第六十話
「玄帝様」
武官の一人が玄帝様に向かおうとするが、春隣様の瘴気がそれを阻んだ。
「玄帝様を助ける。宵闇様、苦しいだろうが瘴気を春隣様の瘴気もお願いしたい」
「もちろんです」
私はそのまま春隣様の方に手を向けて瘴気を吸い取りはじめる。
火影様が小さな炎で向かってくる瘴気を攻撃し、二人の武官が玄帝様の元へ向かった。
「玄帝様、今、お連れします」
武官が玄帝様の両脇を抱え、移動を始める。抱えられた玄帝様は小さく咳込み、血を吐いている。
かなり衰弱しているようにも見えるがなんとか間に合ったようだ。二人の武官は急いで玄帝を抱えて本殿を後にした。
「……げ、ん、てい、さ……」
春隣様は声を出そうとしているが聞き取れない。だがゆっくりとした声とは裏腹に瘴気は形を変え、一気に私達に向けて襲い掛かってきた。
火影様は剣に炎を纏わせ応戦する。私は手を翳すのを止め、武器を出して白帝様の前に立った。
白帝様が詠い終わるまでなんとしてでも守らねばならない。新しくなった武器で瘴気の攻撃を受け止める。
神様から頂いた武器は瘴気を吸い右手から伝わってくる。そして私の気持ちに連動するように武器に取りつけられた玉が淡く光り、薙刀の柄が短く変化して瘴気を集め始めた。
これは武器で攻撃するというより瘴気を集めやすくするように変化したのだろうか。
白帝様にめがけて攻撃をしていた瘴気は私の武器に方向を変え吸い込まれていく。
左手からコロリ、コロリと封印の玉が落ちていく。
「宵闇、待たせたね」
「白帝様!」
私は瘴気を吸いながら横に避ける。
「宵闇、神様からの力を受け取り僕に渡してほしい。火影、僕が力を受け取る間だけでも保たせてくれ」
「畏まりました」
私は少し後ろへ下がった。
神様にどうか力を貸して下さい。
春隣様を助けたい。その一心で神様に願った。すると『宵闇、待っていた。受け取れ』言葉と共に勾玉を通じて膨大な力が流れ込んでくる。
集中していないと力が溢れだし、暴走してしまいそうだ。この力を白帝様に届けたい。どうか悪しきものが倒せますように。
念玉に念を入れるように白帝様へ力を流し始める。私の念が白帝様へと流れだし、白帝様が柔らかな光を帯び始めた。
どれだけ時間が経ったのか分からない。一瞬だったようにも思えるけれど、酷く長い時間が過ぎたようにも感じる。集中し神様からの力を全て白帝様に受け渡した。
「宵闇、ありがとう。火影、下がって」
白帝様の言葉を合図に火影様は横へ移動する。途端に瘴気は白帝様に向かって攻撃を始める。
私は慌てて横から瘴気を吸い、白帝様に攻撃が当たることは避けられた。
錫杖を鳴らし、春隣様に向けて浄化の言葉を発すると、白帝様の力は一気に春隣様へ流れた。
「グッ、グッ。ワタシ、はまだ、消滅、で、キヌの。会い、シネ、シネ」
春隣様から聞こえてきた言葉。それは春隣様が発したものなのか悪しきものが発したものなのかは分からない。
けれど、その言葉には負の激しい感情が含まれていた。
春隣様の中にいる悪しきものの瘴気が凝縮し、塊を作り攻撃しようとした時。
突然瘴気の塊は崩れ靄のように霧散していく。
「邪魔、ヲ、スルナ!!」
女の声が春隣様の声と重なり聞こえてくる。春隣様は苦しみだし、膝を突いている。きっと体内の悪しきものと戦っているのだろう。
「はく、て、いさま、よ、いやみ、ど、の。この悪しきも、のはしっかりと、私に、根付き取り除く、ことができない。どうか、このまま、浄化を掛け続けてほ、しい」
宵闇に目を向けた春隣様は、わずかに口元を引き結び、苦しげに笑んだ気がした。
白帝様は頷き浄化を止めることはしない。
「春隣様! そんなっ」
浄化により悪しきものは徐々に力を無くし春隣様の表情は段々と穏やかになっているように見える。
浄化の力は凄まじくこのままでは春隣様の身体も崩れてしまう。どうにかしないと。春隣様を助けないと。
私は手を伸ばし、春隣様を浄化の光りから避けようとするが春隣様はそれを拒み首を横に振る。
「どうにか悪しきものを取り除ける方法を探しますから……」
春隣様の姿が徐々に光の泡に包まれていき、足元から少しずつ消えかけている。
「いいんだ。宵闇殿。ここまで堕ちてしまった私の心と悪しきものは深く絡み合って解けることはもうない。私も鶉のところへ向かうだけだ。鶉が私を待っている」
するとどこからか柔らかな声が降りてきた。
『さあ、行こう』
その声に呼応するように春隣様は穏やかな顔で私達に礼を執った。
「春隣様っ」
「……最後の最後で私に戻ることができただけでも幸せだ。ありがとう」
そう発すると浄化を受け入れるようにふと笑顔を見せた後、静かに消えていき足元には石のような欠片が残っている。
私はその欠片を拾い上げぎゅっと握りしめると力を失うかのように砂となり、崩れていった。
「……春隣様」
彼は消えた。私にはどうすることも出来なかった。
白帝様は錫杖を下ろし、口を開いた。
「宵闇、泣くことはない。最後に彼は笑っていた。悔いはないんだ。だから宵闇も泣いてはいけないよ」
「……そう、ですね。春隣様は笑っていました」
不甲斐ない自分、もっと早くに着いていれば違っていたのだろうか、いや、きっと四季殿に悪しきものを放った時にはもう身体の奥まで入り込まれていたのだろう。
それでもずっと春隣様は抵抗し続けていたのだと思う。でなければ既に神界に行っていただろうから。
やるせない。
そう思った時、全身に激しい痛みが襲ってきた。立つこともままならず私はそのまま床へゆっくりと崩れ落ちていく。
「宵闇っ!」
「宵闇殿」
慌てた顔をした白帝様が見えたのを最後に私の意識は暗転した。
……。




