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神の学校

宮の入り口に再び降り立った信明と明人は、李関について、あのダムのようだと思った建物の真ん中から向かって右側へと入って行った。その建物は石作りで、中はとても広かった。階段もあったが、皆はもっぱら縦に貫かれた空洞を飛んで登ってそれぞれの階へ移動していた。やっぱり父に掴まれて上へと移動して行く時に明人は数えたが、8階建てのようだった。

一番上の階の回廊へ降り立つと、奥へと歩いて行く。突き当りの部屋のドアを、李関はノックした。

父はびっくりしている。これは龍は通常しない。人の習慣であるからだ。中から、人の声がした。

「どうぞ。」

李関はドアを開けて入った。窓が大きく明るいその部屋の奥の机から、誰かが立ち上がった。

「李関、待ってたぞ。」親しげにその男は言った。年は、前の父さんぐらいに見えた。50代ぐらいか。「お二人も、はるばるようこそ。」

人だ、と明人は思った。この人も、きっと「人」だった人だ。受ける感じが、懐かしい。

「ここの校長をしている、裕馬殿だ。」

李関が言った。

「校長と言っても、教師もしているし、そんなに偉いこともないので」と裕馬は言った。「人の世界に居た頃は、山下裕馬と申しました。ここでは苗字はあまり意味はありませんね。私は人でありましたが、今は仙人です。神ではありません。気軽に何事もご相談いただければと思います。ご両親が龍であるなら、神のことは良くご存知でしょう。ご入学は、明人殿だけでよろしいですね?」

信明は頷いた。

「我は李関殿に教わって、掛けた穴を埋めて行くゆえ。どうか息子をよろしくお願い申す。」

裕馬は頷いて、明人を見た。

「明人君、飛べますか?」

明人は首を振った。

「ここに来るまで、何も知らされずに来たので、全く。」

裕馬は頷いた。

「では、今、何より飛びたいんじゃなかな?ここでも、飛べなきゃ不便だしね。」

「はい!」明人は力いっぱい答えた。「本当に不便で。」

裕馬は、信明を見た。

「では、お預かりします。毎日5時には授業が終わりますので、本日もその時間だと思っておいてください。」

信明は頭を下げた。

「よろしくお願いする。」

出て行きしな、裕馬は李関を引き留めた。

「おい李関、今日はいいだろうが。」

李関は呆れたように眉を寄せた。

「あのなあ、今日はこの仕事が終わってから、御前会議があるだろうが。」

裕馬はニッと笑った。

「だから、それが終わってからだって。今日は涼も誘ってるんだ…恒…はわからないが。」

李関は目を丸くした。

「涼が来るのか?」

裕馬はふふんと笑った。

「そうだ。だが、お前を誘うと言ったから来るんだ。お前が来なきゃ、あいつも帰っちまう。」

李関はくるりと背を向けながら、言った。

「まあ仕方がないわ。あまり飲み過ぎぬ程度になら付き合う。」

「よし。」と裕馬は満足げに頷いた。「じゃ、決まりだ。8時にいつもの所な。」

李関は手を振って答え、そこを信明と共に出て行った。

明人は言った。

「お友達ですか?」

裕馬は頷いた。

「人だった時からな。蒼が…王が婚約した時に同席していて、仲良くなった。もう30年ぐらいになるかな…まだそんなならんか…。」

裕馬はぶつぶつと言っていたが、立ち上がった。

「失礼した。じゃあ、行こうか。ちょっと怖いかもしれんが、君の先生の所へ連れて行く。一応飛ぶことを先に教えてやるように言うが、カリキュラムは先生が決めるので、絶対真っ先に教えてくれるとは限らんぞ。まあがんばり次第だから。」

明人は不安になったが、裕馬についてそこを出た。そしてやっぱり、裕馬に抱えられてその教室がある階まで飛んで連れて行かれたのだった。


三階の一番奥の部屋の前に到着した裕馬と明人は、その戸の前に立った。裕馬はノックする。

「おい、入るぞ!」

声を掛けて戸を開けると、正面の机に座っていた女が顔を上げた。その顔を見た時、明人は思わず叫んだ。

「え、維月様?!」

相手は苦笑して頭を振った。

「違うわよよく見なさい。いくら似てるって言ってもそこまで似てないわ。」

「そういえば」と明人は記憶を探った。「維月様の方が若かった。」

裕馬がおいおいという顔で見た。相手はフンッとそっぽを向いた。

「いい根性してるじゃないの。維月は母よ。私が人でなくなったのは、母の年より年齢が上がってからだったから、見た目超えてるだけじゃないの。失礼ねほんと。」

明人は混乱した。ってことは、この人も王族?え?

相手は察して椅子を示した。

「座りなさい」と自分も椅子に座った。「維月は人の時5人の子供が居たの。私もその一人、王もそうだし、重臣の恒もそうよ。そのあと月の命を宿して、維月は龍神に嫁いだのよ。ややこしいから、ゆっくり覚えたらいいわ。ちなみに私は、涼、仙人よ。あなたの教育を任されたの。よろしく。」

急に言われてもわからない。明人は自信なさげに頷いた。裕馬は所在なさげに後ろに立っているのを見た涼は、裕馬に言った。

「ちょっと、もういいわよ?あとはやるから。」

「ああ」と裕馬は頷いた。「ところで、李関が来るって言ってるから、今日8時な。」

涼は眉を寄せた。

「あなたね、仕事中よ。」と言ったが、頷いた。「わかった。」

裕馬はホッとしたような顔をして、その部屋を出て行った。

明人は涼と向き合って緊張した。裕馬のような気安さがこの人にはない。気の強そうな口元は、容赦ない言葉が出て来そうで、思わず構えた。確かにこの人は維月様じゃない。あの人は、もっとおっとりとした雰囲気だった。たくさん子供を生むと、ああなるのだろうか。

そんなことを考えながら明人が座っていると、机の上のパソコンを見ていた涼が顔を上げた。

「…そう、だいたいわかったわ。龍だったら私でもわかること多いからラッキーよ。この間任された子なんて、北の少数民族で、全然わからなかったんだもの。お互い試行錯誤で進めたの。お蔭でホントなら1か月で済むようなトレーニングが、3カ月もかかってしまって…王からどうなってるんだと言われたの。」と何かをプリンターから取り上げてこちらへ来た。「これがあなたのカリキュラムよ。空を飛ぶことから始めたいってことだったけど、あなた気の認識も出来てないでしょう?まずはそこからね。飛ぶのは気を使ってるの。気ってわかる?」

明人は考え込んだ。そういえば親父が気がなんとかって言ってたけど…。

涼はそれを見て、立ち上がるように促した。

「訓練場へ行きましょう。今日はそれをやるわ。」

涼についてそこを出ながら、明人は思った。また飛ぶんだろうか。だとしたら、今までは男の人ばかりだったから良かったけど、女の人に抱かれて飛ぶのはちょっと…。

そんなことを思っていたら、涼は階段を指した。

「あなたこれで下まで降りて。下で待ってるから。」

明人は少しがっかりしたが、下まで全速力で駆け降りた。飛ぶのはものすごく速いのを知っている。遅れたら何を言われるか。

ぜいぜい言いながら一回に着くと、涼はそこに立って待っていた。

「徒歩にしては早かったじゃない。こっちよ。」

まだ息が切れたままの明人は、涼に付いて、一階の回廊を、奥へ向かって歩いて行った。

回廊を抜けると、一階のそこは婿へ通り抜けるようになっていて、さらに道が続いていた。そこを出ると、右斜め前に円形の建物が見えた。なんだかコロシアムのような形をしているなと明人は思った。

「あれが訓練場よ。」涼はその建物を指差して言った。「中に入ったらわかると思うけど、コロシアムみたいに中には広い土のグラウンドがあって、回りの壁の中には小分けに練習場があるの。ここは軍の訓練にも使われてるから、その時は中の練習場しか使えないんだけどね…軍事訓練ってすごいのよ。軍神達の気って半端なくって。…そうそう、あなたも軍神になるんだったっけ?」

明人は自信なさげに頷いた。空も飛べないのに、笑われるのでないだろうか。しかし、涼は頷いた。

「あなたのその気ってお父様譲りなんでしょうね。普通の神に比べたら、すごく強いわよ。ここはまだ序列が曖昧なところがあるから、早く神に戻って、序列上位に入り込まないとね。神の世界は、序列が全てよ。」

涼の真剣な様子に、明人は父を思い出した。力社会って言ってた…オレも早く使い物になるようにならないと。

訓練場への入り口をくぐり、横へ折れて、壁のようにぐるりに立つ建物に入って行くと、そこの部屋の一つに、涼は入って行った。明人もそれについて入って行くと、中は天井の高いがらんとした部屋だった。奥には、何かの的のようなものが、何の支えも無いのにいくつか浮いているのが見える。

涼は明人を振り返った。

「じゃあ、向こうに見える的を、向こうへ押そうと考えてみて。」と涼は片手を前に上げた。「こんな風に。」

的まで100メートルぐらいだろうか。涼が手を上げて間もなく、的は向こう側へグイと押されるように動いた。涼は明人を見た。

「手の平から何かが出るような気持ちでやるとうまく行くわよ。ちなみに、力み過ぎると爆破しちゃうから気を付けてね。維心様なんて、幼い頃に、ちょっと砕くつもりで軽く気を出したら山二つを貫いたらしいわよ。」

明人はゾッとした。あの王様に、親父があれだけ緊張するには訳があったのか。

あまり自信もなく右手を前に出した明人は、遠くの的を見た。手から出たなんかで、あの的を押す…。

考えて見ていると、なんだか手の平が熱くなって光が一瞬流れ…と、的が一個、パンッと音を立てて砕けた。

明人はびっくりした。オレがやったんではないよね。これ、どういうこと?どっきりかなんかかよ?

涼は顔をしかめた。

「だから破壊するんじゃないって言ったでしょう。」新しい的がまた同じ場所に出て来て浮いている。「まあいいわ。それが気よ。」

明人は仰天した。

「え、あれオレがやったのか?」

涼はため息をついた。

「ほかに誰がやるのよ。ちなみにあれを砕けるかどうかで、軍神試験を受けられるかどうかが決まるのよね。あなたは間違いなく軍神ね。」

明人は呆然とした。なんかよくわからないものが出て、それがアレを砕いて、それでオレはその力を出したかどうかも良くわからない…ヤバいじゃないか!

「そ、それってヤバくないですかね?オレ、今のそんな力んでないし。それでアレを砕いて、それで気を出したかどうかあんまわかってないって、町で装填済みのバズーガ砲両手に持って歩いてるぐらいヤバいんじゃないっすか?」

涼は考え込んだ。

「そうね。確かにヤバいわね。あなた、今までそれ、無意識に出たことないの?」

明人は考えた。なかったと思う…多分なかった。いや、あったのか?

「…よくわからねぇ。思い出したら言いますよ。」

涼は眉を寄せた。

「…あのね、あなたがヤバいと言うから対策考えようって思ってるんじゃないのよ。とにかく、気を良く知るまでは、それ使わないように意識しててよ。ところ構わず暴発させるんじゃないわよ。」

明人は頷きながら、考えたら余計に使ってしまいそうで怖くなった。自分は人だと思い込もう。それしかない。

涼はため息をついて、チラッと時間を見た。

「…さあ、実技は今日はここまで。力が見たかっただけなの。あとは基本的なことを覚えて行きましょう。」

ズズーンッ!と地響きがした。明人は何事かと振り返ると、窓から外のコロシアムのようなグラウンドが見える。涼がそれを見て言った。

「今日は演習じゃないけど軍が使用申請してたのよ。きっと、あなたのお父様の力試しって所じゃない?」

明人は思わずアドに駆け寄って外を見た。

そこには、李関と父が宙に浮いて、光る玉のようなものを発して相手を攻撃していた。チカッチカッと光が散っているのが見える。一見小さく見える光の玉だが、グラウンドに落ちると、激しい音と共に地響きがする。あんなものが当たったらどうなるんだと明人は身震いした。

ふと、一つの玉が父の方へ向かった。当たる!と遠く離れた明人が身を縮めたが、父はその場に浮いたまま、それを自分の気で叩き落とした。吹き飛ばされもしない。

二人の軍神が戦っている様を見ていると、これは練習なのにあの迫力なのだから、戦場では皆が一斉にあんな戦いをしてるのだろう。そんな所に自分が行けるようになるのか、果たして疑問だった。

そして、図らずも父を見直してしまった。やっぱり神だったのかよ、親父…。

涼がそれを見て、横から言った。

「確かにあなたのお父様は力があるわね。李関相手にあそこまで出来る軍神は、残念ながらまだこの月の宮には居ないの。まあ、月の力が絶対だから、月がついている限りこの宮が落とされることはないだろうけれど、心許なかったのよね。あなたも早く軍事訓練に移れるようにがんばりなさい。」

明人は頷いた。もう、両手にバズーガとか言ってられねぇ。思うように使いこなせないと、軍には入れねぇ。

「はい、テキスト」涼は明人にポンと冊子を渡した。「じゃ、基本的なこと1ページからやるわよ。今日でこんな薄い冊子は終わらせて、明日試験して、そうそうに気の扱いの方へ移らなきゃ!」

「げ、試験?!」

こんな所ででもあるのかよ!涼はフフンと笑った。

「学校なのよ、ここ。当然あるわ。落第したら、どんどん飛ぶのが先送りになるわよ~。」

明人は頭を抱えた。くそう、神の世界でも試験かよ…。


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