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行方不明であった龍王妃の捜索に、明人達月の宮の軍神も駆り出されていた。

しかし、気も読めず探し出すのは龍王や月すら困難で、ようとして行方が知れず、龍の宮のいらいらは募っていた。

玲は相変わらず目を覚まさないと、龍の宮の玲の父、修が知らせて来ていた。あれからもう、二週間が経つ。龍の宮には優秀な治癒の龍がたくさん居ると聞く。明人はまだ、希望は失っていなかった。

人の世へ降りるのは、数年ぶりのことだった。

神の一団がそこに舞い降り、辺りをしらみつぶしに捜索していることなど見えもせず気付きもせず、人は己の生活を営んでいる。

新たに部下になった者達に、市街地の部屋を調べるよう命じ、慎吾と共に上空で浮かんでその様を見ていた明人は、ふと、宅配便の車を目にした。

あれは、自分がバイトで行っていた会社の車。

それが、ほんの6年前のことであったとは、明人には思えず、まるで遠い記憶のようだった。そして、それに疎外感を感じ、明人は押し黙った。

慎吾が、ふと明人の様子に気付いて振り返った。

「…明人?どうかしたのか。」

明人は、ハッとして慎吾を見た。思えば、慎吾も人の世に居た。神であるから成長が遅く、それを病気だと判断されて40年以上過ごした、人の世…。きっと、自分よりもっと人の世には思い入れがあるはずだ。

「…いや、なんだか遠く感じてな。」と人の世を見降ろした。「つい数年前までは、あそこで人だと思って暮らしてた。金を稼ぐために必死でよ。神の世では、そんなもんなんの価値もなかったのにな。」

慎吾も下へ目を向けた。

「まあ我も、懐かしいと言えば懐かしい。だがの、我はずっと差別を受けておったゆえ…中身は何も変わらぬ心を持っておるのに、姿が違うだけで人の世では違う者として違う目で見られる。その疎外感は並ではなかった。結果、我は神であったのだがな。そんなこと、人に分かるはずもない。人は己と違うものや考えの違うものを排除しようとしおるのよ…我は、思えば人が嫌いであったな。そんな思いをさせられたゆえ。なので、あそこへ戻ろうなどとは考えておらぬ。それに、人の願いを叶える神になどなれぬ。人の醜さを見せられて育った40年以上であったゆえ。」

明人は、慎吾を見た。どんな環境で育ったのだろう。自分は、父の力で人のように育って見えるようにと姿を変えられながら育った。なので、慎吾のような思いはせずに済んでいた。だが、人では有りえない力を持っていたので、それだけでも回りに恐れられ、友達も居なかった…。

明人は、部下達の捜索が終わったのを見て、次の場所へと移動しようとした。ふと、目の端に赤信号と、それを突っ切って進む車が見える。

「危ない!」

明人は手を翳した…が、慎吾がそれを掴んだ。

「干渉するでない。これは人の世の営みの中のこと。我らが干渉することではないわ。」

「だが慎吾…!」

悲鳴が聞こえる。大きなブレーキ音と、何かがぶつかる鈍い音がして、明人は慌ててそちらを向いた。

車は大きく逸れて中央分離帯の方へ乗り上げて止まっていた。向かっていたのは横断歩道を越えて歩道の方向、明人の力が少し当たったため、進路が反対側へ変わったようだ。歩道の上では、たくさんの人が青い顔をして呆然と見ている。しかし、横断歩道の上では、数人が倒れていた。

「救えたのに。」

明人は言った。慎吾は明人を見た。

「何を?車を吹き飛ばしてか。主は人の目の前でそれをやるつもりであったのか。」

明人は慎吾を見た。

「だが、人が数人死んで行こうとしてたんだぞ!」

慎吾はフンと鼻を鳴らした。

「では主、全国を見守ってずっとこうして事故から人を守るつもりか。今この瞬間も、犠牲になっておる人は恐らく多いであろうぞ。その中には幼き者もおろう。そうやって人を守り切るのが主の使命とおもうなら、やるがよい。仮にそれに成功したとして、事故が何をしても起こらぬと思うたら、人はもっと注意散漫になろうぞ…己のことは、己が気付かねばならぬ。人は人の能力を超えたことをしようとしてはならぬのだ。車が良い例ぞ。己が速い速度で移動できぬから、あのようなものを生み出し、操り、能力の追い付かぬ者や、己を過信した者がああやって人を殺す。何の罪もない者達を。」と下を見た。「愚かなものよ。我らには我らの戦いがあろう。人のことは放っておけ。人の世話をしておる神も居るであろう…そやつらに任せよ。」

明人は黙って下を見た。救急車がやっと到着したのが見える。運ばれて行くうちの数人の命が、もはやないのは見えてわかった。確かに、神から見たら人という一括りの種族なのかもしれない。でも、それでも皆一生懸命生きていたのだ。それは、どんなに面倒で悪い奴らでもそうだった。明人は、己の甲冑を見た…軍神。いったいオレは何のために軍神になった?人も神も守ってやりたいと思うのは、間違っているのか…?

慎吾について部下を先導して飛びながら、明人は思っていた。

そんな明人達を、見上げる瞳があることには、その時は気付かなかった。


それから一週間のち、維月が見つかったと報告が入った。

炎嘉は十六夜によって封じられたと聞いた…炎嘉は、どんな思いでいたのだろう。明人は、気になって仕方がなく、何度か封じられたと聞いた場所へ足を運んだが、完全に封じられていて炎嘉から応答があることはなかった。

そして、宮はまた平穏に、数か月を過ごし、空気は暖かく変化していた。

「…まあ略奪の世であるのだから、あのようなことがあってもおかしくはない。」嘉韻が言った。「だが、相手が悪かったの。龍王は気も狂わんほどに探しておられた。こちらの月も然り。いつまでも潜んで居れる訳はなかったのだ。」

明人は嘉韻に頷いた。あの戦の後から、宮の任務は格段に弱まり、宮の警備以外に軍神に命が下るのは緊急時ぐらい、他はただ日々、訓練場で己を磨くようにと王の蒼より命があったのだ。

蒼は、多数の犠牲が出たことを大層悲しんでいた。月の宮の軍神達で、戦に出る実力のある者は将である序列上位の者だけだと知ったためだ。戦などめったに起こらない世になっていたとはいえ、それを読み切れていなかったことに蒼は責任を感じていたのだ。

最初の相手が鳥だったことも、悪かった。鳥は龍に並ぶ軍を持っていた。そこへ、こんな小さな宮の下っぱの軍神達が太刀打ち出来るはずはなかったのだ。

なので、皆が実戦で己の命を守れるようになるまでは、外の戦には出さぬと、龍王妃が見つかった直後に蒼は取り決めた。

もちろんのこと、他の宮への援軍にも出さない。なので、軍神達は日々鍛錬をするよりほか、することはなかったのだ。

今日は、嘉韻も明人も、慎吾も非番であったのだ。

しばらく黙ってから、嘉韻がまた言った。

「…そう言えば、龍の宮から玲が意識を取り戻したと連絡があったぞ。」明人が顔を上げるのを見て、嘉韻はそちらを見た。「こちらへ戻って来るかどうかはまだ分からぬ。戻った場合も、もう軍には入れぬ…命令違反と見なされて、除籍処分になることは決まっておるからの。まあ、まだ軍に入っておらなんだゆえ、取り消し処分と言うべきか。」

明人は少し黙ったが、頷いて嘉韻を見た。

「どっちにしても、助かってよかった。玲も今度のことでわかったと思う…賢いヤツだからな。」

嘉韻は頷いた。

「確かにの。あやつこそ、政務や学校の方が向いておるであろうに。もったいないことよ。」

慎吾が嘉韻を見た。

「ところで嘉韻、主、探し物は見つかったのか?」

嘉韻はピクッと反応して慎吾を見た。

「…なんのことだ。」

慎吾は手を振ってため息を付いた。

「我が知らぬと思うてか。今度の龍王妃の捜索で、我らは龍軍と共に徹底的に山狩りをしたではないか。主が父と兄を探しておることは、我にもわかっておった。あれだけの規模を探せるとなれば、まさに渡りに船であろう。」

嘉韻はため息を付いて、首を振った。

「…見つからぬ。だいたい父上はあの鳥の宮で、次席軍神だった。それが筆頭軍神と主だった将と共に身を隠しておるのに、そう簡単に見つかるはずもないのだ。どこでどうして居るのか…気になって仕方がないのだ。」

明人は嘉韻を気遣わしげに見た。

「神の世は、落ち着く所がないと生きづらいからな。わかるよ、嘉韻。」

嘉韻は頷いて、窓の外を見た。戦から数か月、鳥の宮の跡地は、龍の南の領地と呼ばれ、瓦礫を撤去して新しい砦の建設に入った。虎の宮の跡地にも、龍の西の領地と言われて、砦が建設されつつある。龍の勢力範囲が広がり、鳥にとってはますます生きづらい、しかも潜みづらいことになっていて、嘉韻でなくてもその軍神達を気遣っていた。

「…それだけではないのだ。」嘉韻は視線を落とした。「龍王が、謀反の前に宮を出た、軍神達の行方を捜させておると聞いた。」

慎吾と明人は目を見開いた。龍王は、相手の種族を根絶やしにすると聞いた。まさか…その将達も、いずれ反旗を翻して龍王に仇成すと見なされておるのでは…。

今までは妃を探すのに精一杯であった龍王が、もしも自ら捜索に出るようなことがあったら?龍王でなくとも、跡継ぎの将維であっても、充分に見つけ出す恐れはある。

「そんな…我らの王に、主の父にそんなつもりはないと、進言すれば…、」

「王には、事の次第は申し上げてある。」嘉韻は言った。「おそらく、それは龍王に伝わっておるはず。にも関わらず、龍王は父達の捜索を命じた。龍王の真意がわからぬ。だが、直接聞くことも叶わぬしの…。」

嘉韻は、深く思い悩んでいるようだ。龍王に捕えられたら、間違いなく命はない。あの王は、絶大な力を持っている…だからこそ、誰も逆らわぬ世を作り上げられたのだから。

三人が黙って窓の外を流れる穏やかな春の空気を感じていると、戸の外から呼びかける声がした。

「嘉韻、我だ。」

長賀の声だ。嘉韻は手を振って結界を解き、長賀を招き入れた。慎吾も明人も一度立ち上がって膝を付き、長賀を迎えた。

長賀は手を振った。

「ああ、良い。今日は報告に参っただけよ。来週に、龍王を招いて、こちらの桜の庭で宴が催されることになっての。あちらの軍神も付いて参るゆえにこちらはあまり気にすることはないが、しかし我ら軍神もその日は宮の回りの警護の者を残し、皆その宴に出よと言われた。」

明人は眉を上げた。花見って訳か。

「…それで、我らは花見のふりをして、龍王を警護するのですか?」

明人が訊くと、長賀は首を振った。

「誰を?龍王をか?…あのかたは寝ておっても誰にも討てぬわ。ではなくて、我らは我らの民を守るのよ。もしかして、潜んでいるものがおるやもしれぬ。そういう輩が密かに狙って来るのから、我らが民を守るのだ。皆が安心して花見していられるように、何かあったら我らが討つ。着物姿で混ざっておったらまずは分からぬからの。ただ、刀は持って行けよ。」と息を付いた。「まあの、月の宮の結界を破って入って来れるものは居らぬゆえ、王がおっしゃるには、これは軍神達や臣下達の息抜きと思うておるとのことだ。あるとしたら身内が裏切ることぐらいだとな。主らは心安く、花見でふるまわれる酒でも飲んで居ったら良いわ。どうせ何かあっても、龍王と月がおったら大事にはならぬ。ではの、そのように。我は隣にも報告に参るつもりでおるゆえ。」

長賀は早々に、座りもせず出て行った。用があるならば自室へ呼べばいいのに、おそらく長賀自身、暇を持て余しているのだろう。思えば長賀は、ここへ来る前は龍の宮で軍神をしていたと聞いた。李関についてこちらへ配属替えをしたのだ。あちらでは休みなどないのだから、おそらく休みの過ごし方を考えあぐねているのだろう。

「まるで、戦などなかったかのようであるな。」嘉韻は言って、背伸びをした。「花見など、我はしたことがない。ま、楽しみと思うておこう。」

明人は、ぷっくりと膨らんでいる桜の蕾が目に入り、あれが満開になる頃、ここもまたにぎやかになるな、と思っていた。

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