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おばさん冒険者、職場復帰する  作者: 神田柊子
第二話 おばさん冒険者、特命依頼を受ける

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3

 遠征三日目。

 アリスたちは道なき道を進んでいた。

 今まではギルドが管理している上級者ルートを歩いていたが、薬草畑の跡地に寄るため、犯人から聞き出した目印の岩からルートを逸れて藪に分け入った。

 行軍の先頭はリックとサダイズ。捜査員とリーナを挟んで、最後尾がアリスとダウトだ。

 低木や下草を刈って道を作って進みたいところだけれど、一般の冒険者が入り込んでは困るため、できるだけ痕跡を残さないように歩いている。

「おっ! 道ができてるぞ」

「自供は正しかったようだな」

 前方からリックとサダイズの声が聞こえた。

 アリスが彼らのところまで行くと、その先は低木が刈られており、草は生えているが倒木などもなく、歩きやすくなっていた。

 犯罪組織の者たちもずっと藪を歩くのは嫌だったようで、途中まで道を作ったらしい。

(ルート近くまで道を引いたらばれるからここまでにしたってことね)

「記録しますので、少し待ってください」

 捜査員のリーダーのラリーがそう言って、一番若いビリーに指示をした。彼は写真の魔道具(カメラ)で、整備された道を撮影し始める。

 アリスは皆が入る大きさの防御壁を張ってから、リーナに「あなたは休んでいなさい」と声がけしつつ、リックたちに近づく。

「犯人たちがここを捨てて一年は経ってないのよね? けっこういろいろ残っていそうね」

「そうだな」

 リックも腕組みして道を見る。

「まあ、余裕を持った日程だし、食料はあたしの荷物に予備があるから、とことん付き合いましょ」

 リックはうなずいたが、サダイズは何か言いたそうにした。アリスが首を傾げたとき、後ろで「うわっ!」と大きな声がした。

「また『細いの』か……」

 リックがため息をつくのと、アリスが「また、あなた?」と振り返るのは同時。

「勝手に離れないでって言ったでしょ?」

 アリスは防御壁――外敵を防ぐと同時に中からも出られないようにした――にぶつかって尻もちをついているテリーに声をかける。

「でも、あそこに松雪葵があるんです。松雪葵ですよ? しかも花。あれだけ採取させてもらえないですかね」

 テリーは防御壁の外の藪を指差す。

「すぐそこです。手を伸ばすだけ! 松雪葵は馬車用の魔物忌避剤の改良に使えそうなんです。お願いします」

 土下座の勢いで頼まれるとアリスも断りきれない。

「松雪葵だけだからね!」

 そう言って少しだけ防御壁の広さを大きくしてあげた。

「なんだかんだで甘いよなぁ」

「だな」

 後ろでリックとサダイズが囁き合っていたけれど、アリスは聞こえなかったことにした。


 さらに一刻ほど歩くと、木がない開けた空間に出た。

「まあ!」

「これは!」

「すげぇな」

 アリスも、皆もそれぞれに驚く。

「ギルドの演習場くらい広そうね」

「これはもう畑としか言いようがないですねぇ」

 リーナの言葉にアリスも同意する。柵で囲ってあり、人の手が入っているのは明らかだ。

「まだ薬草が生えてるんじゃねぇか?」

「ああー、そうですね……。記録を取ったあとに焼いてもらうことになりそうですね」

「ええ、大丈夫です。最初に聞いていますから」

 ラリーにダウトが答えた。想定より規模は大きかったけれど、彼の火属性魔法があれば、アリスの出番はないだろう。

「この柵は罠が仕掛けられているんですよね?」

 今度はリーナがラリーに尋ねた。

「ええ。確か、入り口の……」

 ラリーが答えようとしたとき、テリーが柵に手を出した。

「ああ、これではないですか。この線に触れると」

「あ!」

「えっ!!」

「ちょっ!」

 柵の上部に張られた金属線にテリーが触れた瞬間、魔法が発動した気配がした。

「魔法陣だ! 上!」

 ダウトの声が聞こえる前に、アリスは防御壁を張った。念のため、畑まで覆う大きなものにする。

 どーん、と爆音がして、防御壁に何かがぶつかった。

 いつものように弾き飛ばしたけれど、重量があったようで、すぐ近くにずしんと転がる。

 バキバキっと木が倒れる音。そして、ギャーっととどろく鳴き声。

「ひぃぃー、な、何ですか?! なんかすごい大きなものが!」

「召喚魔法だ!」

 土煙が晴れると、防御壁の向こうには大きな魔物がいた。背中が鎧のような硬い皮膚に覆われている短足の魔物だ。

「有真白かよ!」

「背黒白有真白だな」

「ひぇー、六字名ですか……」

 泣きそうなのはリーナだけだ。アリスも『籠目』も驚きはしたが、恐れはない。――捜査員たちは言葉を失っていることを思えば、リーナも十分に冒険者らしいといえるが。

 有真白はこちらを敵とみなしたようで、防御壁に尻尾を打ちつけてきた。

「アリスはこのまま畑ごと守っててくれ」

「了解。足止めは要る?」

「いや、ひっくり返したいから、このままで!」

「わかったわ!」

 リックと短いやりとりを交わし、アリスは防御壁の維持に努める。

「リーナはあたしの補佐!」

「はい!」

 呼ばれたリーナがアリスの隣に並んだ。

(リーナもなかなか様になってきたじゃない)

 アリスは弟子の成長を喜びながら、今度は捜査員の『若いの』を呼んだ。

「ビリー! テリーを押さえておきな! これ以上余計なことをさせるんじゃないよ!」

「はっ!」

 ビリーは上官でもないのにアリスの命令を素直に受け、魔物に驚いて座り込んでいたテリーを拘束した。

「ラリーは罠の記録と解除! 二度はないと思うけど、可能性は潰しておいてちょうだい」

「わかりました。……面倒をおかけします」

 捜査員のリーダーは頭を下げてから、柵に向き直った。

(ビリーはラリーの部下だけれど、研究者のテリーは今回だけの『お客さん』で、命令しにくいみたいなのよね……)

 同情はするけれど、もう少しなんとかしてほしい。

 アリスがこちらの体制を整えている間に、『籠目』の三人は防御壁から出て行った。

 彼らは魔物を防御壁から離すために、背後に回り込んでから攻撃した。

 大柄なリックとサダイズの背丈よりも有真白の体高のほうが高い。

 召喚時の衝撃で畑の手前の木が何本も薙ぎ倒され、少し開けている。それでも、有真白の巨体には狭く、方向転換するたびに硬い背中や尻尾が木を倒している。

 巨大な魔物はあまり長距離を移動しない。こんなところに召喚されるのは、有真白も不本意だろう。

 有真白の腹の下で爆発が起こった。ダウトの魔法だ。

 鳴き声を上げる有真白の顔に、高く跳躍したサダイズが拳を叩き込む。同時にリックが尻尾の付け根に切り込んでいった。

 そして二人ともすぐに魔物から距離を取る。

 すると、またダウトの魔法攻撃が発射されるのだ。

(さすが、長年組んでいるパーティね。連携が取れているわ)

 アリスが下手に手を出して魔物に予想外の動きを取らせてしまうと邪魔になるだろう。

「リックさんの大剣でも、あの装甲は切れないですよね?」

 リーナは祈るように両手を組んで戦いを見守っている。不安げに聞かれたアリスは、「装甲の隙間を狙ってるのよ」と返す。

「一枚の板じゃなくて、細い板が」

 と、アリスの説明は途中で止まった。

 サダイズがつまずき、バランスを崩したのが見えたからだ。

 そこで有真白が頭を振ったため、木が倒れる。ちょうどサダイズの上だ。

 アリスは即座にサダイズの周りに防御壁を張る。跳ね返った木はうまいこと有真白の顔に当たった。

「サダイズさんっ!」

 リーナが叫ぶ。

 サダイズが倒れたまま起き上がらないのだ。

「どうした!?」

 リックの声に、「あたしが行くわ!」と声を張り上げ、アリスは防御壁から駆け出す。

 身体強化をかけて、一気にサダイズの元に走った。

 防御壁を広げてその中に自分も入る。ポーチから上級ポーションを取り出して、蓋を開けてサダイズの手に握らせた。

 彼の手は震えている。

「まさか当たったの?」

「いや。違う。ちょっと、捻って」

「飲める?」

「ああ、すまない」

 サダイズはポーションを一息に飲み干し、空き瓶をアリスに戻した。

「行ける?」

「大丈夫だ」

「了解」

 うなずいたアリスは、防御壁の近くまで迫っていた有真白の顔に火魔法を放って牽制してから、その場を離れた。

 畑に展開していた防御壁に戻ると、リーナが心配そうな顔で迎えてくれた。

「サダイズさんは大丈夫ですか?」

「ポーションを飲んだから大丈夫よ。捻ったんですって」

「そうなんですね……」

 アリスの答えを聞いても、リーナの表情は晴れない。一心にサダイズを見つめている様子に、アリスは首を傾げた。

 しかし、今は戦いの最中だ。

 アリスは復帰したサダイズを気にしつつ、全体に目を向けた。

 有真白は着実に弱っている。尻尾はいつのまにか切り落とされていた。

 ふらついたところにダウトの爆風が炸裂。斜めに浮き上がった身体をサダイズがひっくり返した。

 魔物の腹はすでにボロボロだった。そこにリックが大剣を振り下ろし、――有真白は一度大きな鳴き声を上げてから動かなくなった。

「良かったです」

 リーナのほっとした声に、アリスも肩から力を抜いたのだった。


「勝手なことをしないようにって、何度も言ったわよね?」

「はい、痛っ! 痛い! これ、痛っ! これ何ですか?」

「粒状にした防御壁よ」

「は? 防御壁? って、痛っ!」

 魔物の脅威を退けて、『籠目』の三人は背黒白有真白の素材採取、捜査員のラリーとビリーは畑の調査、リーナはその助手をしている。

 そして、アリスは畑に展開した防御壁を維持したまま、テリーに説教をしていた。

「柔らかい防御壁だから、そこまで痛くないでしょ」

「いや、痛いんですけど」

「魔物に襲われるよりは痛くないはずよ」

 アリスは防御壁を飛ばすのをやめて、テリーを仁王立ちで見下ろした。

「すみません。申し訳ありませんでした!」

 地面に正座したテリーは深く頭を下げる。

「反省しています!」

「本当に?」

「しています! 本当です!」

 それからテリーは恐る恐る顔を上げると、

「私にも畑を調べさせてください! このために来たんです! どうか、お願いします!!」

「もう二度と勝手な行動はしないって誓えるかしら?」

「はいっ!! 誓います! 七泣八津尾輝草に誓って二度と勝手な行動はしません!!」

 その草は知らないが――畑に生えているものとは違う――、アリスはテリーを解放することにしたのだった。

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