ドルオタだった妻が俺の応援団扇を作っている件
休日の朝。というか、もはや昼近く。
熟睡した後でリビングに向かうと、テーブルにはカラフルな紙やシールが散乱していた。
テーブルの前には妻の菜月が座り、何やら真剣な顔でペンを動かしている。
「……何作ってるの?」
尋ねると、菜月は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
「じゃーん! 応援団扇です!」
菜月はテーブルの上の団扇を両手で持ち上げた。
そこには派手なシールやカラーペンでデコレーションされた『悠斗』の名前と、『世界一かっこいい!』『笑顔が最高!』といった文字が踊っている。
まるで店で買ったような素晴らしいクオリティ。
さすがは元・ドルオタだと、俺は内心で唸った。
団扇をひっくり返せば、そこには『お嫁さんにして♥』『永遠の推し!』とか書いてある。
てか、嫁にしてって、君はもうとっくに俺の嫁では?
「……何それ?」
「悠斗くんは私のスーパーアイドルだから!」
彼女はまるでライブ会場にいるファンのように、団扇を持ってぶんぶん振る。
明るく元気、スーパーポジティブなのが菜月の魅力ではあるけれど、今日はいつにも増してハイテンションだ。何か良いことでもあったのだろうか?
「いやいや、俺アイドルじゃないし。ごく普通のサラリーマンですけど」
「いいのいいの! だって、毎日頑張って働いて、私に優しくしてくれて、お休みの日には美味しいご飯まで作ってくれる。まさに理想の虚像じゃない? もはや神!」
菜月はキラキラした瞳で俺を見つめる。
持ち上げすぎのような気がするけど……そんな目で見られたら、もう否定なんてできない。
「……まあ、そんなふうに思ってもらえてるなら、嬉しいけどさ」
照れ隠しに目を伏せ、首の後ろを掻く。
「せっかく団扇も作ったことだし、今日は悠斗くんのファンミーティングってことで、おうちライブを開催します!」
菜月は笑顔でとんでもないことを言い出した。
「え? ちょっと待って、ライブって何——」
「ごちゃごちゃ言わずにセンターに立って!」
菜月は有無を言わさず俺を捕まえ、ソファの前に立たせる。
そしてスマホをスピーカーに接続し、いま流行りのアイドルソングを流し始めた。
「さあ、悠斗くん! 私にサラリーマンアイドルの全力を魅せて!!」
ビシッと、団扇の先端を俺に向ける菜月。
なんでこんなにノリノリなんだこの人。
「サラリーマンアイドルって何!? 寝起きで無茶ぶりすぎない!?」
「ファンの期待に応えるのもアイドルの使命ですよ〜?」
菜月は団扇を振り、前奏に合わせて歓声を上げる。
俺は困惑しながらも、愛しい妻の満面の笑みに負けてしまった。
「……仕方ないな。俺の全力パフォーマンス、見せてやるか!」
そう言って、俺はぎこちないながらもリズムに合わせて踊り出す。
「きゃー! 悠斗くん最高ー! 大好きー!」
菜月の黄色い声がリビングに響く。
夫婦二人きりの、ちょっと恥ずかしくて、でも最高に楽しいライブ。
ライブが終わり、二人してソファに座り込んで笑い合う。
「はぁ、楽しかった。では、ファンサを頑張ってくれた悠斗くんにご褒美をば」
菜月は立ち上がり、リビングの棚から封筒を取って差し出してきた。
不思議に思いながら封筒を受け取って中を覗くと、小さなエコー写真が入っていた。
「え……?」
俺は驚愕のあまり目を剥き、隣に座り直した菜月を呆然と見つめた。
「悠斗くんファンクラブに新メンバーが増えます」
菜月は笑顔でピースしてみせた。
「……本当?」
声が震える。
「うん。本当だよ」
菜月の目はわずかに潤んでいる。
――そうか。俺、父親になるのか。
胸が熱くなる。
こみ上げてくる感情を、言葉になどできない。
俺は言葉の代わりに、菜月を強く抱きしめた。
「へへっ。これからはアイドルとしてだけじゃなく、パパとしても頑張ってもらうからね!」
「……もちろん!」
この瞬間、俺たちの新しいステージが始まったのだった。
(終)
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