第7話 本当の家族
「天音様、伊織様、こちらです……」
庭を走っていると、SPの人が駆け寄ってきた。
恐らく、僕たちの護衛に来てくれたのだろう。
それから、僕たちは彼の案内で、庭に築かれた避難所へと向かう。
そこには、屋敷よりも更に強固な防護が施された空間が広がっており、通路を通れば外に逃げ出すことも出来る。
それ故、知る者はごく一部だ。
「さあ、お早く中へ」
「ええ。ですが、その前に……そのサングラスを外していただけませんか?」
僕は足を止めると、SPの人にそう尋ねる。
「伊織様、このような状況で冗談を……」
「冗談なんかじゃありません。どうか、外してください」
「仕方ありませんね」
SPの人がゆっくりとサングラスを外す。
「私は、ここに務めて十年になる田川です。伊織様はご存じないでしょうが……」
「いいえ。知っています。あなたは確かに警備部門に属していて、常にこの屋敷で僕たちを守ってくれていましたね」
確かに、その顔には覚えがあった。
何度か、挨拶したこともある。
「ええ、その通りです。なので、この度もお二人の護衛と誘導を……」
「ですが、こうした状況で僕らの誘導を担当するのは、側衛官の中江さんのはずです。あなたではない……」
二人は所属する部門も、有事の際の担当も大きく異なっている。
特に側に控えて護衛する役目は、SPの中でも特殊な訓練を受けた、ごく限られた人間が負うのだ。
部門が変わっても、その出で立ちはスーツにサングラスと個性を隠しきるものだ。
気を抜いていたら、見落としていたかもしれない。
「チッ……なんで、そんなことまで把握してんだよ、ガキが」
本性を現したのか、SPが小刀を取り出して構えをとる。
「僕は皇宮護衛官の顔と名前、役職は全部把握しています。疑っていたわけではありませんが、まさか本当に役に立つなんて」
「で、それで、どうするんだ? ガキ二人で俺に敵うと?」
じりじりとSPが距離を詰めてくる。
僕は腕に天音を抱えている。
確かに厳しい状況ではある。
「伊織であれば、それも可能でしょうね」
「な……」
「私の子ども達に、手出しはさせません!」
聞き覚えのある声と共に、背後からSPが一閃された。
「かはっ……」
そのままSPは気絶する。
そこに現れたのは、薙刀を持ったお母さまであった。
「二人とも無事ですか?」
「はい。来てくれたんですね」
「呪力が無くても、子が親を守るのは当然です。さあ、すぐに避難しましょう」
「んにゃ……」
直後、天音が目を覚ました。
「おにいさま、おかあさま……?」
これだけの騒ぎの中、ようやくのお目覚めとは、なんとも寝付きの良いことだ。
僕は彼女を降ろす。
「天音、状況を説明している暇はありません。今は避難を――」
その瞬間、上空から禍ツが舞い降りた。
かつて、僕の両親を殺し、お母さまと天音を殺そうとした獅子だ。
一瞬の出来事であった。
獅子の禍ツは、その爪を振るい、母上を切り裂いたのだ。
「え……?」
僕は目の前の状況が飲み込めなかった。
お母さまはそのまま地面に倒れ伏し、獅子がお母さまを喰らおうと大口を開いたのだ。
「や、やめろおおおおおおおおおおお!!!!」
僕はありったけの呪力を解き放った。
それは真っ直ぐ獅子に直撃し、凄まじい轟音と共に爆ぜた。
「グルゥゥゥゥ……」
だが、獅子は無傷であった。
まるで蚊にでも刺されたように、直撃した場所をこすると、再びお母さまを喰らおうとする。
「それなら……」
今度は刀を抜く。
いざという時にと、お父さまから預かった刀だ。
呪力を脚に込め、思い切り地面を蹴る。
お母さまに習った呪力の基本操作と、お父さまの剣技、その二つを組み合わせる。
死なせない……僕の恩人は決して死なせはしない……!
しかし……
「だめ!! おにいさまああああ!!」
制止するように天音が叫んだ。
「グルッゥ!」
そして獅子が唸ると、その口に挟まれた一対の剣が、前方を向くように曲がったのだ。
「え?」
直後、剣が僕の腹部を貫いた。
「いやああああああああああああ!!」
天音の叫び声が……響く。
まさか、僕……死んだのか……?
意識がもうろうとしていく。
あの時と同じだ……
前世の記憶だ。
強盗に殴られて、母さんも妹もみんな……
あの時の記憶が鮮明に蘇ってくる。
そして今、新しく生まれた世界でも、僕は同じように意識を失おうとしているのだ。
なんて無力なんだろう。
男なのに呪力があるって褒められて、一度は天音とお母さまを守って、僕はなんでも出来ると舞い上がっていた。
それがあっさりとこうだ。
勘違いだったのだ。
あの獅子に、呪力は通じなかった。
僕は結局、なにも出来ない無力な僕のままだ……
「どう……すれば、二人を……」
必死に頭を振り絞る。
今ここで、お母さまと天音を助けるためには……
だけど、駄目だ。意識がどんどん遠のいていく。
僕は二人を守らないと……いけないのに……
――そんな必要、あるのかな?
ふと、頭の中に声が流れ込んできた。
女の子の……声? なんだこれは……?
――そんな痛い思いをして、苦しい目に遭ってまで、どうして彼女達を救おうとするんだい?
時が止まっていく。
獅子も、天音もお母さまも、すべてが制止して……
僕は不思議な時の流れに身を置いていた。
何が起こってるんだ……?
そんな疑問をよそに、声は一方的に語り続ける。
――君にそんな義理は無いはずだ? だって、彼女達は……
「言わないでくれ……」
その言葉の続きは分かっている。
――彼女達は、君の本当の家族じゃないんだから。
そうだ。
確かに、僕とこの世界の繋がりは薄い。
元々、異なる日本の人間で、唯一の血のつながりを持つ両親はこの世を去った。
「でも、だからこそ僕は恩を返さないと」
――恩を返すため……君の言う家族は、そんなに薄っぺらいものなの?
「え……?」
――君の家族は、一度でもそんなものを要求してきたことがあった?
「それは……」
違う。
お父さまもお母さまも、この五年間、一度たりともそんなことを言ったことは無かった。
修行の時は厳しかったけど、それは呪力がそれだけ危険なものだからだ。
決して、恩返しを期待してのことじゃない。
――お前には特別な才能がある。それを伸ばして、活かして、幸せになれ。
――私の子ども達に、手出しはさせません!
二人はいつだって、何の見返りなしに、僕のために力を尽くしてくれた。
なのに、僕だけが何かを返さないとって必死になっていた。
「はは……そうか。距離を置いていたのは、僕の方だったんだ……」
ずっと……この世界から切り離されているような感覚だった。
外の世界から来たもの、外の家から来たもの、僕は絶えず、外の人間だった。
だから僕は一線を引いていた。
この家族に立ち入らないように。
「でも、そんな風に、見返りばかり考える関係は、本当の家族じゃない」
ようやく気付いてしまった。
これまでの僕の抱える欺瞞に。
――その通りだよ。だから、君がそこまでして身体を張る必要は……
それに気付いた以上、僕のやるべき事は一つだ。
「この結界を解いて」
――!? 君は、今の話を聞いてたのかい? 君は彼女達のために……
「一つ、はっきりしてることがある」
――それは一体?
「きっとこの状況を、何百回、何万回、何億回と繰り返しても、僕は絶対に二人を守ろうとしたはずだってことだ」
――だから、そんな義務感は必要ないよ。
「違う。前に二人を守ったときも、修行を始めたときも、僕の中に迷いはなかった。恩を返すとか、そんなのは全部後付けの理由だったんだ」
ただ湧き出る何かをしなければという衝動に、僕が勝手に恩返しと名を付けただけでしかない。
その衝動の淵源はもっと別の所にある。
――なら、君を突き動かすものはなんなの?
「決まってる。お父さまのため、お母さまのため、天音のため。僕の決断の理由には、いつもみんながいた。とっくにみんなが、僕の人生の一部になってたんだ」
――そのためなら、命も惜しくないと?
「みんなを死なせて生きる人生に意味なんて無い」
――だけど、このまま時を動かせば、君は死ぬだけだ。子どもの身で、そんな出血耐えられるはずがない。
「僕はまだ死んでない。それに……」
たかが………
「たかが、お腹を貫かれただけじゃないか」
――……それが君の意思なんだね。なら……
ふと、力が湧いてくる。
それは徐々に腹部に溜まり、出血を抑えていく。
――私が戦い方を教えてあげる。
*
――ドゴオオオオオン!
僕を貫く剣の片割れが轟音と共に砕け散った。
同時に僕は地面に自由落下する。
「伊織……!」
それを受け止めたのはお母さまだ。
背後を切り裂かれながら、それでも身体を奮い起こしてくれたのだ。
「ごめん……なさい。私、あなたを守れなくて……」
お母さまが涙を流す。
この致命の一撃を見て、悲しんでいるのだろう。
――腹部の血を止めて。治療は難しいけど、出血を抑えることは出来る。
腹部に溜まった呪力で、即席の膜と管を作る。
これで、血は抑えられるはずだ。
「大丈夫です、お母さま」
「あなた、まさか呪力で……?」
「これで、まだ戦える。天音もお母さまも、必ず僕が……」
お母さまの腕から降りて、僕は獅子と対峙する。
「グルウウウウウウ……」
土埃を払った獅子が喉を唸らせる。
「これで三度目……か」
一度目は両親の死、二度目は天音が産まれる時。
そして……
「今気付いた。すっかり姿形が変わってる……」
かつては剣を咥えた普通の獅子という感じだった。
呪力も参級で、特別強力な個体というわけじゃなかったはずだ。
だが、今目の前にいる怪物は、竜の様な前脚、ミノタウロスのような後ろ脚に鷹の翼のようなものが備わっており、その身が放つ瘴気は桁外れだ。
――呪力も弐級に跳ね上がってる。全身には呪装もある。気を引き締めて。
「分かってる。だけど、どうすれば、攻撃が通るんだ……」
先ほど、膨大な呪力を力任せにぶつけたけど無傷だった。
――高位の霊体と戦うときは、呪力をただぶつけても無意味。こちらも呪力をより高位のものに昇華させないといけない。
「そんなの、どうやって……?」
――その力は私が貸してあげる。
その瞬間、目映い光の柱が目の前に降り注いだ。
そして、光が晴れ、目の前に漆黒の鎧が現れる。
「これは……」
――君の中に眠る力の結晶だ。それがあれば、あの獅子を倒せる。
「伊織、あなた、霊装を召喚したの……? でも、どこでそんなものを……」
「分からない。だけど、なんとなく使い方は分かる」
鎧に触れた瞬間、溢れんばかりの呪力が解放された。
そして、共に宙へ浮くと、次々と鎧の装甲が僕に纏わり付いていく。
――さあ、一緒に行こう。
「ガアアアアアアアア!!!!」
獅子が飛び上がり、もう片方の剣を振るってくる。
僕は右手に刀を召喚すると、真正面からそれを受け止め、弾き返す。
「ガアッ……!?」
地面に叩き付けられる獅子は、今度は呪力で出来た炎を飛ばしてくる。
僕は背中の翼から推力を解き放つと、彗星の如き軌道を描いて、それらを躱していく。
炎は、そのまま僕目がけて追尾してくるが、今度はそれを迎え撃つように飛んでは、全て切り落とす。
「凄い。まるでヒーローになったみたいだ」
まるで映画やアニメに出てくるパワードスーツだ。
この機体は、僕の呪力を動力源にして、僕の意思一つで自由に機動するのだ。
「ガアアア!!」
翼をはためかせた獅子が僕目がけて突進してくる。
それから僕らは、すれ違いざまに何度も剣を交わす。
「グオオオオ!」
それから獅子が大口を開けて、夥しいほどの呪力の光線を吐いた。
僕がそれをかわすと、次は無数の炎が飛来してくる。
「何か武器はないの?」
――それは君次第だ。この機体は、君の意思でどんなことでもしてくれる。
「僕の意思で……」
それならばと、僕に追従する小型のユニットを生成した。
それらは呪力の光線を撃ち出しては炎を撃ち落とす。
「グオオオオオオオ!!!」
再び熱線が吐き出される。
今度はそれを躱す代わりに、ユニットを前に動かし、それぞれが放つ光線を繋げて、呪力のシールドを展開する。
獅子の熱線は、そのエネルギーに阻まれると、その場に霧散するのであった。
「凄い。これが僕の……」
――そろそろトドメを刺そう。やり方はもう分かる?
「うん。呪力はただぶつけるだけじゃだめ。より高位の状態に昇華を……」
刀の刃に呪力を流し込むと、僕はその性質を徐々に変化させていく。
すると、徐々に呪力が冷気へと変換され、身の丈を遥かに超える氷刃となる。
「今度こそ、祓ってやる。僕の両親だけじゃなくて、新しい家族まで奪おうとするお前を……僕は絶対に許さない」
僕の怒りに呼応して、大気が凍り付いては刀に集っていく。
空気中の呪力の一つ一つが僕に力を貸してくれているみたいだ。
「ガアアアアアアアア!!!!」
今度は特大の、これまでの比にならない熱線が吐き出された。
だけど、今度はかわすつもりはない。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ウイングから推力を吹かすと、熱線に真正面から斬りかかる。
そして、僕は裂帛の気合いと共に突貫し、獅子の首を切り落とすのであった。
「これで終いだ」
それから程なくして、獅子の肉体が凍り付きはじめた。
それは一瞬にして獅子の全身に広がると、バラバラに砕け散るのであった。




