第6話 義妹
五歳の頃だ。
僕がこの世界に来てから、あっという間に時が過ぎていった。
「集中……より多く、たくさんの呪力を引き出すには……」
この日も僕は呪力の鍛錬を行っていた。
今日は一度に放出する呪力量を増やすトレーニングだ。
タンクが大きくても、蛇口の性能が低ければ出来ることは少ない。
今はこの蛇口の性能を上げるようにしているところだ。
呪力のトレーニングには段階がある。
六歳までは呪力の制御と増強がメインだ。
呪力を掴むことと、呪力を放出すること、それが基本だ。
幼い内から適切な鍛錬を積むことで、小学校で行われる呪力鍛錬で大きな効果が期待できるとか。
「次は、剣術の稽古もしないと」
他にも肉体の鍛錬も存在する。
呪力を込めることで、肉体は大幅に強化され、高度な近接戦闘が行える。
しかし、そのためには、それに耐えうるしっかりした肉体が必要なのだ。
と言っても、今の時期に行うのは過酷な筋力トレーニングというよりは、子供らしい野外の遊びが多いらしい。
鬼ごっことかかくれんぼとか、そういったもので、呪力を持った子同士で遊ばせて、互いの肉体を鍛えるという風習があるとか。
ちなみに僕はぼっちだ……
何故なら僕は、男の子なので……
こうしたトレーニングは呪力を持つ女の子同士の話だ。
そういう訳で、僕は一人でできる鍛錬を黙々と続けていた。
その中には、お父さまに教わった剣術も入っている。
呪力の制御、剣の型稽古、そうしたものが僕の日課だ。
「おにいさま……」
いつも通り、屋敷の庭で鍛錬をしていると、妹の天音がやってきた。
「どうしたんだ、天音? 今日はみんなと遊んでるはずじゃ……」
天音はこの九曜家の正統だ。
当然、時代の当主として、呪術家系らしい教育を受けている。
普段は僕のように両親から指導を受け、時には他家の娘達と遊びに興じる。
そんな日々を送っており、今日もよそに遊びに行っているはずだ。
普段なら、夕方ぐらいまでそうしているはずだが、今日はやけに帰りが早い。
「おにいさまがいないと、つまらないです」
「まさか、それで……?」
もしや、何か揉め事かと思ったのだが、全然そんなことはなかったようだ。
「どうして、おにいさまとは、いっしょにあそべないのですか?」
「二人でいるときは遊んでるだろ?」
双子の僕と天音は、幼い頃からずっと一緒だった。
お父さまは代祓士として日夜、禍ツと戦っているし、お母さまは呪力を失った分、九曜家の者として公務や外交に当たっている。
なので、必然的に二人で遊んだり鍛錬する時間が多くなっていた。
そのせいか、彼女はどこか甘えん坊になってしまったようだ。
「でも、今日はお兄さまがいないです。どうして、みんなと遊ぶときは、お兄さまと一緒じゃ駄目なのですか?」
「それは……」
なんとも難しい質問だ。
もっともらしい理由があるわけじゃないのだろう。
この世界の日本では、呪力は女性にしか扱えない。
故に、そうした文化も、女性が中心となっていて、男はどこか蚊帳の外なのだ。
ともかく、そんな訳で女の子は女の子同士で遊ぶもの、みたいな感覚が根強いのだろう。
ただ、それを五歳の天音にどう伝えたものか。
「天音、他の家の子達は兄弟を連れてきたりしてるのか?」
「してないです」
「もし、その子達が急に鬼ごっことかに交ざるようになったらどうだ?」
「すこし、こわいかも……いままで、いなかったから」
「そういうもんなんだよ。突然、僕がお邪魔したら、みんな遠慮しちゃうだろ?」
この説明で大丈夫だろうか?
「おにいさまは、やさしいのですね! わかりました。わたしもこれからは、おにいさまとずっといっしょにいます!」
「いやいやいやいや」
ちょっと待って欲しい。
どうして、そんな結論に?
「天音は年頃なんだから、もっと色んな友達と遊ばないと」
「でも、わたしだけあそんで、というのは、ふこうへいです」
「いやいや、不公平とか無いから、遠慮とかいらないから」
「だめ……ですか?」
天音がぎゅっと抱きついてきたかと思うと、目を潤ませながら、上目遣いで見てくる。
「おにいさま、わたしといっしょは、いやなのですか?」
むぅ……それは、ずるいぞ天音よ……
兄の僕が言うのもなんだが、天音は五歳ながら絶世の美少女だ。
ひいき目を抜きにしても、この長い黒髪に、整った顔立ち、可愛らしい声、引っ込み思案で甘えん坊な性格、どれをとっても最高だ。
それがこうして頼まれたら、断れるはずもない。
「よし、なら、こうしよう。送り迎えは僕も付いていくよ」
「…………」
それだけじゃ足りないようだ。
「勉強の時間も僕がつきっきりで教えるよ」
「…………」
む、まだ足りないのか。
我が妹ながら、なかなかの強欲ぶりだ……
「寝るときの本の読み聞かせも僕がやるよ」
「…………なでなでも、ふやしてほしいのです。べんきょうと、けいこが、うまくいったとき、おとうさまもおかあさまもほめてくれます。でも、おにいさまは、あまりしてくれません」
むう。
どうにも兄妹でそういうスキンシップをするのが気恥ずかしかったが、天音がそういうなら、やらないわけにはいかない。
「分かった。それでいこう」
「わーい」
やれやれ。天音の将来が少し不安だ。
こんな調子で、甘えることを覚えたら、将来、男の子を無自覚に振り回す、とんでもない魔性が生まれてしまうのではないだろうか……
しかし、それからというもの、天音はますます、僕に甘えてくるようになってしまった。
「えっと……天音、近すぎないか?」
朝ご飯の時間だ。
いつも天音と僕は隣で食べているのだが、今日の天音はべったりと僕にくっついている。
「きょうだいは、なかよくたべるものです」
食事はもちろん、鍛錬の時も、家で遊んでいるときもずっと天音はべったりだった。
そして、天音が出掛けるときは、彼女はずっと車の中で僕の手を握っているし、別れるときは十分ぐらい、手を離そうとしなかった。
そして……
「あ、天音、寝るときも……なのか?」
「きょうだいは、おなじベッドで、ねるものです」
我が家は和風屋敷ながら、寝るときはベッド派で、寝室は一緒なもののベッドは別れていた。
しかし、ここ数日、天音は必ずと言っていいほど、僕のベッドに潜り込んでくる。
昔から、甘えん坊ではあったが、さすがにここまでではなかった。
「天音、どうしたんだ、最近? 何かあったのか?」
これほど急激な変化があったということは、彼女の身の回りで何かあったのかもしれない。
僕は思いきって尋ねてみる。
「……ゆめをみたのです」
「夢……? 悪い夢かい?」
「おにいさまがしんじゃうゆめなのです……」
なるほど、そういうことか。
彼女は怖い夢を見て、それで不安になってしまったのだろう。
「そういうことなら、心配要らない。ここは結界で守られてるし、お父さまもいる。それに、ただの夢だ」
僕は天音の頭をそっと撫でる……
「おにいさま……」
「仮に、何か危険なことが起こっても、天音は僕が守るよ。だから、安心して……」
「だ、だめなのです! わたしのことはいいのです。おにいさまは、おにいさまのことだけかんがえて……」
「分かってる。お前を心配させたりはしないさ」
僕は天音をなだめすかすように頭をなで続ける。
やがて、リラックスしてきたのか、彼女がゆっくりと眠りに就く。
「僕が死ぬ夢……か」
案外本当なのかもしれない。
九曜家の当主の中には、未来視の力を発現するものもいたらしい。
かつては、日本を襲う大いなる災厄を予見したとか。
「でも、僕は死なない……この世界で僕は……必ずみんなを守るんだ」
そのために僕は一日も欠かさずに鍛錬をしてきた。
呪力制御、剣術、僕はまだ幼いけどやれることはなんでもやってきたんだ。
「それにあと二年。そうすればお母さまの呪力も……」
「故に、その前に九曜の血を絶やすのだ」
「なっ!?」
声と共に、凄まじい殺気が放たれた。
現れたのは、黒衣の男だった。
「お前はあの時の……」
天音が産まれるとき、屋敷に現れた男だ。
「死ね、天照の神子よ……」
西洋剣が振るわれる。
狙いは天音だ。
だが……
「させるものか……!」
受け止めたのはお父さまだ。
大剣を手に、襲撃者の剣をはじき返す。
「ちっ……」
「以前と同じ手が通用するとでも? 舐められたものだな」
お父さまは目にも留まらぬ猛攻を加えると、襲撃者を思いきり吹き飛ばす。
「伊織も天音も俺の宝だ。その警備を怠るはずがなかろう」
「確かに、侮っていたな。代祓士など、ものの数ではないと思っていた……」
男が指を鳴らすと、屋敷の周囲に禍ツが現れた。
「なら、物量で押すまでよ」
「禍ツを喚んだか……」
この男は何者なんだ。
禍ツは自然発生した災厄でしかない。
それを喚びだし、操るなんて……
「伊織よ。天音を連れて逃げよ。いざという時の、隠れ場所は分かっているな?」
「もちろん、分かってます。だけど……」
「お前が優先すべきは俺ではない。天音だ。母さんと共に必ず守り抜け」
「分かりました。お父さまも、死なないで」
僕は天音を抱えて、その場を後にするのであった。




