表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/34

一夜

思いも掛けず、あの日見掛けたあの軍神が、自分の夫であったことに、紗羅は安堵した。それと共に、とても嬉しかった…神の考え方にも今一馴染めないでいた紗羅にとって、明人の人のような言動は、とても安心させてくれた。

自分の部屋として与えられた部屋で、侍女達に手伝われて準備しながら、紗羅は暮れて行く空を見ていた。

一方明人は、宿舎の方へ戻っていた。やり残した仕事があったし、慎吾達とも話しておかねばならなかったからだ。

嘉韻が言った。

「どうにもおっとりとした女のようであったの。どうだ?やって行けそうか?」

明人は回りを片付けながら言った。

「ああ。なんやかんや言っても、人の世に居たから、オレでも大丈夫だ…恐らく。」

慎吾が眉を潜めた。

「何やら頼りないの。今夜は大丈夫なのか?主、それほど経験は無さそうであるが…。」

明人は少し赤くなった。

「オレは人の世に居たんだぞ?それなりに見聞きはしてるさ。まあ、なんとかなるだろうよ。」

嘉韻が心配げに明人を見た。

「人の世のことは知らぬが、主らも巻物を読まされるか?」

慎吾と明人は目を丸くした。

「巻物?」

嘉韻は大真面目に頷いた。

「ああ。我らはそういうことを教えるのは親の役目であって、年頃になると家に伝わる巻物を渡されるのよ。で、そこに書いてある事を読む。で、どうやったら子が出来るのか知る訳よ。まあ、かなりの衝撃ではあったがな。我はかなり若かったし、そんな事考えてもみなんだので。」

慎吾と明人は顔を見合わせた。

「…人は違うの。そういうことは娯楽と考える者もおって、幼いうちからあちこちで目にするうちに、いつの間にか知っておる。ちなみに生物学的なことは学校で学ぶがの。」

嘉韻は驚いたような顔をした。

「幼いうちからあちこちで?…またそれでは、間違った方向へ行く者もおるのではないのか。よくわからぬがの。では、明人は大丈夫なのだな。」

そう言われると、少し不安になったが、明人は頷いた。

「ま、何とかならぁ。」と日が沈んだ外を見た。「帰らなきゃならねぇ。お前らがそんな事を言うから、余計プレッシャーじゃねぇか。」

慎吾は苦笑した。

「すまぬな。親心だと思うてくれたら良いわ。我らまで緊張しておるのだからの。」

嘉韻も笑った。

「ほんにのう、細かく申すと我らの中で一番年下であるのに、もう妻をめとるとは…。」

明人は緊張気味に頷き、二人を置いて屋敷へと戻った。


屋敷へ着くと、召し使い達や侍女達が、明るい表情で寄って来た。部屋へ入ると、侍女達がきびきびと明人を着替えさせる。何でも自分でやっていた明人は落ち着かなかったが、王族とはこんな感じらしい。慣れるよりないと、黙って従っていた。

着替えが終わると、侍女が頭を下げた。

「紗羅様が、お待ちでございます。」

明人は頷いた。一人で寝ていたあの寝室に、待っているのだろう。明人は急にドキドキとした。自分は不都合なく今夜を過ごす事が出来るのだろうか…。

思いきって次の間の戸を開くと、紗羅がビクッとしたようにこちらを振り返った。座っていればいいのに、立っている。その姿に、自分以上の緊張感を感じた明人は、フッと笑って肩の力を抜いた。

「遅くなっちまったな。待ったか?」

紗羅は首を振った。

「あの、侍女がとても早くから参りましたの。それで、ここに居るようにと言って…だからなのです。」

つまり、長くここで緊張しながら待ってたんだな。明人は、嘘の付けない紗羅の不器用さに笑った。

「やっぱり待ってたんじゃねぇか。すまない、仕事があってよ。これからもこんな事は多いだろう。オレは軍神だから、宿舎に居ることのほうが多いんだ。だが、ここで好きにしてればいいからよ。」

紗羅は下を向いた。

「明人様…やはり、王からの命で仕方なくこの婚姻を受けられたのですね。」

明人はためらった。だが、嘘はつくまいと、頷いた。

「そうだ。しかし王は選ばせてくれた…嫌なら嫌と言えたよ。お前だってそうだろう?選べなかったんだもんよ…来たら、オレが居たわけだろう。」

紗羅はしばらく黙っていたが、潤んだ目で明人を見上げた。

「私は、賭けたのです。青銀の甲冑を着た、あの優しい軍神であることに…。だから、お顔を見てとても驚いたけれど、嬉しかったのです。でも、お邪魔になるのなら、私は…。」

一生懸命話す紗羅に、明人は慕わしさを感じた。だから、この屋敷に来た時驚いた顔をしていたのか。そして、嬉しそうに微笑んだのか…。

明人は、紗羅を抱き寄せた。

「オレは、あまりよく分からねぇんだよ…好きとか嫌いとか。今までそんな感情持ったこたぁねぇ。だが、紗羅の事は嫌いじゃねぇ。今日会ったばっかりだが、これから分かればいいと思ってるんだ。だから…」と、明人は唇を寄せた。「一緒に努力しよう。いい方へ行く可能性のほうが高いだろ?」

紗羅は緊張しているようで、かちこちに固まっていた。明人はそんな紗羅を抱き上げて、寝台へ降ろすと、自分も少し緊張しながら、紗羅と共に夜を過ごし、妻に迎えた。


次の日、目を覚ました明人は、横に紗羅が居てびっくりしたが、そう言えばと思い出し、ため息を付いた。そうだ、結婚したんだ。いつものように軍宿舎で寝ていてこうなった訳じゃねぇ。

紗羅は、眠っていても、とても愛らしかった。人の世に居たら、こんなかわいらしい子と結婚なんて出来なかっただろう。まだ結婚なんか考えてもいなかったが、思っていたよりずっと幸福な体験だった。だが、これで紗羅を守って行く義務も課せられたことになる。明人は気を引き締めて、時計を見た。

結婚したばかりだが、今日は訓練に出なければならない。明人は一人起き上がると、次の間へ出て行った。

すぐに、侍女が入って来た。

「お出ましでございまするか?紗羅様は…。」

「まだ、眠っている。オレは任務があるのでもう出るが、今日は夕方には帰れると思うと伝えてくれ。」

侍女は、明人が甲冑を身につけるのを手伝いながら頷いた。

「はい。」

明人は甲冑を身につけると、コロシアムに向かって飛び立って行った。

紗羅は、侍女の声で目を覚ました。

「紗羅様!」

紗羅は驚いて目を開けた。侍女が険しい顔をして立っている。横を見ると、明人はもう居なかった。再び侍女に視線を戻すと、紗羅は言った。

「おはよう…何かあったの?」

侍女は憮然として言った。

「明人様は、もうお仕事に向かわれたのでございまする。紗羅様、ご結婚なされて奥方におなりになったのですから、姫の頃のように、いつまでも寝ていらしてはいけませぬ。明人様は何も咎められませぬが、これから先、他に奥方を迎えられて、そのかたが紗羅様よりお出来になるかたであったら、気圧されておしまいになるかもしれないのですよ。きちんと起きて、お着替えをお手伝いにならねばなりませぬ。それが妻の務めでありまする。王妃であっても、王のお着替えはなさるというのに。」

紗羅は、バツが悪そうに下を向いた。確かに、最初の日から寝ていてお見送りもしなかったなんて…きっと、呆れられたに違いない。明人様は、これからいい方へ行くように努力しようとおっしゃった。私は、最初の日からつまづいてしまったのだわ…。

紗羅が涙目で俯いているので、侍女はため息を付いた。

「…さあ、本日は仕方がありませぬ。明人様がお仕事の間、いろいろと心得をお勉強致しましょうね。」

紗羅は頷いて、起き出した。そして着物を着せられ、宮の方角を見て明人を想い、ため息を付いた。

明人様…夜までお会い出来ないのに、朝、お話も出来なかったなんて…。

紗羅は、自分の中に湧き上った慕わしい気持ちに、胸を締め付けられるような気持ちでいた。


明人は、あくびをしながら宿舎の回廊を歩いていた。

「また意味有りげな風情よの。」慎吾が声を掛けて来た。「寝ておらんのか?」

明人は首を振った。

「寝たよ。ぐっすりな。オレはそこまであればっか考えてる訳じゃねぇ。別に多くて二、三回で充分だろうが。」

慎吾は眉を寄せた。

「おい、初夜であったのにか。」慎吾は言って、首を振った。「まあの、主はそんなものであろうな。まだ気持ちが追い付いておらぬのであろうて。」

明人はため息を付いた。

「昨日会ったばっかだぞ。いきなり溺愛とかないだろ。最初はこんなもんさ。」

「それでも初めてだとあの感覚に溺れるとか申すぞ。」嘉韻の声が飛んだ。「主はそうではないらしいの。」

明人は振り返って、嘉韻を見て渋々頷いた。

「まあ、確かに悪かねぇ。だがな、明日仕事だと思いながら集中出来ると思うか?休みの前に考えるよ。」と、二人をせっついた。「ほら、行こうぜ。オレの心配ばっかすんな。」

二人は顔を見合わせたが、訓練場に向かった。


訓練はいつもの通り、きっちり五時に終わった。すぐに屋敷へ帰るのかと思いきや、明人は二人と共に宿舎へ帰って来た。

「…帰らなくて良いのか?主、屋敷に…」

慎吾が気遣わしげに言うのに、明人は手を振って言った。

「まだいいだろう。やりかけたRPGが途中じゃねぇか。きりのいい所までやろうや。」

嘉韻が首を振った。

「のう、明人。気が進まぬのかもしれぬが、紗羅殿はたった一人で昨日、ここへ来たばかりだろうが…最初が肝心ぞ。今日は戻ったほうが良い。それほど気に沿わぬのか?」

明人は詰まった。

「いや…そんなこたぁないが…。」

慎吾も頷いた。

「待っておると思うたら、我らも落ち着かぬ。とにかく今日は帰るのだ。」

明人は黙った。だから、最初から早く帰ったら、ずっとそうだと思って待つだろう。そう思うと、気掛かりで仕方なくなるだろうから、ゆっくり帰ろうと思ったのに。

「…慣れなきゃならないだろう。あいつだって軍神に嫁いだ意味が、わかってねぇかもしれねぇ。いつでも早く帰れる訳じゃねぇしよ。慣らしとかなきゃ、ずっと待ってると思うと気が気でないんでぇ。」と、宿舎の戸を開けた。「そこそこで帰るさ。じゃあな。」

明人は中へ入って戸を閉めた。慎吾と嘉韻は心配げに顔を見合わせた。


明人が日が暮れて少ししてから屋敷へ帰ると、紗羅が出て来て頭を下げた。

「おかえりなさいませ、明人様。」

特に、機嫌が悪い訳ではないようだ。明人は頷いた。

「変わりないか?」

紗羅は微笑んだ。

「はい。」

明人は先に立って部屋へ入りながら、甲冑の紐を緩めていると、紗羅が慌てて駆け寄って来て甲冑に手を掛けた。明人はためらった…甲冑の解きかたなど、分かるのだろうか。

しかし、紗羅は迷いなく甲冑の紐を解くと、傍の侍女に渡し、そして同じく侍女が捧げ持つ着物を手に取って明人に着せかけて行った。明人はハラハラしながら見守った…紗羅はゆっくりゆっくり確実に頑張っているので、手を出したくないが、気になって仕方がない。

やっと終わって、明人は居間の椅子へ腰かけた。

「こっちへ。」

明人は紗羅に手を差し出した。紗羅は嬉しそうに飛んで来て、明人の手を取って横へ座る。そして、明人の胸に身を摺り寄せた。明人はびっくりした…昨日はこんなことはなかった。もちろん、その時はまだ妻に迎えていなかったが…。

明人が紗羅の顔を覗き込むと、紗羅は幸せそうに微笑んで明人にくっついている。明人はそっと紗羅の肩を抱いた。

「…今朝はよく眠れたか?」

紗羅はビクッとしたように体をこわばらせた。明人は何かおかしなことを言ったかと驚いた。紗羅は、明人を見上げて言った。

「明人様…申し訳ございません。私、起きなくてお見送りも出来ませんでした…。」

紗羅はとても後悔しているようで、本気で落ち込んでいるようだった。明人は起こさない方がいいと思ったのに、起こした方が良かったのかと焦った。

「オレも起こさなかったからな。眠かったなら起きる必要はないと思う。オレだって休みの日は寝てると思うし。」

紗羅は首を振った。

「昨日、明人様はこれからいい方へ行くように努力しようとおっしゃってくださったのに。私…最初からこんな風で…。嫌われてしまったのかと思いました。」

明人は困った。そんなことで嫌う?

「別にいい。オレの価値観はそんな所に重きを置いてねぇよ。細かい事は気にすんな。オレも疲れるし、紗羅もだろう。ゆっくりやってきゃいいんだよ。まだ二日目じゃねぇか。」

紗羅はじっと明人を見た。その瞳があまりに真っ直ぐなので、明人は戸惑った。

「私は、明人様が帰って来られるのがとても待ち遠しかった。お会いしとうございました。これは、お慕いしているということではありませぬか?」

明人はびっくりした。昨日会ったばっかりなのに?でも、昨日はそれでいきなり床に入った訳だし…。

「まあオレは…紗羅がオレと居るのが嫌じゃないならいいんだけどよ。」

紗羅は首を振った。

「嫌ではありませぬ。ご一緒に居たいと思いまする…私はおかしいのでしょうか…。」

明人は、そんなことを聞かれるとは思わなかったので、困った。そんなことはオレにもわからない。

「オレも嫌じゃねぇ。何と言おうとお前はオレの妻な訳だし、ゆっくりやって行こう。焦ったっていいこたねぇよ。お互い寿命が長いんだ。二日三日で決めなきゃならねぇことはねぇし。」とため息を付いた。「こんなことは理屈じゃねぇと思うぞ…あんまり考え込まねぇほうがいい。自然にやってりゃ、夫婦らしくなってくるもんだろ。と、オレは思ってるがな。」

紗羅は頷いた。

「はい…。」

明人はホッとした。紗羅がオレが帰って来るのを待っている。やっぱり明日から、早く帰るか…。

明人は紗羅の手を取って立ち上がると、寝室へと歩いた。

そしてその夜も、紗羅と体を合わせた…昨日よりはしっくりしたような気がするが、愛し合うというには程遠いように思うのは、まだ自分が未熟だからだろうか…。

明人はいろいろと初めてで、ただどうすれば良いのか模索していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ