使命
明人は、十六夜に駆け寄った。
「十六夜!なんで…なんで玲がここに居る?!」
嘉韻が急いで軍医を呼んでいる。十六夜は言った。
「勝手に付いて来てやがったんだ。オレが見付けて保護してたんだが、龍軍に潜んでる敵を探させてる最中に、こいつは一人で飛び出しちまって…気弾をもろに脇腹に喰らった。」
軍医達が必死に治癒の気を注ぐ。十六夜は促された寝台に玲を寝かせた。
「…厳しいの。」
嘉韻が横で呟いた。慎吾は黙っている。明人は玲に呼び掛けた。
「玲!玲!しっかりしろ!」
玲はうっすらと目を開けた。
「…なんだ、やっぱり皆、元気じゃないか。我だけか…。」
明人は玲の手を取った。
「大丈夫だ、今治療してくれてるから!安心しろ!」
玲は小さく笑った。
「明人…やっぱり、皆に追い付けないや。」
それを聞いた嘉韻が眉を潜める。明人は言った。
「何を言ってるんだよ、同級生じゃねぇか!」
「我だけ…」玲は囁くように言った。「龍の宮でも、我だけ…父上と違って、生まれて…付いて行けなくて…月の宮に来て、それでも…やっぱり…。」
玲は瞼を閉じた。
「玲!」
「昏睡に入りました。」軍医が言った。「傷はふさぎましたが、あとは本人の「気」次第です。」
いつの間にか後ろに居た、玲の父の修が頷いた。明人は嘉韻、慎吾、十六夜を代わる代わる見た。皆暗い表情で黙っている。そんな…玲は気が誰より弱い。耐えられるはずがないではないか。
「十六夜…」
明人が言うと、十六夜は明人に手を差し出した。
「あとは医者に任せるんだ。お前はここに居ちゃいけねぇ。」
十六夜に促されて、明人は隣の控えの天幕へ移った。慎吾と嘉韻と修も、それに続いた。
隣の天幕には、慎怜が居た。報告書を読んでいるようで、椅子に座って巻物を広げている。四人はそこの回りの椅子に腰掛けた。
「…若い龍が運び込まれたらしいの。」慎怜は言った。「月の宮では、あのように弱い者まで戦に出すのか。」
十六夜は首を振った。
「あいつは…勝手について来てたんだ。オレが見つけて、どうすることも出来ないから連れて歩いてた。なのにあいつは飛び出して…まだ兵が潜んでいると言ったのに。」
明人は、十六夜を責めるように言った。
「でも!玲は入隊の内示をもらったと喜んでいた。なんで玲のように気の弱いヤツを軍になんて決めたんだよ!」
十六夜はため息を付いた。
「…確かにな。根負けってのが一番合ってるかもしれねぇ。あいつが、士官学校に6年近く居たのは知ってるな?」
明人は頷いた。
「そこで、技術を磨いたと言っていた。」
十六夜は苦笑した。
「技術か。」と遠い目になった。「それがほとんど役に立たねぇってことを、玲は今度のことで知ったろう。あの気じゃあな…だが、あんなに長い間、毎日コツコツ頑張ってる姿を知った蒼が、そんなに軍神になりたいなら、宮の守りにだけという事で、軍に入れてやれと言ったんだ。李関も信明も渋った…だが、あいつの頑張りを誰より見て来たのはあいつらだ。仕方なく宮の守りだけを任せる、第三師団第二連隊第三分隊に入れよう、となった。しかし今は戦の前、正式に告示するのは終わってからと決めていたんだ。」
明人は驚いて言った。
「…じゃあ…能力を認められた訳じゃなかったのか。」
「王の情けよの。」嘉韻が言った。「それを、玲が早とちりしてしもうたという訳だ。」
明人は嘉韻を睨んだ。
「そんな言い方…!」
「その通りであろうが。」慎吾が、それを遮った。「命令違反がどのようなことになるか知っておるであろう、明人。そもそももし軍に入っておっても、玲の任務は宮を守ること。前線で戦う事ではないわ。」
明人はグッと黙った。だが、玲は軍神として戦いたいと言っていた。軍に入れたなら、戦にも行けると単純に考えてもおかしくはない…。
慎怜がため息を付いた。
「自業自得という訳か。」と、修を見た。「修よ。なぜにはっきりと言ってやらなんだ。軍神には生涯なれぬのだから、政務などに携わるが良いと。」
修はしばらく黙っていたが、言った。
「あれは幼き頃から、父のようになりたいと言っておりました。そして我の友が皆軍神であり、そして訓練場で見る他の軍神達に憧れ、王に憧れ、自分も軍神になるのだと聞かなかった。気が極端に少ない事実を言っても、それなら月の宮へ参る、そこならばまだ軍神も少ないだろうから機はあるだろうと…止めても、聞きませなんだ。表向きは頷いても、心の中では軍神になるのだと思うておったのでしょうな。まさか、6年近くも見習いを続けておったなど、我も知りませなんだ。」
嘉韻が言った。
「我には、あれの気持ちが分かり申す。」皆が驚いて嘉韻を見た。「我も鳥の宮で、皆と違っていた為にいわれのない差別を受けておった。いくら努力しようとも認めてもらえることなどなかった。果ては王にまで厭われ、我は逃げるように鳥の宮を去ったのだ。父は鳥でも我は龍、どうすることも出来なんだ。我と玲の違った点は、我は月の宮で生きるために己の希望は捨てたことよ。心ならずも軍神になったことで、我は認められて居場所を見つけ、友を得て、今がある。要は己で己を縛っておることに、早く気付くかどうかであるのだ。生まれは仕方のないこと…今更に変えられぬ。ならば、己が変わるよりないではないか。」
明人は嘉韻を見て思った…やはり、嘉韻はすごいのだ。何もかもが自分よりも秀でている。考え方すら、自分は嘉韻には敵わない。横で慎吾が、ため息を付いた。
「…やはり主は考えが深いの。我は何も考えずに軍神が良いと言われてそうなって、追われるように毎日を過ごして今がある。主とは雲泥の差よ…いつも取り澄ましておるゆえ、たまに腹が立つことはあるがの。」
嘉韻は眉を上げた。
「なんだ、取り澄ましておるとは。主が夜中に押し掛けねば、我も心よう迎えてやるものを。」
慎吾はフンと鼻を鳴らした。
「気が付けば夜中であるのだから仕方がないであろうが。主こそ我が疲れて人の世の言葉で話すたび、それはどういう意味かと話の腰を折りよってからに。そのせいであのように長くなるのであろうが。」
また始まった…と明人は思った。仲がいいのに、ケンカするのだ。だから話さなければいいのに、どっちかが来ないとどっちかが部屋を訪ねて結局毎日話しをする。それに、最近は明人も巻き込まれることが多かった。こんな場だし止めなければと明人が口を開き掛けた時、慎怜がクックッと笑い声を上げた。皆が驚いてそちらを見る。
「おお、すまぬな。あまりに我と義心にそっくりでの。つい可笑しくなってしもうて。」と慎怜は慎吾を見た。「主、神が板に付いて来たの。我は…すまぬと思うておる。」
明人は、どうしようと思った。ここに居ていいのか。親子の話ではないのか。
他の皆もそう思ったようで、居心地悪げに体を動かした。しかし、慎怜は続けた。
「別に隠すようなことではないゆえ。我はここで申すが…主の母は人であった。神と人であったゆえ、娶る訳には行かなんだが、それでも仲睦まじくしていたものよ。だが、数年後に病を得ての…余命はいくばくもないと知って、もう間に合わぬかもしれぬと思いながら、主を成したのよ。間に合ったが、あれは命を落とした。結局は、あれの母に気ごわく反対されたゆえ、主は人の世に留めたが、その母も死んだ。ゆえ、我は主を迎えに行ったという訳だ。話そうにも、主は我をまともに見ぬし、我も子など育てた経験はない。なので難儀しておる主を見兼ねて月の宮へ送ったのだ。我らの勝手で、このようなことになってしもうて、すまぬと思う。」
慎吾があまりに黙っているので、明人はどうしようかと思った。嘉韻も慎吾を見て、何か言え!というオーラを出している。十六夜はまるでそんなことには慣れているようにただ黙っていて、修は知っていたのか、気遣わしげに慎吾を見ていた。
慎吾が、口を開いた。
「父上。」慎怜は慎吾を見た。「我は…この生き方も良かったと思うておりまする。我の友は、月の宮で見つかった。人の世に生きた神でなければ、これは叶わなかったでしょう。それに、我の命を今日救ってくれたのは、友と父上と、そして父上がくれたこの「気」であった。それは、我も今はもう、わかっておりまする。我からの望みがあるとすれば、これからは普通に話してほしいという事でございます。いつも、何か構えていらっしゃる風でありましたので。」
慎怜は、頷いた。
「…わかった。これからは主も、龍の宮へ訪ねてくればよい。我も訪ねて行く。」
慎吾は、何かが肩から降りたような顔をした。明人もホッとしていた。オレって結構心配性だったんだ。
朝日が、天幕の入り口から差し込んで来ている。おびただしい気がこちらへ向かって来るのが感じられた。明人が思わず身構えると、慎怜が手を振った。
「ああ、大事ない。龍軍が引き上げて参ったのだ。」
慎怜がそう言うと、天幕の入り口が巻き上げられ、義心が入って来た。
「慎怜、帰った。」と回りを見た。「なんだ、主らは茶会か?」
慎怜は眉を寄せた。
「どこに茶があるのだ。いろいろと解決せねばならぬ問題があったのよ。」と義心を見て笑った。「解決致したぞ。」
義心はそれを見て一瞬ホッとしたような顔をしたが、すぐに顔をしかめた。
「我が前線で戦こうていたというのに。主は呑気なものよ。」
「何を申す。我を残したのは主ではないか。我だってまだ戦えたわ。」
慎怜が言うのを、義心はフッと笑った。
「よいよい、我は寛大であるゆえな。虎は討った。王は我が討った。それで今、後始末をさせておる。一回りして外の様子を見て参ったが、こちらはもう終わりそうだの。鳥と龍の亡骸を分けて、鳥はもう墓所近くに埋める所であったわ。王族は墓所の中へもう埋葬されておった。」と十六夜を見た。「月の宮の軍神の亡骸は、主らの軍と共に回収して、布袋に入れさせて外へ並べておるゆえ。主らももう、立たねばならぬだろう。我らはもう間もなく、ここを撤収する。宮へ戻らねば、王の状態も気に掛かる。」
十六夜は眉を寄せた。
「…維心がどうしたんだ?」
義心は息を付いた。
「無くされておった記憶を、炎翔が死んだ途端に一気に戻されての。気を失われたので、宮へ戻って頂いておる。維月様は炎嘉殿が連れて参って、まだお行方が知れず…主も、早く捜索に加わらねばなるまい。我もここと虎の宮の始末を終えたら、すぐにお探しするゆえ。」
十六夜は立ち上がった。
「そんな…維月の気が読めねぇとは思っていたんだ。さては炎嘉、膜の中へ入れてやがるな。」
義心は頷いた。
「まず間違いないであろう。王がどれほどにお心を痛められるかと思うとの。あの膜があると、気を探ることも出来ぬゆえ。」
十六夜は思い詰めたような顔をして、そこを出て行こうとする。明人は言った。
「そんな!まだ玲が気が付かないのに!」
十六夜は首を振った。
「オレが居ても役には立たねぇよ。それよりオレは維月を探す。お前達は軍に従って月の宮へ戻りな。」
十六夜はサッと出て行った。
「十六夜!」
義心が後ろから言った。
「無駄であるぞ。」明人は振り返った。「王と十六夜は、維月様が最優先であられる。特に十六夜はの。主は己の責務を果たせ。部下を連れ帰ってやるのではないのか。」
明人はハッとして、慎吾を振り返った。慎吾が頷くのを見て、嘉韻も共に、そこを足早に出て行った。それを見た修も、己の息子の所へと移って行った。
それを見送って、義心は言った。
「のう、慎吾はほんに主にそっくりであるの。最初に見た時から思うておったが、今日は特にそう思うたわ。気までそっくり写しとったかのようぞ。」
慎怜はフフンと笑った。
「そうであろう?生まれた時には、あまりに気が我に似ておるので、我が生まれたかのようだと思うたものよ。主も、そろそろ子を成してはどうだ。」
義心は少しためらったかのような顔をした。そして、首を振った。
「…わかっておろう?我は生涯このままでよい。想うおかたは、雲の上よ。」
慎怜は気遣わしげに義心を見た。
「手が届かぬ所に居ったら、主も楽であろうに…あのように近くにある雲ではの。」
義心はフッと笑った。
「良い。我はそれが良いのかもしれぬぞ?耐えるのがまた良いのかもの。」
慎怜は顔をしかめた。
「おい、変わった趣味よの。主はほんに筆頭軍神であるのか?」
義心はニッと笑って刀に手を置いた。
「おお、我が最強ぞ。試してみるか?」
慎怜は呆れたように両手を軽く上げると、出口へと歩き出した。
「もうよいわ。思えば主に勝てると思うておった頃は幸福であったな。」と少し義心を振り返った。「早よう済ませねば。主も早よう維月様を探しに参りたいのであろうが。」
義心はため息を付くと頷いて、慎怜に並んだ。




