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おばさん冒険者、職場復帰する  作者: 神田柊子
第四話 おばさん冒険者、弟子の依頼を受ける

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「アリスおばさん、これどうぞ。新しくできたパン屋さんの焼き菓子です」

「まあ、いいの?」

「はい。いつもお弁当もらっちゃってますから!」

 リーナがクッキーの入った紙袋を差し出すと、アリスは笑顔で一つつまんだ。

「ありがとう。いただくわ」

 リーナはアリスの向こうに座るノーラにも手を伸ばす。

「ノーラもどうぞ」

「え? あ、うん。ありがと……」

 ノーラは戸惑いながらクッキーを受け取って、礼を言った。

 リーナたちは今、隣の領地までの長距離馬車の中にいる。アリスを真ん中に、リーナとノーラが両脇に座っていた。

「あ、おいしい」

 思わずなのか、ノーラが声を上げたから、リーナは身を乗り出す。

「ですよね!? 今、私の一番のお気に入りなんですよ」

「あ、そう……」

 ノーラは引き気味にうなずいたけれど、アリスが話に乗ってくれた。

「あら、本当。おいしいわね。どこのお店なの?」

「北門に近い方の……」

 アリスに説明しながら、リーナは内心ほっとする。

(なごやかにできていますでしょうか……)

 おそらく知らない人からは普通の女三人旅に見えるだろう。

 ノーラが一緒に行くと決まったときはどれだけ気まずい時間を過ごすことになるのだろうと思ったけれど、ノーラはリーナにつっかかってくることもなく、リーナの計画に従ってくれる。アリスはリーナに任せると言ったとおりに、普通の態度だ。

(アリスおばさんからは『あんたが気を使ってどうするの?』って呆れた声が聞こえる気もしますけど……)

 若干遠い目をしつつ、リーナはここまでの経緯に思いを馳せた。


 十日前。

 リーナは冒険者ギルトの相談用受付でアリスと次回の依頼について打ち合わせをしていた。

「あのぉ、アリスおばさんに指名依頼があるんですけど……」

 リーナが恐る恐る切り出すと、アリスは「まさか、またテリー・カンダンじゃないでしょうね?」と片眉を吊り上げる。

 特命依頼で知り合った研究者のテリーは、あれ以来、二度アリスに護衛の指名依頼を出していた。リーナも付き合ったけれど、気になる植物を見つけたら勝手に道を逸れるなど、なかなか手がかかる依頼人だ。

「いえ、テリーさんじゃありません。依頼者は……えっと、私、です」

「リーナが? どんな依頼なの? リーナだったら依頼にしなくても、森の奥でもダンジョンでも付き合うわよ?」

 アリスは笑顔で請け負ってくれる。リーナは慌てて顔の前で両手を振った。

「いえいえ、依頼でお願いします。遠方なので長期間になるんです」

「遠方って、どれだけ奥地まで行くつもりなの?」

 アリスが言う奥地は、魔物がはびこる『リリンの森』の深部のことだろう。危険な森なのに、アリスは目を輝かせている。

「期待しているところ、すみません……。目的地は私の故郷です。実家に手紙を出したら一度帰ってこいって言われてしまって……。馬車と歩きで片道三日かかるので一人だとちょっと心細くて、アリスおばさんについてきてもらえたらいいなって思ったんですが……、いかがでしょうか?」

「もちろん、いいわよ」

「いいんですか!? 小物の魔物しか出ない平和な農村ですよ?」

「旅に魔物の強さは求めてないわよ。人をなんだと思ってるのよ」

 軽く睨むアリスに、リーナは、

「だって、アリスおばさんは『完全防御の魔女』なのに、どんどん防御壁から出て魔物を倒すじゃないですか」

「攻撃は最大の防御って言うでしょう?」

「それは確かに言いますけど、アリスおばさんに限っては、なんか違いません?」

「まあまあ、いいじゃないの。それで? いつ出発するの?」

 話を戻すアリスに、リーナも素直に答える。

「ギルドを休ませてもらわないとならないんで、早くても十日後です」

 リーナの故郷は、ファーラドがあるソシレ伯爵領の東隣の領地にある。ファーラドから出ている隣領行きの長距離馬車に乗って、領境を超えて二つ目の街まで行き、あとは徒歩だ。

 ファーラドに来てから一年半近く経つが、初めての帰省だ。

(来るときはコリンが一緒だったんですよね……)

 リーナが少し眉根を寄せると、アリスは目ざとく気づいて、

「なあに? 気乗りしないの?」

 リーナは「そういうわけじゃないんですけど……」と言い訳してから、

「コリンの罪が確定したって、おばさんは聞きましたか?」

「ええ、聞いたわ」

「コリンのことも手紙に書いたんで……」

 話題にならないはずがない。

「ああ、それは気が重くもなるわね」

 アリスはうなずいてから、

「アーサーに話してもいいことを聞いておくから、もしコリンのことや犯罪組織のことで説明が必要なら、あたしがするわよ。あなたのご家族にも、コリンのご家族にもね」

「え! そんな、依頼は道中の護衛だけで……」

「いいからいいから。気にしないで。こういうときのための師匠なんだから」

「アリスおばさーん!」

 涙目でアリスの両手を握るリーナだった。

 そこに、第三者の声が割り込んだ。

「ねえ、それ、私も一緒に連れてってくれない?」

「え?」

 顔を上げて、リーナは目を見開く。アリスの後ろにいたのは――。

「ノーラ!」

 ノーラは、驚くリーナやアリスにかまわず、隣の受付から椅子を持ってくると勝手に座る。

「私、コリンから実家への手紙を預かっているの」

「え? なんでノーラが?」

 リーナが思わず疑問を口にすると、ノーラはリーナを睨んだ。

「なんでってリーナが面会に行かなかったからよ」

「あ……、面会なんて思いつきもしませんでした……」

 リーナがそう言うと、ノーラは呆れた顔になった。

「でも、もう私は関わりたくなかったので……」

 コリンに対する恋愛感情も当然ながら、幼馴染としての身内意識も、今は全くなくなっていた。

 子どものころから毎日顔を合わせていた相手に対して冷淡すぎるのではないかと思う一方で、理不尽な扱いを受けたことを許せない気持ちは強い。

「ノーラは面会に行ったんですね」

「まあね。きちんと別れ話もしたかったし」

「なるほど……」

 リーナと同様にアリスもうなずき、

「別れたのなら、正解よ。だいたい、リーナからノーラに乗り換えたくせに、捕まったときにリーナに待っていてくれなんて、二人とも馬鹿にしてるでしょ。ドムに止められなかったら、ミラと二人で殴ってやるところだったわよ」

 アリスがぎゅっと拳を握るから、リーナは「あはは」と笑って冷や汗をごまかす。

(おばさんとミラさんに殴られたらコリンなんて吹っ飛びますね)

 同じように目が泳いでいるノーラに、アリスは、

「あなたが行かなくても、リーナが手紙を預かればいいんじゃない? リーナが嫌ならあたしが預かるわよ」

「ダメ! 私が預かったんだから、私が持って行くわ」

 ノーラは決意した顔できっぱりと言う。

(コリンと別れて新しい恋人もいるのに、何なんでしょうか……?)

 ノーラの気持ちがよくわからない。その疑問が顔に出たのか、ノーラはリーナを見て「けじめってやつよ」と言った。

「私も一緒に連れてってよ」

「え……」

 戸惑うリーナはすがるようにアリスを見た。

「あたしは護衛対象が二人でも構わないわ。リーナの決定に従うわよ」

「ううーん……」

 リーナが悩むと、ノーラが畳み掛ける。

「ねえ、いいでしょ? 捕まったあとのコリンの様子なんて、リーナは知らないでしょ。コリンの親に聞かれたらどうすんのよ」

「それは……」

 それを指摘されると痛い。面会に思い至らなかったことは後ろめたくはあるのだ。

「私も護衛扱いでいいから」

 そう言われて、リーナは「依頼はアリスおばさんだけなんで、ノーラに報酬は払いませんよ。旅費も自分持ちでお願いしますね」と承諾したのだった。


 そして十日後。リーナたちは長距離馬車で出発した。

 領主夫妻からもらったマジックバッグのおかげで、リーナの荷物は軽い。

 旅行気分でお菓子やカードゲームを出すリーナに、遠征装備のノーラは呆れた顔をしていた。――『リリンの森』もピクニック気分で出かけるアリスは全く気にしていない。

 そうして、ファーラドからハードルの街まで、旅は平穏に進んだ。

 ソシレ伯爵領で一番大きなのは領都で、一番有名なのは冒険者の街ファーラドだ。そしてハードルも、国の東方面と北方面への街道の分岐があり、交易で発展した大きな街だった。

 大きな街なので、長距離馬車は客の入れ替えがある。ハードルまでの客が降り、代わりにハードルからの客が乗ってきた。

 そこで、リーナたちはこの旅初めてのトラブルに見舞われた。

「おっ、女の子がいるじゃん!」

「しかも二人!」

 ハードルで乗ってきた二人組の若い男が、リーナたちに気づいて声をかけてきた。

「俺たちの隣に来いよ」

「一緒に旅を楽しもうぜ!」

(ああー、面倒な……)

 リーナとアリスだけだったら無視されたかもしれないけれど、ノーラはファーラドでもよく男に囲まれている美人だ。

 ノーラの腕を掴もうとする男を、彼女は「触らないで」と冷たくあしらう。

「何だよ、つれないなぁ」

「ま、いいよ。勝手に座るし」

 リーナにもニヤニヤと嫌な笑いを向ける。

 馬車の雰囲気は一気に悪くなる。

 ファーラドからついてきていた護衛――依頼を受けた冒険者だ――が、二人組を制止しようと馬車に乗り込んできたとき。

「おい、どけよ、ババア!」

 一人がアリスに凄んだ。

「あ」

 リーナは思わず声が出てしまう。

 護衛の冒険者もアリスを知っているのか、片手を伸ばしたまま固まった。

「ババアですって?」

 アリスは座ったまま、二人組を睨みつける。

「はぁ? ババアはババアだろ」

「いいから、そこどけよ」

 何も知らない二人組はさらにアリスを煽る。

(ひぇぇ、この人たち、なんて命知らずな!)

 アリスは右手に火球を出すと投げつけた。

「うおっ!」

「ひぇ!」

 悲鳴を上げた二人組の目の前で、火球はぎゅいんと方向転換してアリスの手に戻ってくる。

(ええっ! 火球って操れるんですか? 投げたら投げっぱなしじゃないんですか!?)

「大人しく空いている席に座らないと、今度こそぶつけるわよ?」

 火球がぶわりと大きくなると、二人組は慌ててアリスから距離を取った。

 そこで護衛がはっとした顔で、「お前らはこっちだ。問題起こすなら、馬車から降ろすからな」と二人組を入り口近くの遠い席に連れて行く。

「アリスさん、こいつらには俺が言い聞かせとくんで! おい、お前ら、死んだほうがましと思うような目にあいたくなかったら大人しくしとけ!」

(死にたくなかったら、ではないんですね……。逆に怖いですね……)

 全盛期のアリスを知っていそうな護衛の言葉に、他の乗客も「ただのおばさんじゃなかったの?」という目でアリスを見た。

「全く失礼な。ババアじゃなくておばさんって呼びなさいよ」

 そう言ってアリスが火球を消すと、馬車の中の緊迫した空気がゆるんだ。

 リーナはアリスに小声で詰め寄る。

「火魔法は危ないですよ! やるなら防御壁をぶつけてくださいよ!」

「防御壁を筒状にしてその中に火球を通してるから燃えないわよ」

「あ、それで方向転換したんですね」

「警告は目に見えたほうが効果が大きいんだもの」

「だったら、防御壁に見るからに危なそうな赤黒い色をつけたらどうですか?」

「それ、いいわね! さすがリーナ」

 褒められて照れ笑いするリーナに、「師匠が師匠なら、弟子も弟子ね」とノーラが呆れていた。

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