第五十四話
神祇官として会場にいた番紅花様も心配して話しかけてきた。
「心配しなくても千日紅もいる。四季殿の周辺にいた悪しきものも討伐し、四季殿の中にいる悪しきものも動きはない」
番紅花様の言葉で少しホッとした。私が人間界に落ちている間、番紅花様は武官と一緒に悪しきものを討伐していた。
そこには名無し様もいて封印するのではなく消滅させたと報告書に書いてあった。
移動するのも時間が惜しいということでこのままここ各部門の長達と話し合いがされることになった。
「改めて白帝様、おめでとうございます」
「ありがとう」
「みなさま、宵闇様の報告書はもう読んだかしら?」
竜田姫様がそう言うと、呼んでいない人達に報告書を回していく。
「ふむ。裏切者が出たというのか……」
「誰か心当たりはありますか?」
各部門の長にもなれば他国とも関わりがあるためある程度の情報は入ってきそうなものだが、一様に知らないという。そして裏切者によって白帝様が殺されたことで誰もが憤りを感じているようだ。
「春の国で助けてもらい、各国へ連絡すると蒼帝様が話をしていました」
「確かに春の国から一報が届きました」
白帝様は春の国からの文を受け取ったようだ。
「春光様は何か引っ掛かるようで調べておくといっていましたが……」
私がそう言った時、曼殊沙華様が口を開いた。
「可能性があるとすれば冬の国の春隣だろうな」
その言葉に頷く者やまさかと口を濁す者など様々な反応が返ってきた。
「春隣様、ですか?」
「ああ」
「鶉の話か」
曼殊沙華様はそう返すと、山吹様も口に出した。鶉という人の名。依然、癒し池で武官の一人から聞いた話では鶉という人が悪しきものに変化し、神が降りたと言っていた。
「鶉という人の話は聞きましたが、それがどうして春隣様と関係があるのですか?」
「宵闇はまだ生まれていなかったから知らないのも当然だ。当時はまだ春隣は神祇官の一人に過ぎなかった。
冬の国の玄帝は厳しい人でな。自分にも厳しいが部下にも厳しかった。悪しきものの討伐に最低限の人数で向かわせ、常に衛門府の人間は疲弊していたようだ。
春隣はもう少し余裕のある人数で討伐しないと衛門府の人間が倒れてしまうと訴えていた」
山吹様が話を始めた内容では春隣様はとても優しい人のように思える。
「だが、当時の神祇官の長も玄帝も許可しなかった。冬は悪しきものが出やすい時期でもある。
そして運が悪いことにその時期は特に悪しきものが多く出ていて、他の国からも度々応援要請が出ていた。そのこともあり、玄帝はすぐに対応できるようにと衛門府の武官を人間界の至る所へ警備させていたことも分からなくもない。
そうして武官は悪しきものを討伐した後、傷もそこそこに現場へ復帰することを繰り返していた。そして瘴気が取り切れず鶉は悪しきものになった。春隣はな、鶉とずっと組んで悪しきものと戦っていたのだ」
「やるせなかったのかもしれないわねぇ。ずっと支え合ってきた仲間が目の前で悪しきものになってしまったんだもの」
「そうだな。鶉はまだ心が残っているから癒し池で瘴気を取り除けば問題ないと。だから殺さないで欲しいと春隣は神に訴えていたそうだ」
前に聞いた時はただ悪しきものになってしまったということだけだったけれど、詳しい話を聞いてしまうと春隣様に同情してしまう気持ちもある。
だからと言って玄帝のやり方が間違っているかと言えばそうでもない。
悪しきものに堕ちてしまえば払うしかなくなる。目の前で支え合ってきた仲間が消滅する様を見て私ならどう感じるだろうか。
だが、そのことで春隣様が今回の犯人になるとは思えない。時間が経ちすぎているのではないだろうか。
「その当時の玄帝様と神祇官の長はどうなったのですか?」
「能力を剥奪され、人間界に降りたのよ。悪しきものを生ませたからねぇ」
竜田姫様はそう話をする。私はその話を聞いて心が痛んだ。
玄帝様はきっと風読みに長けていたのだと思う。
人間達に被害が及ぶ前に悪しきものを退治しなければならない。職務を全うしようとしていた。だから神祇官の方も反対しなかったのだろう。
「けれど、春隣様の気持ちも分からなくはないですね」
私は素直な気持ちを口にする。
「宵闇、それは違う。本来なら一緒に組んでいる春隣が鶉に厳しく言うべきだったのだ。
十分に癒し池で休むようにと。他の者は誰一人悪しきものになっていない。しっかりと休息を取らずにいた鶉が一番悪いが、春隣ももっと鶉に休むように言うべきだった」
山吹様の言葉に思わず心臓が跳ねた。
確かにそうだ。
鶉という人はしっかりと癒し池で浄化をさせなかったことが一番の原因だ。
私自身も耳が痛い。




