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「リーナ!」
リーナ・オルトは、師匠であるA級冒険者アリス・カルスに声をかけられ、慌てて水球砲を撃つ。小型の魔物がリーナの目の前に飛び出してきたのだ。
(防御壁があるからって油断は禁物ですね。特訓なんですから!)
花咲兎はすばしっこく、リーナの魔法は頭の花を逸れた。――花咲兎は頭にラッパ状の花がくっついており、その花を取ったり潰したりすると気絶するのだが、命中率の低いリーナの魔法の的には向かない。
「ひいぃ!」
怒った花咲兎が花から毒液を飛ばしてきた。アリスの防御壁で守られているとわかっていても、リーナは悲鳴を上げてしまう。
「嬢ちゃん、目は閉じんなよ! 避ける練習もしとけ!」
「はいぃぃぃー!」
野太い声はA級パーティ『籠目』のリック・メンファだ。大剣を担いだ剣士で、『籠目』のリーダーだった。
「外の魔物はあいつらに任せておけば余裕だから」
リーナと一緒に防御壁の中にいるのは『籠目』の魔法使いダウト・パストだった。
彼は風・水・火属性が使えるため、水属性のリーナに魔法を教えてくれていた。アリスは火属性だから、「同じ水属性が使える魔法使いにも見てもらいなさい。道中、長いんだから」と、ダウトに頼んだのだ。彼も快く引き受けてくれた。
防御壁の外では、花咲兎の他に黄斑犬の群れもいて、アリスとリックと、もう一人『籠目』の闘士サダイズ・ラヴァンが戦っていた。護衛対象である捜査員たちはリーナと一緒に防御壁の中だ。
黄斑犬の群れに追いかけられた花咲兎と、リーナたちは遭遇したのだ。さほどレベルの高くない魔物だが、黄斑犬の数が多かった。
(皆さん、楽しそうに戦ってますけどね!)
リックは大剣で一度にまとめて数匹の黄斑犬を切り捨て、サダイズは殴り飛ばす。アリスも粒状の防御壁で犬を撃ちぬいていた。
(『籠目』の皆さんはいかにも冒険者って感じのがっしりした体格で、アリスおばさんは相変わらずぽっちゃり体型で……、違和感がありすぎます)
「リーナ、兎に集中しなさい」
ダウトに注意され、リーナははっとする。
花咲兎はこの隙に逃げればいいのに、なぜかリーナに向かってきたのだ。
(私なら勝てそうと思われたのでしょうか……)
今も防御壁の周りを跳ねまわっている。――アリスがわざわざリーナの特訓用に、魔物が当たっても飛ばない柔らか防御壁を作ってくれた。
「動いている獲物に水球砲を当てるのは難しいだろ。もっと大きな水球を作って、それを兎の上から落としてみなさい」
ダウトにそう助言されて、リーナは空中に大きめの水球を出した。
「そう。それを維持したまま、水球砲で兎を狙えるか? 毒液を飛ばすとき、兎は止まるから」
「あ! はい! そこに水を落とすんですね?」
リーナは一応花を狙って水球砲を放つ……が、花には当たらずに耳をかすった。
そして、毒液を飛ばそうとした兎がこちらを向いて止まったときに、浮かせていた大きな水球をその頭上に落とした。
ばしゃんと水球が割れ、兎の頭の花がくしゃりと潰れる。すると、兎はびくんっと跳ねて、そのまま倒れた。
「よし! やったな、リーナ」
「はい! ありがとうございます!」
ダウトと手を叩きあっていると、黄斑犬を倒したアリスたちが戻ってきた。
「花を潰しただけだと気絶でしょ? とどめは?」
「はい! 私できます!」
リーナは手を挙げる。魔法ではなく短剣だ。
「花咲兎って毒があるのは花だけで、肉は普通に食べられるんですよね?」
「ああ、けっこううまいぞ」
「リーナ、解体できるの?」
「農村育ちなんで、兎や小鳥くらいならできますよ」
「まあ! 頼りになるわね!」
アリスに感心され、リーナは胸を張った。
リーナは今、アリスと『籠目』に出された特命依頼に同行している。
依頼主は領主であるソシレ伯爵。
依頼内容は、犯罪組織が拠点にしていたと思われるダンジョンまでの捜査員の案内と護衛だ。
リーナはファーラドの冒険者ギルドの職員だ。だが、ギルドマスターの命で、滞っていた採取依頼をこなすアリスの補佐についていた。
しかし、今回の依頼は十日ほどかかる遠征で、『リリンの森』の奥まで行く特命依頼。
ギルドマスターとアリスに呼び出されたリーナは、この特命依頼について行くかどうか意思確認された。
「一緒に行っていいなら行きたいです!」
少し考えたあと、リーナはきっぱり答えた。
するとアリスが目を見開く。
「あら。私なんて足手まといになりますぅー無理ですぅーって言わないのね」
「それ、私の真似ですか……」
リーナはアリスを軽くにらんでから、
「本当に邪魔になるならアリスおばさんは最初から私を置いていきますよね? どうするか聞かれたってことは、行っても大丈夫ってことですよね?」
「そうね」
弟子らしくなってきたじゃないの、とアリスは笑う。
ギルドマスターのドムもにやりと笑って、リーナに書類の束を手渡した。
「これが依頼書。あと、目的地や捜査員の要望なんかをまとめたもの」
「え?」
「それと、これが捜査員の代表の連絡先。持ち物や装備の確認もあるから、一度全員で集まって打ち合わせをしたい。リーナが取りまとめてくれ」
「はい?」
「あ、帰ってきたら冒険者目線での報告書もよろしくな」
「ええっ!」
目を白黒させるリーナに、ドムは満面の笑みを見せる。
「いや、リーナが行くって言ってくれて助かるわ」
「えー」
「もちろん、特別手当は出るからな!」
「あ、はい……」
それでリーナはなんとか自分を納得させたのだった。
そして、今、『リリンの森』に入って二日目。
目的地のダンジョンは、森の奥地にあるわりにレベルが低い踏破済みダンジョンだった。
(特殊な魔物も出ないし、採取できる素材もありきたりなんで、人気がないんですよね。わざわざ奥地まで行かなくても、って感じですね)
だからこそ犯罪組織が使っていたわけだが。
リーナがノーラと一緒に誘拐された事件は、犯罪組織の違法薬物製造班の仕業だった。リーナたちが連れて行かれたダンジョンの隠し部屋で、薬物製造が行われていたらしい。
(製造していた人たちも、どこかから攫われたり脅されたりして働かされていたみたいなんですよね。私たちは実験台だって言ってましたから、逃げられなかったら、薬物を飲まされたりしたんでしょうか……)
被害者のリーナはいくらか事情を教えてもらった。
犯罪組織が使っていた隠し部屋は、ギルドに報告されていない部屋だった。リーナたちが閉じ込められた部屋を含めて、三部屋も独占していたらしい。
冒険者ギルドは、『リリンの森』やダンジョンの情報を買っている。だから、未踏破ダンジョンや森の奥地の新情報を売って稼いでいる冒険者もいる。
誰にも知られていない隠し部屋などはかなりの値段がつくのだが、秘匿している冒険者もいた。レアな素材が採れる魔物がいるなど、独占したほうが得になることがあるからだ。
(ギルドへの報告は義務ではないですから、仕方ありません。でも、犯罪に使うのはダメです!)
これから向かうダンジョンは、以前に組織が使っていたダンジョンだそうだ。
もう捨てた拠点のため誰もいないが、手がかりになるものが残されていないかを調べるという。
その捜査員は三人。
ファーラド生まれファーラド育ちで、冒険者登録もしているという屈強な若い男性はビリー・ライダン。
ビリーほどではないけれど、やっぱり強そうな中年男性がリーダーのラリー・ミルダン。
そして、吹けば飛びそうな細身の中年男性がテリー・カンダン。
ちなみに、親戚ではないそうだ。
(なんなんでしょうか。皆さんの名前……。仲良し三兄弟ですかってくらい、似すぎです! 間違えそうなんでやめてほしいです!)
リックは早々に面倒になったのか、『若いの』『リーダー』『細いの』と呼んでいる。――相手からは文句は出ていないので、リーナも何も言わない。
「それは何ですか?」
突然聞かれて振り返ると、『細いの』ことテリーだった。
今日の野営地で、リーナは先ほど仕留めた花咲兎を調理していた。彼が指差しているのはリーナが持参した調味料だった。
「ハーブ塩ですよ」
答えるが早いか、テリーはさっと小瓶を手に取り、逆の手のひらに一振りする。おもむろにペロリと舐めた。
「ほほう。岩塩。うーん、マヌメリー産ですかね。それと、ティズリパーズ、ムルト、ネルフィー。隠し味がジュエネルガでしょうか」
テリーはリーナに聞かせるでもなく、ぶつぶつ呟く。
(この人は研究者なんですよね……)
植物に詳しいテリーは、違法薬物の材料の草をダンジョンの付近で育てていたという犯人の証言を確認するために選ばれたそうだ。
ここまでの二日間でも、珍しい植物があるとふらりと寄って行ったり、ささっと手を出したり、勝手な行動が多い。
アリスやリックたちもテリーを要注意にしていた。
「あの。もういいですか?」
リーナが恐る恐る聞くと、テリーは「だいたいわかったのでもう結構です。ありがとう」と小瓶を返してきた。そして即座に身を翻し立ち去ると、地面を観察し始めた。
変わり身の速さにリーナは呆れる。
(毒草や触ると危険な植物は知っていて、触ろうとしないからいいんですけど……。未知の植物が出てきたら、大丈夫でしょうか……)
テリーも心配だが、リーナにはもう一人気がかりな人がいた。
それは『籠目』の闘士サダイズだった。




