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嘉韻

嘉韻は、鳥族の軍神である嘉楠(かなん)と、龍族の蘭萌(らんほう)の間に生まれた。

嘉楠が龍の宮へ王に付いて行った時、宮の麓にある屋敷に一人住んでいた母を見染めて、誰も居ないのをいいことに、連れて帰って来たのだと聞いた。神世は略奪社会であるので、そんなことがあっても誰も気にすることはなかった。そうして、婚姻というものが成り立ってしまうのだ。

確かに略奪されてくるだけはあり、蘭萌は大変に美しかった。龍は他の種族より格段に美しいのだが、蘭萌はその美しさのあまり、王の側近に、是非に王の妃にと言われていたのだという。だが、龍王は全く興味を示さず、仕方なく宮の外れに一人、一族からも見捨てられて住んでいたのだそうだ。

龍と鳥は相容れず、特に美しいとはいえなかなかに鳥が龍を娶らないのは、実は訳があった。

龍は、誰が生んでも龍を生む。男の龍が、誰にでも生粋の龍を生ませられるのと同様、女の龍も、誰の子を生んでも龍しか生まないからだ。鳥は、鳥の跡取りを欲しがる…元より、龍と鳥は長く反目し合っていた。維心と炎嘉の代になって穏やかになったとはいえ、やはり、龍ばかりの宮になるのを恐れて、鳥は龍を娶ることはあまりなかったのだ。

そんな中、鳥の結界の中でも蘭萌に心休まる場などなかった。なので、鳥は皆宮の回りにぐるりと輪を作って屋敷を作っているにも関わらず、蘭萌は一人、離れた屋敷に住んでいた。嘉楠の屋敷は、宮の回りにあったが、蘭萌はそこへは一切入ることはなく、ずっとその離れた屋敷で生活していた。

そんな時、蘭萌は子を宿した。

当然のことながらそれは龍で、生まれた男の子は幼い間、自分が鳥の子であることを知らずに過ごした。いや、己が何であるかも知らされていなかった。ただ時々に来る父が居て、母と暮らしていて、世の中とはそんなものだと思っていたのだ。

しかし、外見は違った。父にそっくりの金髪に、赤みがかった茶色の目。母にも似た美しい顔立ち。人型の嘉韻は、どう見ても鳥だった。

ある日、母が嘉韻に言った。

「嘉韻…あなたのお父様は鳥、私は龍。あなたは龍なの。でも、ここは鳥の王が守る領地。あなたはお父様と共に、宮へ上がらなければならないわ。世に認知されなければ、生きて行けない…それが世の理だから。お父様の言うことを聞いて、頑張って鳥の宮で生きるのよ。」

嘉韻は突然のことに驚いた。父上が鳥なのに、我は龍?

「我の他に、龍は居るの?」

母は悲しげに首を振った。

「鳥の宮には、鳥か鳥と虎の半神しか居ないわ…生粋の龍は私とあなただけなの。」

嘉韻は驚いた。ここで呼んだ書物の中で、龍はいつも悪者だった。鳥に仇成すとされて、敵というと龍が出て来た。なのに、我はここでただ一人の龍だというのか。

幼い嘉韻にとって、その事実はとても重いものだった。だが、両親の決めたことに抗えるほどに成長はしていなかった。

なので、迎えに来た父と共に、父の屋敷へと向かった。

母の言っていた通り、そこは鳥しか居ない場所だった。そして、たった一人の龍である嘉韻に対し、回りの反応はとても冷たかった。父には他にも妻が居たが、その妻たちは皆鳥で、そしてその子達もまた鳥だった。

自分には異母兄弟が二人居た…嘉渕(かえん)と、嘉晋だった。嘉渕は、嘉韻にも辛く当たることはなかった…長男で跡取りであった嘉渕は、嘉韻より100歳年上の軍神だった。立派に働く嘉渕は、嘉韻にとってあこがれだった。

嘉晋は、自分と歳が20年ほどしか離れていなかった。そのせいか、いつも軍の訓練で嘉晋と当たり、20年先に入隊していた嘉晋に、いつも負かされていた。嘉晋は、そうする必要がないにも関わらず、嘉韻をいたぶる様に立ち合った。それを見咎めた嘉渕に、いつも注意を受けるのだが、まったくその態度が変わることはなかった。

そして、いつも嘉韻のことを、鳥になりそこなった龍と言った。嘉韻にとって、鳥であろうと龍であろうと関係なかった。共に戦う軍神なのではないのか。なのに、我が龍というだけで、こんな扱いを受けるのか…。

しかし、嘉韻は知っていた。この宮の大多数の神は、皆龍を嫌っている。なので、自分は冷たい視線にさらされていた。嘉渕と父の嘉楠はそんなことはなかったが、しかし、嘉韻の存在のせいで、二人の序列に響いているような噂を聞いた。もちろんそれは、嘉晋も然りだった。

嘉韻は、実力から見てかなりの上位の序列に入ってもおかしくはなかった。しかし、いつまで経っても序列は付かなかった。同じように立ち合っている嘉晋が序列第30位に入っても、嘉韻には序列という話すら出なかった。きっと、もっと頑張らねばならぬのだ。嘉韻は、さらに精進して実力を付けた。


そんなある日、座興だと王の前で軍神達が立ち合わされた時があった。

この時の王は酒も入り、大変に気持ちが緩んでいる様子だった。嘉韻は甲冑を着て末席に控えながら、序列上位の軍神達が立ち合う様を見ていた。自分達のような、序列の付かない軍神は、間違いなく王の前で立ち合うことなどないはずだ。ただじっとそこに膝を付いて座っていると、ふと、王の目がこちらを向いた。

「…そこに居るのは、龍か。」王の炎翔は言った。「ふん、末席とはの。どれ、立ち合おうてみよ。お前、あれの相手をせよ。」

指したのは、軍神筆頭の延史(えんし)だった。延史は戸惑ったように言った。

「しかし王、まだ若い軍神でございまする。我では…。」

「ふん、何を弱腰なことを。」と炎翔は立ち上がった。「では、我の相手をせよ。」

次席の、嘉韻の父、嘉楠も必死に止めた。

「王、酒も入っておられるのです。このような場に、王がお立ちになるとは…!」

炎翔は手を振った。

「気が大きくなっておるだけだ。酒など我に影響せぬわ。刀を持て!」

召使いがためらいがちに刀を捧げ持つ。炎翔は刀を手にした。

「龍にはやられっぱなしであるからの。少しはこれで気も晴れようて。」

延史は嘉楠を見た。嘉楠は無表情に膝を付いている。延史は、王に言った。

「それでは、我が立ち合いましょうぞ。王、そのように袿のままであれば、お着物も汚れてしまいまする。」

炎翔は首を振った。

「我が立ち合うと言うておるのだ!主らは退け!」と嘉韻を見た。「来い!何を呆けておる!」

嘉韻は、慌てて真ん中へ走り出た。どうしたらいいのだ。王はやはり、王なのではないのか。我をいたぶるつもりでおられるのか…。

「抜け。」炎翔は言った。「掛かって来るがよい。」

嘉韻は、父を見た。父は黙ってこちらを見ているだけだ。嘉韻は仕方なく、刀を抜いて構えた。すぐに、炎翔から気弾が飛んで来た。びっくりした嘉韻は、寸でのところでそれを避けた。炎翔は笑った。

「何も気は使わぬと言ってはおらぬぞ!」炎翔は次々と気弾を嘉韻に降らせた。「逃げ回るが良い!」

嘉韻は思った。間違いない…王は、我をこうやっていたぶって、見せしめにするつもりなのだ。我が龍であるから、皆の前で慰み者に…。

気弾の間に入って来る刀の突きを、嘉韻は受けて流した。嘉韻は集中した。このままでは、恐らく致命的な傷を受けるだろう。王に手加減の気持ちなど、これっぽっちもない。命を落としても、きっと誰も悲しみもしないだろう。きっと、母以外は…。

嘉韻が集中した瞬間、炎翔の高笑いがフッと止まった。皆も、嘉韻をじっと見つめ、恐怖におののいている者までいる。

…間違いなく、龍の闘気。

それは、龍の軍神の下の者でも鳥を凌駕するものであるが、嘉韻のそれは、違った。父から譲り受けた大きな軍神の気と、母から譲り受けた龍の血で、嘉韻の闘気は鳥の軍心筆頭をも凌駕するものであったのだ。

それが大きく膨れ上がり、目は赤く光っていた。己の命の危機を感じ、嘉韻の中にある龍の血が目覚めた瞬間だった。

「…これだから、龍は疎ましいのよ。」炎翔は呟いた。「まだほんの小童であるのに、このような気を持ちよって!」

炎翔は気を全開にした。そこに居た鳥の将達は、咄嗟に気で膜を作って回りを保護する。嘉韻は、その闘気で炎翔の気のほとんどを吹き飛ばし、残った気を受けて、後ろへ吹き飛ばされた。そこの壁に叩き付けられて、嘉韻はふらふらと立ち上がった。

回りは、シンとしていた。炎翔の気に吹き飛ばされた物が散乱している中、炎翔が一人立って、こちらを見ている。その目は、最早笑ってはいなかった。

「…龍め。」

炎翔はそうつぶやくと、踵を返して宮の奥へと入って行った。皆が顔を見合わせる。嘉韻は思った…仕える王が、我をあのように思っているのだ…あれほどに憎いと思っている王に、命を懸けて仕えることなど、我には出来ぬ。誰に疎まれても、仕えねばと思っていた王であるのに。

その日を境に、嘉韻は宮を出た。

龍が鳥の宮で生きて行くなど、土台無理な話であったのだ。


母がなぜあんな寂しい所に離れて住んでいたのか、嘉韻は身に沁みて分かった。龍が疎まれる鳥の宮で、母のようなか弱い女が生きて行けるはずなどなかったのだ。父は、なぜに母を娶ったのか。こうなることは、わかっておったはずなのに。我を宮などに入れて、我がああなることも、父にはわかっていたのではないのか。それなのに…。

母の住む屋敷へ戻った嘉韻は、父が忘れて行ったのか、何かの報告書を机の上に見つけた。そこには、月の宮という宮のことを事細かく報告していた。そこは、人の世で育った神や、神の世に馴染めない神を受け入れ、教育したりしながら、生きて行く場を提供していた。嘉韻は決心した。我は月の宮へ行って、生き直すのだ。母と共に、もう何も憂いることのない、穏やかな暮らしをする。龍だ鳥だと宮の中で反目しあうこともない、たくさんの種族が共に過ごす月の宮へ、我は行く。

そして嘉韻は父に知らせを一つ入れただけで、母を連れて、月の宮へと向かったのだった。


いきなり押しかけたにも関わらず、月の宮の若い王は歓迎してくれた。

母と共に住む屋敷もすぐに与えられ、母は回りの屋敷の女達の歓迎ムードにすぐに打ち解けて、笑顔を見せるようになった。

回りにはいろいろの種族が居た…人も居た。嘉韻はまず、全く知らない人の世に付いて学ばねばと思い、学校とやらに入ることになった。

意外なことに、学友は歳も近く、そして何の偏見もなく自分を迎えてくれた。責務も与えられておらず、ただ穏やかに学ぶだけの毎日は、嘉韻にとって新鮮だった。しかも、ここでは仕える場所も自分で選べるのだという。なんと恵まれた環境なのかと、嘉韻は驚いていた。

龍の友も出来た。相手は自分を龍と知って日が浅く、まだ神の自覚もないよいうだったが、それでも何でも話すことが出来る友というのは、嘉韻が生きて来た中で初めてだった。自分が望んだ穏やかな毎日が、そこにはあった。

…しかし、自分はどうしても選ばねばならない職があった。…軍神だった。

持って生まれたこの気が、どうしても治癒の術をうまく使わせてくれない。軍医にはなれない。

炎嘉が、言った。

「主の責務を果たそうとは思わぬか?我は、龍に生まれ変わった元鳥ぞ。我の責務は、己の友を助けて世を平定すること。主の責務が何か、興味はないか?」

炎嘉がもしも今もあの宮の王であったなら、自分も母もこんなことはなかったであろう。嘉韻はそう思っていた。炎嘉は自分の考えをしっかりと持っていた。龍を憎んでもいなかった。そして龍になった自分のことも受け入れていた。

炎嘉のように行きたい。嘉韻はそう思っていた。炎嘉が何かをしたとしても、それはきっと考えがあってのことのはず。そして我は、己の責務を果たすのみだ。

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