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「おい! ババア!」
声をかけられる前に気配に気づいたアリスは、さっと避けた。
アリスの肩を掴もうとしていたらしい男がたたらを踏む。距離を取ってから、顔を見るとコリンだった。
「おばさんって呼びなって言ったでしょ?」
「んなこたぁどうでもいいんだよ! リーナは?」
「は? あんた、つきまといなら警備兵に突き出すわよ!」
「違う! ノーラがいないんだ!」
コリンはひどく焦った様子で顔色が悪い。
「ノーラがいないのと、リーナに何の関係があるのよ?」
(まさか、リーナがノーラに何かしたって言うんじゃないでしょうね?)
アリスが胡乱な目を向けると、コリンは首を振って、
「部屋が荒らされてて。リーナもたぶん一緒に」
「それを早く言いなさいよ!」
アリスはコリンの腕を掴んで走り出す。
「部屋はそっちじゃないぞ!」
「お黙り! ギルドに寄るのよ!」
冒険者ギルドに駆け込むと、アリスはドムを呼ぶ。
「コリンの部屋が荒らされてて、ノーラがいないんですって。リーナも一緒にいたらしいの」
説明するアリスの隣でコリンがうなずいている。
ドムはすぐさま屈強な職員を二人呼び、一人を警備兵の詰め所に走らせた。
アリスはコリンを捕まえておく役をもう一人の職員と代わる。それから、四人で走った。
コリンの部屋にはすぐに着いた。
中に駆け込もうとするアリスをドムが止める。
「領主案件だって言っただろ。魔力探知機が導入されるはずだ」
「わかったわ」
魔力探知機は、部屋の中の残留魔力から個人を特定したり、魔法の痕跡を辿ることができる魔道具だ。アリスが部屋に入るとノイズになってしまう。――魔法が使えなくても魔力は皆持っていて、一人一人違うため、冒険者ギルドや商業ギルドのカードの発行、国境の通行証の発行の際などに登録する。
開いたままの扉から室内に目を走らせると、椅子が倒れて小瓶が散乱しているのがわかった。
(確かにこれを見たら、荒らされてるって思うわね)
アリスはコリンに尋ねる。
「リーナが一緒だったかもしれない根拠は?」
「あの落ちてるやつ、リーナが実家から持ってきた調味料なんだ。ノーラは料理しないし。たぶん、リーナが取りに来たんだと思う」
「そう」
アリスはうなずいたものの、ノーラがリーナの調味料を捨てようとしていた可能性もあると考えた。
しかし、警備兵がやってきて魔力探知機を使ったことでそれは消えた。
直近でこの部屋に入ったのは、コリン含めて四人。コリンはその場で照合できた。冒険者ギルドに場を移して、リーナとノーラが照合された。――残りの一人は登録がなく不明。
「街の北門の記録を調べろ」
警備兵の隊長がそう指示を出す。
コリンは事情聴取のために警備兵に連行されていった。
「リーナ……!」
ギルドの会議室で、アリスは力なく椅子に座り込む。
(休日もリーナと過ごすべきだった……。コリンが犯罪組織と関わっているかもしれないって聞いていたのに……)
コリンに絡まれているだけだと軽く考えていた。
自分の浅慮に情けなくなる。
「アリス」
ドムに呼ばれて顔を上げると、会議室に懐かしい顔が増えていた。
「アリス様!! 帰って来てらしたならご連絡くださればいいのに!」
三十代半ばの貴族服を着こなした男が、アリスに駆け寄った。
「アーサー……」
またうるさいやつが、とアリスはため息をつく。
「ああっ、帰れって言わないでくださいね。僕は追跡魔法が使える者を連れてきたんですから」
彼が一歩避けるとローブを着た若い女が現れた。彼女が魔法使いだろう。
「アーサー! さすが伯爵様ね!」
アーサー・ソシレはファーラドの領主だ。
お忍び冒険者のときにアリスに助けられて以来、アリスを慕っていた。――ウィルの次にうっとおしい相手だ。ちなみに二人が揃ったことはまだなかった。
会議用の長机の上にファーラド周辺の地図が広げられる。魔法使いキャシーはその上に水晶玉を載せた。コリンの部屋の位置だ。
「リーナさんの魔力を追います」
キャシーが言うと、水晶玉はゆっくりと転がり出す。
関所を通らずに街外れの城壁を越えて『リリンの森』に入ったときは、皆が唸り声を上げた。
「抜け道か!」
「城壁の見回りは強化してたんだが……」
水晶玉は森に入って少し転がったところで止まった。
「ダンジョンかもしれません」
キャシーがそう言って息をつく。
ノーラを追跡しても同じ場所で止まった。二人は一緒にいるようだ。
「これがこの辺りの詳細地図だ」
ドムが広げた地図で水晶玉が止まった地点を調べ、アリスは声を上げた。
「このダンジョンは……!」




