第九話
「宵闇! 大丈夫か? 待たせたな」
後ろから声が掛けられ、振り向くとそこにいたのは火影(ほかげ)様だった。衛門府の武官の一人で曼殊沙華様を補佐している。
「火影様!」
私が声を掛けると、火影様は悪しきものを見つめ、そっと剣を抜いた。火影様の強さを感じ取るように悪しきものが後ろへと距離を取ったが、火影様は許すことなく距離を詰めていく。
逃げることができないと悟ったのか今度は瘴気を凝縮し、無数の黒い手のように伸び、火影様を捕えようとしている。
だが火影様は小さく息を吐いた瞬間、悪しきもから伸びてくる瘴気を全て斬り捨てた。そのまま刃を切り返し、悪しきものを切り上げた。
火影様の刀身は悪しきものを一刀両断、とまではいかなかったが、ひと斬りで深い傷を負わせたようだ。悪しきものは震えるように後ずさった。そして攻撃を止め瘴気を傷口に集め回復をしようとしているようだ。
「宵闇、瘴気を払えるか?」
「やります」
敵の動きが止まった今なら抵抗されることなく瘴気を吸うことができる。
私は薙刀を仕舞い、手を翳して瘴気を取り込み始める。悪しきものは瘴気が奪われることに苛立っているようで音を出しながら私を攻撃しようとしてきたが、火影様が伸びてくる黒い手を剣で斬り落としていく。
瘴気を取り込んでいくうちに手が熱くなってきた。
あの時と同じ感覚だ。
そう思った途端、コロンと手のひらから小さな玉が地面に落ちた。
!!
封印の玉が出来た!
「宵闇、気を抜くな!」
驚いていると、火影様が檄を飛ばす。
「は、はい!」
私は悪しきものに集中し直して瘴気を取り込む。悪しきものが纏っていた瘴気は徐々に薄くなっていき、火影様が更に左に一文字斬り、切り返しと悪しきものを斬りつけていく。
火影様が斬る度に悪しきものの抵抗が減って瘴気が取り込みやすくなる。取り込む度に私の手に熱が集まるのが分かる。
……コロン。
悪しきものと一緒だと封印の玉が出来るの? そう思った途端、火影様は一歩踏み込み、袈裟斬りし、悪しきものを倒した。
私はそのまま悪しきものを取り込むと先ほどより少し大きめの玉が転がった。
「宵闇、封印ができるようになったのか?」
「わかりません。が悪しきものを瘴気と一緒に取り込んだらこの玉が出来たんです」
私は玉を拾い上げて火影様に差し出した。
「ふむ。しっかりと封印が出来ているな。宵闇のおかげで悪しきものを楽に屠ることができた。このことは曼殊沙華様に報告せねばな」
火影様は剣の汚れを拭き取りながら私を見た。
「ところで、宵闇。お前の薙刀の扱いはなんだ。あれでは悪しきものに傷を付けることも出来ないだろう。薙刀の訓練を行うように神祇官に言っておく」
火影様から見た私の薙刀はまだまだなのだろう。実際、悪しきものに傷を与えることができなかった。
「分かりました」
「悪しきものは封印された。後は任せた」
火影様はそう言うと封印の玉を持ち、一足先に国に戻っていった。残った私は瘴気を取り込みはじめた。悪しきものがいた場所付近の濃い瘴気を吸うと少し手が熱くなる感覚はあるけれど、少し離れた場所で瘴気を吸っても何も起こらないようだ。
やはり封印の玉が出来るのは悪しきものを取り込んだ時だけなのかもしれない。
そう考えると、瘴気を体内に取り込んだ後の動きをしっかりと身につけた後、武官達について行って悪しきものを封印する練習をすればいいのではないだろうか。
今まで暗闇の中を手探りで歩いていたけれど、少しばかり光が見えてきた気分になった。
……頑張ろう。
その後、衛門府へ報告した後、癒し池に行くように言われ、向かおうとしていると後ろから声が掛かる。
「あ、宵闇。明日から当分の間は武官達と一緒に薙刀の訓練をすると火影様から聞いている。しっかりと準備してくるように」
「はい」
彼らと訓練、か。今日よりも明日が癒し池に行く必要があるんじゃかな。そう思いながら私は癒し池に向かった。