第六十二話
「おい、鶉。ここの瘴気は酷い。すぐに瘴気を散らそう。この祠が原因か?」
「そうだな。銅鏡が欠けている。この分じゃすぐに悪しきものが涌いてしまうだろう」
「とりあえず瘴気をある程度散らしたら神祇官に相談しよう」
「ああ。始めるか」
鶉? 確か冬の国の衛門府に所属している武官だったはずだ。春隣様とよく組んで悪しきものを封印していたんじゃなかったかな。
鶉さんと別の武官は瘴気を払い始めた。暫くすると、鶉さんは足元に光る物を見つけ立ち止まる。
「……これは」
一言そう呟き、光る欠片を拾い上げた。
「鶉、どうしたんだ?」
「いや、なんでもない」
鶉さんは欠片をそのまま懐へ仕舞った。
そうして彼らは辺りの瘴気を散らした後、冬の国へと戻っていった。
そこからまた景色がガラリと変わる。ここは冬の国だ。どうやら鶉さんの動きを見ているのかもしれない。
「果月様、先ほど東宿の西の村に瘴気が出ていると知らせを受け、瘴気の出ている場所は人間達が放置して風化が始まっている祠からでした。
祠にはひび割れた銅鏡が飾られており、何者かを封印しているようで我々では対応が出来ず、周辺の瘴気のみ散らして戻ってきました。これから神祇官へ報告に行ってまいります」
「素雪、割れた銅鏡から悪しきものは出ようとしていたの?」
「いえ、瘴気は出していましたが、中から出てくる様子はありませんでした」
「わかりました。神祇官の者が出るか、隠の社から名無し様が出ると思うのでこちらも再度武官を出せるように準備しておきます。素雪は報告後、暫く休みなさい。鶉もですよ」
「承知いたしました」
果月様は衛門府の長のようだ。果月様の見た目は髪が長く優しい雰囲気をしている。
鶉さんは仕事を終え、自宅へと戻っていく。長屋の一番端に住んでいるようだ。扉を開けると簡素な作りになっている。宵闇の家ともさほど変わらないようだ。
彼は土間の横に置いてある差し樽から酒を湯呑に注いで布団を敷き、横になった。
一人口を開くこともなく、手酌で飲んでいる。思い出したように懐から欠片を取り出し、眺めている。
「持ち帰ってしまったな。これは銅鏡の欠片だろうか? すっかり忘れていた。瘴気も出ていないようだし、問題なかろう」
そう言葉を溢しているうちに眠気が襲ってきたようで彼はそのまま深い眠りに入った。
鶉さんが寝ている間に銅鏡の欠片から僅かな瘴気が彼の中に入っていった。
その途端、彼はうめき声を上げている。悪夢をみているのかもしれない。目を覚ました彼は周りを見渡した。
「さっきのはなんだ? 血まみれの人間の女の恨みが神に纏わりついていた。……嫌な夢だったな」
彼はそう一言呟きまた眠りについた。
その日から彼は寝ると悪夢を見るようになっていった。少しずつ彼の心を浸食しているのだと思う。
それは女の呪いなのか邪神に堕ちた神の力なのだろうか。
「鶉、最近顔色が悪いぞ? どうしたんだ?」
「ああ、春隣。最近、毎日夢に人間の女が出てくるんだ。恨みを抱えて俺を取り込もうとする夢なんだ。だけど、後ろにいる取り込まれた誰かが一生懸命俺からその女を引き離そうとしているんだが、それが誰かも分からない」
「大丈夫か? 瘴気に当てられたんじゃないか?」「いや、大丈夫だと思うが……」
「続くようなら癒し池に入った方がいい」
「そうだな。最近悪しきものも多いし疲れているのは確かだ。無理はしないようにする」
そうしている間に鶉さんは少しずつ浸食されてある日、悪しきものが出て討伐しようと人間界に降りた時に変化が起きた。
「おい、鶉! お前……」
「クッ。春隣、俺から、離れろ」
鶉さんはそういうと、春隣様と距離を離すように力一杯押した。
「鶉っ!すぐに助けてやるからな」
春隣様は焦ったように話をしながらどうにかしようと神祇官の長である椿様に言の葉を飛ばしている。
「春隣、俺は、多分もう、駄目だ。名無し様に頼み、このまま浄化を」
「駄目だ。きっと何か方法が残されているはずだ」
「春隣、俺は悔いはない。夢の中の女が神を堕とし絡め取った。彼は俺を助けようとしているが、力が強すぎただけなんだ」
「何を言っているんだ?」
「春隣、俺は誰も恨んでいない。早く、浄化を。自我が残っている間に」




