戦の現実
嘉晋は、素早かった。
嘉韻が知っていた頃とは数段の差がある。おそらく、あれからかなり訓練したのであろう。しかし、父嘉楠と、兄嘉渕はどうしたのであろう。二人は序列が高かった。中央で戦っているのなら、龍王と対峙して、今頃は命はない…。
嘉韻がそんなことを考えながら嘉晋を相手にしていると、嘉晋はいらだたしげに言った。
「何を考えておる!主と今対峙しているのは我ぞ!」嘉韻は、嘉晋を見た。「主は昔からそうよ!主は…己だけ龍であって、そのような闘気を持って生まれおってからに!」
嘉韻は、振って来た刀を横へ裁いた。なんだって?
「何を言っている?!我が龍であると、いつもバカにしておったのは主ではないか!」
嘉韻は叫びながら嘉晋に斬り込んだ。嘉晋はそれを受けた。
「おおそうよ!主など龍よ!鳥の宮から逃げ出した、龍よ!」
嘉晋からは、バカにするような気は感じられない。それよりも、まるで恐れているような気を感じた。嘉韻は、刀を退いた。
「…主、何を恐れておる。」
嘉晋は、叫んで斬り込んで来た。
「恐れてなどおらぬわ!」
嘉韻はそれを横へ受けて流した。
「待て」嘉韻は言った。「父上と兄上はどうした。主は何故にここに居る…同じ隊ではなかったのか。こんな最後尾におるとは。」
嘉晋は、歯を食いしばって刀を振り上げたが、その手を下へ落とした。
「…二人とも、王の判断は間違っておると言って」と嘉晋はじっと嘉韻を見た。「もう何カ月も前に宮を出た。我は残って…しかし、序列を下げられた。」
嘉韻は息を飲んだ。では、父も兄も逆臣だ。そんな針のむしろになって、宮に居ったのか。
「嘉晋…。」
嘉晋は叫んだ。
「そうよ!我はここを出て生きて行ける自信がなかったのよ!怖かった…そんな放浪の神になどなって、どうやって残りの生を生きていけるというのだ。我は父や兄のような力はない。そんな勇気もなく、王の元に残って、しかし、この戦に巻き込まれて…」と、嘉韻を見た。「嘉韻!主が王と立ち合ってから、皆おかしかったのだ!軍神達の中にも、延史殿を筆頭に王に意見する者が増えた。王があまりに、感情に振り回されておると…炎嘉様の時とは雲泥の差だと…そして、今の鳥は、もう大した将は残っておらぬ。こんな戦、龍王に正面から向かえば、間違いなく殲滅させられるとわかっておったのに!」
嘉韻は、嘉晋を見た。
「主はどうしたいのだ。このままだと、鳥は滅ぶ。なぜに主はこんな戦に手を染めた。我は…主を手に懸けたくない。兄弟であろう…我は龍であるが。」
嘉晋は驚いた顔をした。
「嘉韻…我など、兄と思うたことなどないであろうが。」
嘉韻は、ふんと笑った。
「確かにの。だが、そうなのだから仕方ない。」
背後から、後方で戦っていた龍と月の宮の軍が来る。嘉晋は、バッと飛び上がった。
「…我は戦う!」嘉晋は言った。「中央へ行く!ではな、嘉韻!」
「嘉晋!」
中央には龍王が居る。だから、後方の軍を中央へ集めているのに。
しかし、嘉晋は笑いながら、飛び去って行った。
明人と慎吾が、一人で浮いている嘉韻を見て飛び寄った。
「嘉韻!無事だったのか!」
龍の軍神達は素通りして先を急ぐ。それを見て嘉韻は明人と慎吾を促してそれに倣って飛びながら、言った。
「長賀殿ともう一人の連隊長が負傷して龍の軍医の補佐隊に連れて行かれた。我は一人残ったが、鳥も後方は中央へ集められつつある。大丈夫だ。」
明人が嘉韻を見た。
「…補佐隊?」
嘉韻は頷いた。
「前線の将が居る所には配置されるのだ。月の宮にはそれに適した者がおらなんだゆえ、補佐隊は龍軍任せであるが…尋常でないスピードで飛べる龍達で構成されておって、負傷した優秀な将を失わないようになっておるのよ。」
明人は驚いた。そんな隊が居るのか。しかし…そんな補佐隊も、後方の下っ端の兵達は守ってくれないのだ。そんな数は居ないのだろう。
前線へ向かう途中、明人は飛ぶ足の下を見て思わず目を逸らした…累々と折り重なる、鳥の軍神達。龍は居ないようだが、もしかすると混じっているのかもしれない。屍になってしまうと、皆同じに見えた…気が感じられないからだ。
前方から大きな闘気が感じられる。明人は顔を上げて刀を構えた。しかしそれは、一番先頭をきって突き進んで行く義心の闘気だとすぐにわかった。義心は青い目を光らせ、普段寛いでいる時の穏やかさなど全くなかった。あれが龍なのだ。自分も慎吾も、戦い出したら相手を殺すことしか考えていない。まだそんな余裕がなく未熟で、自分を押さえながらも闘気をなえさせることもなく、回りを見て状況判断をして行く能力が、まだ無い…。
明人は、自分が歯がゆかった。部下を全て失って、今ここでこうしてまだ戦っている。早く終えて、部下達を探して月の宮へ連れ帰ってやりたい。それには、自分は生きてここから帰らねばならない。
義心が宮へ到達したのが見えた。自分達はまだ遙か後方に居る…早く追い付かねば!
一方義心は、次席の軍神と共に鳥の宮へ到達していた。宮の中へ入ると、次々に襲いかかって来る軍神も、広さがないので数が少なくなる。義心は振り返った。
「慎怜、どうする?二手に分かれるか?…しかし、維月様の気はしないようだ…。」
慎怜は頷いた。
「確かに、あの気は独特であるから、すぐに分かるのだが…どこにもないの。膜はもう宮の中には無いはずであるのに。」
と、後ろから斬り付けて来た鳥の軍神を一太刀にした。
「…中は少ない。外を始末してからにするか。」
義心は頷いた。
「背を預けるぞ。中からの敵は頼む。我は外を殺る。」
慎怜は頷いた。
「義心!来ておるぞ!」
義心は振り返って、鳥を一太刀にした。後方から敵を殲滅しつつ上がって来た龍と月の宮の軍神達が見える。上空では、鳥達が必死に宮の中へ皆を入れまいと応戦していた。しかし、ここまで戦って守って来た将達も、あまりに力が強く数の多い龍達相手に気は消耗しつつあった。神の将が投降することはない…おそらく、西が全滅して陥落するのも、時間の問題だろう。
それでも、向かって来る敵の将達を、義心は敬意を持って斬り捨てて行った。戦場で死ぬのが、軍神の望み。我が送る。
慎怜はふと、上を見上げた。そこには、月の宮の青銀の甲冑を血に染め、懸命に敵を討ち倒して行く我が子の姿があった。もう一人の若い龍と二人、背を合わせて必死に刀を振っている。気は大きいが、二人とも、明らかに他の龍や鳥と比べて未熟だった…実戦は初めてであるのが、誰の目にも分かる。鳥達は、そんな二人を囲み、その囲みを破って二人をそこから出そうと外からも金髪の龍が必死に斬り付けていた。
「慎吾…!」
その声に、義心も上を見上げた。何年か前に試験を受けていた、あの龍達だ。まだ100歳にもなっていない者達…月の宮では、あれらはもう将であるのか!
「行くぞ慎怜!」
義心は、回りの敵を軽々と一太刀で沈めながらそちらへ向かって飛び上がった。慎怜もそれに続いた。慎吾、あの状態で、よくぞここまで生き残って来たものよ…!
明人は、あまりの敵の数と囲みに眩暈を覚えていた。気が消耗して来る。しかし敵はどんどんと回りを囲み、自分と慎吾を討ち落とそうとする。嘉韻が囲みの外から斬り掛かって、必死に二人を囲みから出そうとするが、その嘉韻にも敵は容赦なく斬り掛かっていた。それでも嘉韻は自分に来る敵を一太刀で討ち、自分の身を刀が霞めても構わず、二人の囲みを破ろうとした。戦いに慣れた嘉韻にはわかっていた。これは二人を絶対的に討つための囲み。これをなんとしても破らなくては、敵が離れた時は二人の命もない。
「明人!気をしっかり持つのだ!」
嘉韻は叫んだ。明人の闘気が小さくなり始めているのだ。慎吾は必死に踏ん張っている…もって生まれた気の強さが、それを支えていた。
「太刀に気を込めよ!」
誰かの声が飛んだ。途端に何人かの鳥が下へ落ちる。明人は朦朧とする意識の中で、前を見た。
「親父…!」
一旦破れた囲みも、すぐに別の鳥が入れ替わる。明人は言われるままに、気を込めて太刀を振るった。
「ぐ…!」
目の前の敵が、たった一太刀で身をよじる。そうか、ただ斬るだけでは駄目なのだ。もっと気を強く込めなければ…!
慎吾もそれに倣って一太刀一太刀に気を強く込めて振り下ろした。囲みが緩み出すが、それでもまだ鳥の数は減ってはくれない。慎吾は覚悟した。明人はもう、意識も朦朧としている…自分の気もこのままでは…。
「気を強く持て!」
聞き覚えのある声が飛んだ。途端に、回りの全ての鳥が声を上げる暇もなく一斉に下へ落ちて行く。慎吾は驚いて声のした方を見た。
「…父上…!」
父の慎怜が、義心と共にそこに浮いていた。明人の父の信明が頭を下げる。
「お久しぶりでございます、慎怜殿。義心殿、お手間をお掛けいたしました。」
そう言っている最中も、義心と慎怜と信明は、回りの鳥を斬り付けて次々に落として行く。
明人と慎吾が呆然としている間に、気が付くと龍の軍神達がこちらへ集まって来て膝を付く形になった。
「義心殿、こちらは終わりましてございます。」
義心は頷いた。回りには、鳥の赤い甲冑はもはやなかった。明人は、父を見た。
「親…いや、父上。中央正面へ行かれていたのでは。」
信明は答えた。
「あちらは王がおられる。ほとんどお一人でも良いぐらいに倒されたので、中へ向かう者と東西へ援護に参る者とに別れたのだ。今頃はもう、中庭から王の間に到達されておるだろう。」
義心は慎怜を見た。
「では、我も王の間へ行く。主は鳥の残兵を探して討ちながら皆を連れてここから戻れ。そのあと中央後方の補佐隊待機場で次の指示を待て。」
慎怜は頭を下げた。友であるが、上司でもあるのだ。
義心は一人、宮の中へと飛んで行った。
「主らは直接中央後方へ行け。我らもすぐに合流するゆえ。信明、連れて参れ。」
明人は言った。
「オレの部下達が」慎怜は振り返った。「ずっと後方で、落ちておるのです。月の宮に連れ帰ってやりたいのですが。」
信明は視線を落とした。慎怜は頷いた。
「わかっておる。だがそれは、夜が明けてここが陥落してからになろうぞ。しばし待て。今は生きておる者ぞ。」
慎怜は他の龍達に合図すると、その場を去った。明人は慎吾と共に、父に連れられて中央後方へと向かった。
補佐隊が待機しているのは、龍の将何人かに守られた中央後方地上だった。そこに張られた天幕の中に、たくさんの軍神達が運び込まれていた。絶対的に月の宮の甲冑を着ている者が多い…それだけ、未熟であったのだろう。やはり、戦場は甘くなかった。
明人が沈んでいると、声が呼んだ。
「小隊長!明人殿!」
明人は慌てて振り返った。そこには、分隊長の一人が寝かされていた。
「信呈!」
明人は駆け寄った。生きていたのか!
「小隊長、申し訳ございませぬ。我は…隊を守る事が出来ませなんだ。」
明人は涙が込み上げて来た。
「良い。よくぞ生きていてくれたものよ。」
相手は涙を流した。
「我だけでございます。」信呈は言った。「我は咄嗟に急所を外した。なので気を失って落ちてしまいましたが、残ったのです。他は…気が付くと、回りには誰も居らず、皆が折り重なって倒れていた。僅かに息のあったものも、龍の補佐隊が来るまでもちませなんだ。」
明人は泣きながら頷いた。誰も生き残れなかったのか。それを目の当たりにしていた信呈は、どれ程に辛かったか。
「すまない。オレにもっと力があったなら…。」
信呈は首を振った。
「己の身は己で守るのが我ら。わかっておりまする。まして明人殿が十人もの軍神に囲まれておったのは、我らからも見えておりました。とてもこちらへ来られる暇はなかった。」
明人はその場にくずおれた。オレには、将など無理なのだ。龍軍ならまだ、下っぱの兵だったはず。最後に親父や義心殿達が来なければ、オレも慎吾も命はなかった。こんなオレが、部下を持っていたなんて…。
父が、肩に手を置いた。
「さあ、信呈は休ませねばならぬ。命を落としたもの達も、夜が明ければ連れ帰ろうぞ。主も休め。」
明人は頷いた。信呈は安心したように目を閉じる。明人は涙を拭こうともせず、父に肩を抱かれてその場を去った。
慎吾も、生き残った自隊の者と話している。ふと、嘉韻が目に入った。
「…嘉韻…。」
嘉韻はこちらを見た。信明は、天幕の外に慎怜の気を感じて、そちらへ歩いて行く。それを見送ってから、嘉韻は言った。
「将は生き残った。だが、やはり、分隊長以下は厳しいようだ。龍軍にかなり助けられたようだが、それでも半数は命を落とした…皆第二師団だ。中央は龍王が居った上に、力の強い者が集中しておったのでな。命を落とした者は少なかったようだ。東からはまだ報告がないとのことだった。」
東へ行った月の宮の軍神は少ない。月の十六夜が居る…おそらく、大丈夫だろう。
信明が天幕の中に戻って来た。
「これから虎の宮へ行く。」明人は驚いた。「我も李関殿も龍軍に付いて向かう。鳥の王と王族は討った。敗残兵は龍軍が始末に回っておる。ここの指揮は慎怜殿が取る…主らは慎怜殿の命に従ってここで待て。」
今、鳥を殲滅させたのに、これから虎も?!
「親父…!そんなこと…!」
信明は明人を見た。
「あのなあ明人、それが軍神なんでぇ。いつまでも感傷に浸ってられねぇんだよ。いつも偉そうに言いやがるくせに。シャキッとしろや。」
嘉韻が目を丸くしている。人前では、こんな風に話さないようにしていたのだ。
「親父…死ぬなよ。」
「ふん、わかってらぁ。」
信明は出て行った。嘉韻は明人に言った。
「…今まで、遠慮しておったのか?別に人の世のまま話しても良いとは思うがの。」
明人は苦笑した。嘉韻も人に慣れたもんだ。
「明人!」
慎吾のただならぬ声に、明人と嘉韻は慌てて振り返った。
そこには、青い顔をした十六夜が、血まみれの玲を抱いて立っていた。




