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「ディア! リーナ!」
アリスは転移魔法の発動を感じて、即座に二人に防御壁を張った。
その瞬間、アリスはアーサーと一緒に転移させられていた。
「ここは……?」
「ダンジョンの外ではないようですね……」
アーサーが言うように、今までと同じ石造りの部屋だ。入り口も出口もない。転移魔法陣も見当たらなかった。
「魔物もいないし、出口を開けるための問題もないわね」
(制限時間までここに閉じ込められるのかしら? それはいいけど、リーナとディアが心配だわ)
アリスはアーサーに、
「あなた、ディアに連絡できる魔道具を持っていないの?」
「ええ、持っていますよ」
「それなら、早く……」
ふいに腕を掴まれて、アリスは言葉を止める。
「何?」
「せっかく二人だけになれたので、少しお話してもいいですか?」
「何?」
アリスはアーサーの手を振り払うと、硬い声音で問い直した。
「そんなに警戒されると傷つきます。ちょっと確認したいことがあるだけですよ」
アーサーは両腕を広げて無害をアピールする。
アリスは軽くため息をついてから、再度「確認したいことって?」と聞いた。
「アリス様はファーラドに戻ってからリーナを連れ歩いていますけれど、お気に入りですか?」
「ええ、仲良くしているわよ」
アリスは少し表現を変えて答える。
「リーナはアリス様の弱みになりませんか? 彼女は身を守る術を持たない娘ですよ」
「だから? 仲良くするなってこと?」
と、アリスは目を吊り上げる。
アーサーは首を振って、
「いえ。……ただ、アリス様がお気に入りを作る意味をわかってらっしゃるのかなって」
「それってウィルのこと? ちゃんと根回ししといたわよ……。知らないうちにリーナがいなくなってたら困るもの」
アリスのためなら兄たちを蹴落として王位も獲る、というウィルだ。――迷惑なことに、彼の世界はアリスを中心に回っている。
(異母姉だけは、あたしの獲物だから手を出すなって言ってあるのよね)
「何よ、あなたたちもリーナが気に食わないって言うの?」
「まさか! 陛下と僕たちのアリス様への気持ちは全く違いますよ。陛下は執着で、僕たちは心酔です。リーナは同志だと思っていますよ」
「リーナはあたしのこと、そんなふうには思ってないでしょ?」
それをアーサーはふっと笑っていなし、
「同志でなくても大事な領民ですから、何かあったら僕たちも守りますよ。頼ってくださいね」
「そう……。そうね。ありがとう」
アリスは『完全防御の魔女』と呼ばれているけれど、完璧ではない。
リーナは誘拐されてしまったし、今まさにはぐれているところだ。
守りの手はいくらあっても多すぎることはない。
アリスはアーサーに礼を言ってから、気になっていたことを聞く。
「リーナがあたしの弱みになるって言ってたけど、貴族側でアリスティーナを狙う動きでもあるの?」
「まさか! アリス様の敵は可能性があるというだけで陛下に排除されますから、実際にアリス様まで手を伸ばせる者なんていませんよ」
「あ、そう」
アリスはうんざりした顔になる。
(まあ、王妃を狙おうなんて者はだいたいろくでもないやつだから、結果的にはいいのかしら? ……いいのよね? ……あんまりあれならお兄様がどうにかするでしょ)
心の中で異母兄に押し付け、アリスはアーサーに向き直る。
「エディが独り立ちしてちょっと寂しかったから、リーナが一緒にいてくれてうれしかったのよ。あなたもわかるでしょ?」
「ああ、それは……確かに。僕も息子二人が一気に王都に出てしまったので、屋敷がずいぶん静かになってしまいました」
「クリスティーナがお嫁にいくのもあっという間よ?」
「それは、言わないでください!!」
アーサーは頭を抱える。
――ちなみに、アーサーとディアの娘クリスティーナの名前は、アリスティーナから取っているそうだ。
「話ってそれだけ?」
「はい」
「それじゃ、早く二人のところに戻りましょ?」
アリスがそう言うと、アーサーは首を傾げた。
「どうやったら戻れるんでしょうか? アリス様わかりますか?」
「えっ! これ、アーサーたちの仕込みじゃないの?」
アリスと二人きりで話すために、アーサーとディアが仕組んだのだとアリスは思っていた。
「まさか! 偶然ですよ」
「アーサーが呑気に話なんかしているから、あたしはてっきり……」
「そういうアリス様だって」
「二人にかけた防御壁が消えていないから、近くにいるのはわかるのよ」
「僕だって、ほら」
アーサーは連絡用の魔道具を見せる。板状の魔道具は座標が書いてあり、真ん中より少し右に赤い点が光っている。連絡が取れるだけではなく、相手の居場所もわかる魔道具のようだった。
「魔道具があるなら、さっさと連絡しなさい!」
アリスは腰に両手を当てて、アーサーに命令したのだった。




