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死刑遊戯

作者: 沼 正平

 太田誠は目隠しをされたまま、そのひんやりとした空気の部屋に連れて来られた。両脇は屈強な男二人に固められているが、両手は自由なままだ。

「アイマスクをとってもいいぞ」

 彼の右側を固めていた男が言葉を掛けた。部屋は明るくもなかったが、目が慣れるにはしばらく時間が掛かった。勉強机くらいの台があり、椅子が一つ置いてあった。さらにその台の向こう側には目隠しをされた若い女性が座っていた。否、椅子に縛りつけられているのだ。ブロンドの髪と透き通るような白い肌で、それが白人の女性であることが分かった。

 誠は椅子に座らされた。足首と胴が革のベルトで椅子に固定される。

「まず確認だ。太田誠。君は今から生きるチャンスを与えられる。いや、君の受け取り方次第ではチャンスではなく確実に生きることが出来る。君はこの機会を与えられることに同意した。そうだな」

「はい」

「ではこれから君が生きるための手続きについて説明する。一度しか説明しないからしっかりと理解するように」

 彼の右側に立っている黒服の男が見下ろしながら言う。サングラスの奥の表情は全くわからなかった。

「君の前には3っつのボタンがある。左からA、B、Cだ。Aを押すと、エマの椅子に電流が流れ、彼女は死ぬ」

 誠は、目の前に座らされている女性の名がエマであることを知った。同時に、彼女の座っている椅子が電気椅子であることも理解した。

「BとC、どちらかはダミーだ。押しても何もおこらない。が、ダミーでないどちらかは君の椅子に電流を流すスイッチだ。ここまでは理解できたかい」

「はい」

「Aを押せば、エマは100%死に、君は助かる。BかCを押せばエマは100%助かるが、君は50%の確率で命を落とすことになる。もちろん、ダミーを押せば二人とも死なずに済む。ただ、賭けは強制じゃない、君の自由意思によって選ぶことが出来る。Aを押せば、君は生きられる。死にたくないんだろ?」

「そ、それは……」

 そう、殺されずに済むには目の前の女を見殺しにするか賭けに勝つかだ。

「これから十分間、君に考える時間が与えられる。九分後から一分間の間、ボタンがプッシュ可能になる。君はその一分間の間に三つの選択肢のどれかを選ばなければならない。十分経った時点でボタンが押されていない場合は自動的に君の椅子に電流が流れ、エマは助かる。彼女を助けたいと思うならば時間切れよりもBかC、いずれかのボタンを押した方が賢明だろう」

 誠の前にストップ・ウォッチが置かれ、カウントが始まった。二人の男達は部屋を出て行った。

「あ、あの…」

「私、エマって言います。少しだけ日本語出来ます」

「あ、そうですか」

 彼女が日本語がわかるというのは、誠にとってあまり喜ばしい話ではなかった。今の男達とのやりとりで、お互いの置かれた立場を理解してしまっているということなのだから。

「私、産業スパイやってました。ばれて殺されるところでした。死なないで済むチャンスあげると言うので、私言うこときいてきました」

 どうやら誠と立場は似たり寄ったりだ。

「あなたはどうしてここに?」

「あ、俺は、その……」

「ゴメンなさい、言いたくないこと言わないで下さい、スイマセン」

 彼女は自分が圧倒的に不利な立場にあることに気が付いていた。彼女の生きる道は、いかに誠を賭けの方向に持っていけるかどうかなのだ。誠の心象を少しでも悪くするような発言は控えるべきである。

「二人生き残れたら、私、あなたのワイフなります。奥さんいればメイドなります。一生あなたに使えます。どうか私助けて下さい」

 彼女の必死の懇願が誠の心を動かせるかどうか、それで彼女の運命も決まる。

「私、死にたくない。私、まだ若い、何もしてない」

 賭けに出るべきか、それとも彼女を見殺しにして確実に生き延びるか。エマが目隠しをされているのが何よりの救いだ。苦悩を浮かべる自分の顔を見られたくはなかった。彼女は自分をどう評価しているのだろうか。危険を冒してでも自分を救ってくれる勇気ある青年と思っているだろうか。

 やはり賭けに出るべきだ。彼女を救い、50%の可能性を勝ちとって俺も生き残る。自分にはそれが出来る。誠は自分を奮い立たせた。自分は勇者であると言い聞かせた。今までの自分じゃない。真に勝ち取るべきは利己的な生き方ではなく、人間らしい心だ。

「二人で生き延びよう」

 小声で、しかし力強く囁く誠の言葉に、エマは嗚咽した。

「二人で生きましょう。大丈夫、きっと大丈夫……」

 8分経った。

 二人の男が扉を開けて入ってきた。

「決まったか」

 誠は何も言わず、目で応えた。

「エマ、早く旦那と子供達に会えるとイイな」

「!」

 エマの顔が目隠しの下で歪んだのがわかった。

「何言う!今何でそれ言う!それ今関係ない!」

「そうか、そりゃ悪かったな」

 しばしの沈黙があり、エマのすすり泣く声が聞こえてきた。

 残り時間は30秒を切ろうとしている。と、突然エマが絶叫した。

「私、死にたくない!私、死にたくないよ! ye gods!」

 誠はAのボタンを押した。エマは泡を吹いて動かなくなった。

「ご苦労だった」

 黒服の男は誠のこめかみに銃口をあて、引き金を引いた。

「連続強姦魔の殺人鬼の名前が“誠”か。親が泣くぜ」


「いや~今回はなかなか難しかった」

 賭けに勝ったS国の要人は、満面の笑みを浮かべて葉巻を吹かした。

「参りましたな、日本人ならやってくれるんじゃないかと思ったんだが……」

「日本人とは言っても殺人鬼のクズだ。サムライのようにはいかんさ」

 でっぷりと太ったA国人がさも分かったようなことを言う。

「でも久々のいいゲームだった。やはり日本人とイタリア人、それにイギリス人が面白いな」

「次回もこの調子で頼むよ。実に愉快愉快」

 賭けに勝った者からも負けた者からも、今回のゲームへの称賛の言葉が洩れた。 

 モニターの向うには、次のゲームまでの静寂が流れていた。

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