第七話
番紅花様の下で瘴気を取り込み、排出する練習を何度も日を分けて行う。
ようやく取り込んだ瘴気を排出できるようになり、番紅花様からは「私が付かなくても心配はないな」と一人で瘴気の出ている場所に行けることになった。
衛門府から瘴気が出ている場所を教えてもらい現場に出向くようになったのだが、私一人ではまだ不安が残るということで武官が付いてきてくれている。
「宵闇、今日は東の地区に瘴気が出始めているみたい。まだ濃い瘴気ではないから悪しきものはいないと思うけれど気を付けてね」
衛門府の受付を担当官が教えてくれる。受付の担当官の横には既に武官が立っていて彼が付いてきてくれるようだ。
「今日も練習に付き合っていただいてありがとうございます」
「ああ、では行こうか」
衛門府の武官は無口な人が多いが、よく声を掛けてくれ私のことをとても気に掛けてくれているのがわかる。
指定された場所は山の中にある小さな川のほとりから滾々と湧き出る水は清らかで一見すると瘴気など何処にも無いようにも見える。だが、よく見てみると川の近くに一頭の鹿が横たわっている。ただの死骸であれば時間と共に別の獣たちが鹿を処理していくのだが、この鹿の死骸を中心に瘴気が漂っている。確認しようと近づいて見ると腹部の毛は剃られて煤のような黒い物で人間が使う文字のような何かが書かれてあった。
「この鹿のお腹に何か書かれていますね。呪術の類いでしょうか?」
「多分な。大方人間たちが誰かを呪い殺すための依り代にこの鹿を使い、ここに捨てたんだろう」
武官は慎重に検分していく。そして紙に文字のような物を写し取った後、術を使って紙を衛門府へと送った。
「あとはこの鹿を燃やすだけだ。その前に、宵闇は訓練を行うのだろう?」「はい! 頑張ります」
私は早速右手を翳して鹿の周りを漂っている瘴気を吸っていく。何回か吸っては瘴気を吐き出す練習を行うけれど、まだ封印の玉は出来そうにない。練習するごとに感じるのは瘴気を取り込む量が少しずつ増えているのとコントロールできる量も多くなってきているのだ。
「まだ封印の玉は上手くできないか」
「今の私には瘴気を取り込んで吐き出すのが精一杯なようです。封印の玉を作った時の感覚は覚えているのですが、中々その感覚にならなくて……」
「そればかりは練習あるのみだな」
「……そうですね」
そうして瘴気を吸って吐き出し、瘴気を散らしていくうちに鹿だけになった。試しに鹿も瘴気と共に吸ってみたけれど、鹿のような実体のあるものは取り込む事はできないようだ。
瘴気を出している鹿を処理するためにおお神酒を取り出していると、武官が声をかけてきた。
「後は俺がやろう」武官はそう言うと、鹿にいくつかの鉄の杭を打ち込み、雷撃を落とす。轟音と共に鹿は焼け呪術の痕跡も残すことなく無事に処理を終えた。
「鹿の処理をありがとうございます」
「仕事のうちだ。かまわん。さあ、戻るぞ」
武官はそう言うと羽根を広げて飛び始めた。私も急いで後を追う。
人間が使う呪術はものによって人間だけでなく我々天上人も触ると穢れが付いてしまうのだとか。
私一人なら人間の使うおお神酒を使い、呪術の部分を清めて剥ぎ取り、火をつけてしっかり焼かなければいけないため時間がかかる。そう思うと衛門府の武官は凄い。
「ただいま戻りました」
「お疲れ様でした。疲れていないようにみえても神の癒し池でしっかりと浄化しておいて下さいね」
「わかりました」
何度か訓練していくうちに倒れる程の疲れはなくなった。瘴気に耐性がついてきたのかもしれない。そう考えると、努力が実っていることに嬉しさを感じる。
けれど、毎日欠かさず訓練を行っているというのに封印の玉はできないままだった。
日を追うごとに焦りを感じている。
何がいけないんだろう?
やり方を間違えているのだろうか?
何か手順があるのか?
何度考えてみても分からない。考えは堂々巡りで泣きたくなってくる。
封印の玉を作ることが出来るのは神祇官や名無し様など一部の人達だ。彼らが術式を用いて強力な悪しきものの封印を行うのだが、宵闇のように体内で作ることが出来る者はいないため体内でどうすれば作ることが出来るのか誰にも相談できないでいた。
序章と3話を修正いたしました!