2
「こちらが103番ダンジョンです。三年前に発見された『からくりダンジョン』で、踏破済みです。最深部は五層、出てくる魔物は三字名ばかりの初級ダンジョンです」
リーナが説明すると、アーサーとディアは「おおー!」と拍手をしてくれた。
(領主夫妻に褒められるなんて照れますねー)
リーナたちは目的のからくりダンジョンの入り口にいた。『リリンの森』の初心者ルートを途中で外れたところにあるため、関所に近い。
初心者ルートを逸れる人がいないから発見されなかったのか、近年新しくできたダンジョンなのか、それはわからない。
近くて低レベルなので、ギルドに登録したばかりのE級冒険者に人気だった。そのおかげで今では道もできている。
からくりダンジョンは、他のダンジョンと少し違う。踏破済みでも転移魔法陣が現れないし、各部屋の入り口が閉まるため後戻りができない。内部は仕掛けが施されていて、魔物を全部倒さないと先に進めないなどのルールがあった。
また、一度に一組ずつしか入れず、制限時間がある。その時間内に最深部の部屋まで到達できなければ強制で外に転移させられるのだ。
(強い魔物に出会っても逃げ切ればどうにかなるのは、良いですよね)
アリスいわく「接待にうってつけ」だそうだ。
(今回は依頼主のアーサー様が選んだわけですけど)
ダンジョンに入る順番待ちのパーティが二組いたが、たまたまアーサーの顔を知っている冒険者がいて、「お先にどうぞ」と譲ってくれた。
(領主夫妻と並んで順番待ちなんて気まずいですよね! 私でも譲ると思います……)
お揃いのローブを着た即席パーティはそうしてダンジョンの中に入ったのだった。
入ってすぐは正方形の部屋だった。十人も入ればいっぱいになりそうな、さほど広くない部屋だ。
「石造りだね」
辺りを見回したアーサーが言う。
砦タイプのダンジョンに似ているが、この部屋に出口はない。入ってきた扉もいつのまにか消えていた。
「次に進むためには、これを動かせってことね?」
アリスが指差したのは、部屋の中央にある腰高の小卓。
その上には拳大の球が二つある。一つは鉄色、もう一つは銅色だ。二つの球は、窪みが三つある台座に載っている。真ん中の窪みが空だ。
(左右のどちらかの球を真ん中に動かすってことですね)
「ここは鉄色の球を動かします」
リーナが調べてきた踏破手順を口にすると、他の三人が振り返った。
驚いた顔で見つめられて、リーナは焦る。
「あの、もしかして踏破手順を言ったらダメだったですか?」
「そうね」
「うん、そうだね」
何も言わないディアもうなずいている。
「うわぁーん、すみません! 余計なことを言いました! ごめんなさい!」
謝るリーナに、アーサーが「いや、大丈夫だよ」と苦笑し、ディアも「調べてきてくれたのよね。ありがとう」と微笑んでくれる。
(領主夫妻が優しいです……!)
リーナは思わず、両手を合わせて拝んでしまった。
「ちなみに、銅色を動かすと何が起こるの?」
アリスに聞かれて、リーナは首を傾げた。
「記録にありませんが……?」
「え? 誰も試してないの? それとも報告していないだけ?」
「さあ?」
アリスもリーナも二人で首を傾げた。
「間違えた場合も報告するのが普通ですか?」
「まあ、何か起こったなら報告するわよね」
アリスが言うと、ディアが「銅色は何も起こらないのでしょうか?」と聞いた。
「アリス様、試してみましょう!」
今度はアーサーだ。
アリスは眉間に皺を寄せて、
「あなたたちはもう責任ある立場なんだから、興味や思いつきで行動するのはやめておきなさいよ」
「今日くらいいいじゃないですか。昔に戻った気持ちで、やってみましょうよ」
「アリス様、私からもお願いいたします! 久しぶりに一緒に冒険できるんですから、楽しみたいですわ」
「うーん」
「アリス様が動かしていいですから! ね?」
「え、そう? それなら……」
と、アリスは前言を撤回した。
(アリスおばさん、動かしたかったんですね……)
「リーナもいい?」
「はい!」
リーナは皆の決定に従うだけだ。
皆が見守る中、アリスが銅色の球を真ん中に転がして移動させる。
ことん、と窪みにはまったとき、正面の壁に扉が現れた。
「まあ!」
「えっ、銅色でも進めるんですか!?」
「裏ルートかしらね。踏破した冒険者は隠していたのかもしれないわよ」
アリスが楽しそうに言うと、アーサーが、
「二番目以降の冒険者たちは踏破手順以外を試してみることもしなかったんですかね。冒険者も変わりましたね」
「アーサー、昔は良かった、なんて言い出すと一気に老けるわよ?」
「それは困ります」
そんな軽口を叩きながら先に進んだリーナたちだったけれど、裏ルートは予想外の連続だった。
「時雨蜘蛛だわ!」
天井から吊り下がってきた大きな蜘蛛を見つけて、アリスがすぐに防御壁を張る。
「え? 四字名ですか!? ここは三字名しか出ないって聞いてたんですけど!」
「裏ルートのほうがレベルが高いんじゃないかしら?」
人の頭くらいの大きさの蜘蛛は、キチキチと脚を鳴らしてこちらを狙っている。
「アーサー、どうする? あなたが倒す?」
「いえ! アリス様、お願いします!」
ディアもうなずいているのを見て、アリスは蜘蛛に火炎砲をぶつけた。
(水属性魔物に火ですか!? あ、でも、いつもより威力強めですね)
高威力の効果もあって、蜘蛛はすぐに炎に包まれる。それから、防御壁の上に落ちてきて飛ばされ、壁にぶつかったときには黒焦げで火も消えていた。
リーナが今まで見てきたアリスの討伐の中では、地味なほうだ。
それなのに、アーサーとディアは異様な盛り上がりを見せる。
「アリス様! 素敵ですわ!」
「さすが、アリス様ですね! 炎の色の赤から橙までのグラデーションが素晴らしいです! ばっちり撮影しましたから!」
「は? 撮影?」
ほとんど一瞬の討伐なのに、アーサーは魔道具を構えていた。
「ふふ、映像の魔道具を手に入れたんですの」
「これでアリス様の勇姿を何度でも見ることができるんですよ!」
領主夫妻は満面の笑みだ。
アリスは「ああ、そう……」とため息をついた。
注意したりしないんですね、とリーナがこっそり聞くと、アリスは「慣れたのよ。……諦めが必要なときもあるのよ」と首を振ったのだった。




