレが会ったのは、確かにそうだったはずなのに。維月という名は、神の世には多いんだろうか。

「維月様って…オレ、会ったよ。月の里で。」

十六夜は笑った。

「ははは、維心が一緒だっただろう?」尚も混乱しているような表情の明人を見て、十六夜は苦笑した。「まあ、いろいろあらぁな。気にすんな。」

気にすんなと言われても、気になった。そして、ハッとした。そうだ、月ってオレより断然上の立場じゃねぇか!

明人は慌てて膝を付いて頭を下げた。この形だけは、練習の甲斐あって完璧だった。

「失礼しました、月よ。」

十六夜はため息をついて手を振った。

「そんなのはいい。オレは神の世にはあんまり関わらねぇことに決めてんだ。そういうのは蒼に任せてるのさ。」とくるりと踵を返した。「じゃあな、明人。また何かあったら呼びな。オレはあそこに居る。」

十六夜が指した先には、月があった。

そして、十六夜は光の玉になって、月へ帰って行った。

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