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涼は、皆が桜の下で笑い合っているのを見て、そこを辞して一人、湖の畔に出来た、墓所で座っていた。この子達は、皆学校を卒業して軍へと入って行った、知っている子達ばかり。涼は、暗く沈んだ。皆、気が弱かった。明人や慎吾のように、こちらが気圧されるほどの気であるなら、自分もきっと大手を振って軍へと送り出せたが、亡くなったのは、ただ軍神に憧れて、気が少し強いと言うだけで軍へ入った、本来なら一般の神であるような者達ばかりだった。それでも努力して技術を身に付け、なんとか軍神としてやっていたのに…初陣が、こともあろうに鳥との戦だったなんて。

葬儀の時、明人が傍目も気にせず大泣きしていたのを目にした。神の軍神は涙など流さない。だが、人として育てられた明人には、それが耐えられなかったのだろう。

それでも、次の日にはもう、任務について居た…吹っ切れたということはないだろうが、それでも軍神として成長しているのは確かだった。

しかし、涼にはどうしても納得が行かなかった。どうして、自分はもっと軍へ行くことを止められなかったのだろう。自分が殺したようなものだ…。

涼はじっと座って、自分が持って来た桜の枝が風に花びらを散らして行くのを見ていた。何か月経っても、吹っ切ることが出来ない。誰も、自分の気持ちなどわからないのだろう。

ふと、気配がして振り返った。

そこには、李関が立っていた。

李関は、この神の世へ来た時から自分の教師としていろいろなことを教えてくれていた。今、神の世でなんとかやって行けるのも、李関が居たからだった。涼は、李関の青い瞳を見た。李関の瞳は、青いと言っても緑も混ざっている色で、維心とはまた違った色だった。

「李関…。」

涼は言った。李関は苦笑して歩み寄って来た。

「どうしたのだ、このような所で一人。」と、涼を見つめた。「主の母も来ておるというのに。宴へ戻らぬのか?」

涼は下を向いた。とてもそんな気にはなれない。いつまでも、私一人が引きずっているのはわかっている。それがどんなに不毛なことなのかも。でも、どうしたらこの気持ちから逃れられるのかわからない。

「私は…いいわ。母さんだって、しょっちゅう帰って来るんだもの。いつでも会えるわ。」

李関は黙って桜の枝を見た。それが涼が持って来たものであることは分かる。まだ、花びらがたくさん残っているからだ。

「ここには、主の教え子もおるであろうの。」李関は桜に歩み寄った。「我の教え子もおる。」

涼は、李関を見上げた。

「私…まだ、忘れられないの。私がもっと止めていたら、この子達は軍には行かなかったかもしれないのに。神の軍ではこんなことは当然で…軍神なのだから死んで逝くのが当たり前だったのだとしても、私は忘れられない。どうしても、あんなふうに笑ってられないのよ。」

李関は頷いて、涼に合わせて自分も座ると、じっと見た。

「我もよ。」涼が驚くような顔をした。「軍神と言えども、割り切ることが出来る者ばかりではない。逆に命の大切さを知っておるからからこそ、それを守る力を付けようと己を磨くことに専念する者のほうが、実は軍には多いのだ。此度のことも、深く傷ついて居る者もおる…だがの、先へ進まねばならぬのだ。何しろ我らには、まだ守らねばならぬ者が居るのだからの。」

涼は、涙を流した。死んで逝った子達も、きっと何かを守りたかったのかもしれない。そのために軍神になったのかもしれない…そして、命を落とした。同じように何かを守ろうとしていた、敵の軍神に…。

「李関…私…」涼は涙が止まらなくて、手で顔を覆った。「わかっているの。私は自分の罪悪感を押さえられなかったのよ。止めたってきっと決めたことを変えるような子達じゃなかった…神なんだもの…。それはわかっていたけど、私が忘れたら、誰もこの子達を省みなくなってしまうんじゃないかって…!」

ふと、自分が何かに包まれる感覚がした。李関が自分を抱き締めているのだと知った時、涼は驚いた。李関が誰よりこういうことを避けていたのを、見て知っていたからだ。きっと、私が人だったから、気遣ってくれているのだ。涼は言った。

「李関…ごめんなさい、あなた、こんな事は好まない人なのに。私ったら柄にもなくメソメソして、気を遣わせて…。」

涼は慌てて身を退こうとした。李関はその手に力を入れた。涼はびっくりして顔を上げた。

「李関?」

李関は苦笑しながら、涼の涙を自分の袖で拭った。

「そうか、そのように思われておったのか…ならば、仕方ないの。」と、涼の目をじっと見た。「それが誰のためか、主にはわからなんだか。人は、何人も妻をめとらぬものであると聞いた…主らはその感覚であるのだと。そのため、王の維心様ですら維月様お一人を守られておるゆえ、我はどれ程に気を使って毎日を過ごしておったことか。我は主を望んでおるからの…だが、待っておるのは辛いものぞ。人の感覚はよくわからぬゆえ、我から何か言う訳にもいかなんだしの。」

涼は驚いて李関を見つめた…そんな、そのために、そんなに何年も待ってくれたと言うの…私のために。

「李関…。」

李関は緊張気味に、涼にゆっくり唇を寄せた。涼はためらったが、ソッと目を閉じてその唇を受けた。

回りの暖かい空気が、それを歓迎するかのように二人を包んだ。


次の日の朝、涼が目を覚ますと、李関が言った。

「…目覚めたか?」

涼はハッとして隣を見た。李関が自分を抱いてこちらを見ている。ここは、李関の宿舎の部屋なのだ。慌てて自分の襦袢の合わせを押さえると、涼は布団に潜り込んだ。

ものすごく恥ずかしい…思えば、人の時から男なんて興味がなくて、ただ仕事ばかりしていた…こんな事は、初めてだったのだ。

李関は涼を心配そうに覗き込んだ。

「どうした?…後悔しておるのか…?」

涼は思った。そんなことはない。李関の事は、初めて会った時からとても慕わしく思った。でも、李関がこんな感じなので、友達として接していようと思っていただけで…。

「後悔なんてしていないわ…どうしてそんなことを…。」

李関は下を向いた。

「人は…心変わりもするし、思いつきでもこんな事をするものだと聞いたからだ。我は…人がよくわからぬのよ。」

涼は少し怒ったように言った。

「まあ!私はそんな軽い女ではないわ!こんな事をしたのも…初めてだし…。」

李関は大真面目に頷いた。

「それは我も驚いた。主は人であったのに…まさかと…。」

しばし沈黙。

涼はたまらず言った。

「李関…私もあなたが好き。きっとずっと好きだったのよ。でも、李関があまりに誰も寄せないから、友達として接して行こうと決めていたの。嫌われて、話せなくなるのが嫌だったから…。」

李関はホッとしたように微笑んだ。

「そうか。ならば、我の妻になったのだと思って良いのだな。神の世ではこうなると有無を言わさず妻であるが、主はそうはいくまい…頑固であるしの。」

涼は、恥ずかしかったが、小さく頷いた。李関はそれを見て微笑むと、涼を抱き締めた。

「我の妻よ。これで主が居るゆえ、結界を張る必要もないの。ほんにどれ程に神経を使っておったことか…主はここに共に住むのだぞ。屋敷の方にも連れて参って、召し使い達に知らせねばの。」

涼はなんだかくすぐったいような感じがした。私の夫…李関が…。

「蒼にも母さんにも知らせなきゃ。まさか私が結婚するなんて、きっとびっくりするだろうけど。」

李関は微笑んだ。

「おお、もちろん王にもご報告せねばの。」と、涼に唇を寄せた。「が、まだもう少し後でも良いであろう?」

涼は微笑んで、頷いた。そして、李関に身を任せながら、愛される幸せとはこういうものなのだと思った。


昼頃、涼と李関が揃って蒼の居間へ入って行くと、蒼が難しい顔をして考え込んでいた。涼は、昨日も気分よく話していた蒼が、なぜそんなに沈んでいるのかわからず、声を掛けた。

「…蒼?どうしたの、なんだか深刻な顔だけど…。」

蒼は顔を上げた。

「ああ、涼。ちょうどよかった、話さなきゃならないと思ってたんだ。」と、李関を見た。「李関?何かあったのか。」

李関は頷いて、膝を付いた。

「王にご報告があり、参りました。」

蒼は頷いた。

「続けよ。」

李関は顔を上げた。

「この度、我は涼を妻に迎えましてございまする。これからは共に暮らして参りまする所存。」

蒼は驚いた顔をしたが、明るい表情で涼を見た。

「本当なのか?」

涼は頷いた。

「…自分でも驚いたけれど、私は李関をとても愛しているみたい…。今までは、そんな風に見てはいけないと戒めていたから…。」

少し恥ずかしそうにそう言う涼を、李関が微笑んで見ている。蒼は笑った。

「なんとめでたいことだ。本当ならオレの兄弟が結婚するんだから、宮で宴をとなるんだが…」

李関が立ち上がって蒼を見た。

「何かございましたか。」

蒼は頷いた。

「本当なら涼だけにと思ったんだが、李関はもうオレの弟になる。話そうぞ。」と、深刻な顔になった。「昨日、母さんが人の世に帰ったんだ。」

涼はキョトンとした。

「そんな…すぐに維心様と十六夜が追い掛けているのではないの?」

蒼は首を振った。

「気を遮断する膜を被った上、姿を変えてしまってるんだ。オレ達子供の念は届くようにしてるから、オレには居場所が分かるけど…母さんは、教えたらそれすら断ち切ってしまうだろう。無事を確認したいし、いくら頼まれてもそれは出来なかった。だから、二人には母さんを見つける事が出来ないんだよ。母さんは、そのうち戻るって言ってるけど…何年掛かるか。」

李関と涼は顔を見合わせた。

「なぜに維月様はお姿を隠されたのですか?」

蒼はまた険しい顔付きになった。

「恐らく、李関には理解出来ないだろうが…」と涼を見た。「涼も覚悟しておいた方がいい。母さんは耐えられなかったんだよ…維心様を戦場へ送り出して、命の心配をしながらただ待つ事が。なのに維心様は昨日の花見の席でも、結界外に自分を待ち受ける虎の残党が居る事を聞かされて、たった一人で母さんが止めるのも聞かずに飛び去った。母さんはすぐに義心に命じて後を追わせたけど…待ってる間、それは思い詰めた顔をしていたんだ。結局維心様には敵はいないから、かすり傷一つなく帰ってらしたけど。その後部屋にこもって…気が付けば居なかった。書き置きだけを残して。」

李関は涼を見た。涼は震えていた…そうだ、母さんですら耐えられなかった。愛するひとを失う恐怖…。散って逝ったかつての生徒達が頭をよぎり、涼は声を出せなかった。まして、力は強くても李関は最強の維心様とは違う。命に関わる任務に付くのが、軍神なのに。

李関が涼の肩を抱いた。

「涼…?」

涼は涙を浮かべた。それを何度も見送らなければならないの。これから、ずっと…。

李関は言った。

「…我は…我らは命を掛けて主らを守るのだ。それに誇りを持っておる…悲しむでない。そう簡単には死なぬ。」

涼は堪えきれずに涙を流した。私には、軍神と結婚することの意味がわかっていなかった。どうしたらいいの?そんな覚悟は、出来ていないのに…。

李関は、困ったように蒼を見た。蒼はまだ険しい表情をしている。

「…人だったからだ。」蒼は言った。「そんなことは、考えたこともない生き方をして来たから、ショックなんだと思う。よく話し合うといい。」

李関は頷いて、涼の肩を抱いたまま、そこを出て行った。

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