第五十三話
春の国では帝と神祇官の長が変わったばかりで考えづらい。前任を辞めさせた恨み?
でもそれにしては恨みの念は浅い気がする。天上界が無くなってもいいとさえ思う恨みってなんだろう。
基本的に天上人は神の癒し池で生まれた時から目的を持って行動していることが多いし、神様を恨むことなど考えたこもない人が殆どだと思う。
さっぱり分からないや。実際に会って蒼帝様や春光様は悪しきものを呼び寄せるような感じではなかったように思う。
となれば、夏の国の炎帝様か炎陽様、冬の国の玄帝様か春隣様になる。
夏の国の炎陽様にはお会いしたことがあるけれど、春隣様には最初に挨拶をしたきりでゆっくりと話をしたことがない。
春隣様はどんな方なのだろう。考えている間に淡い光の玉は浮かばなくなっていた。
そろそろ儀式の準備も終わる頃だろう。
私は癒し池から出て本殿へと向かう。
「宵闇様、お待ちしていました。こちらの祭儀服に御着替え下さい」
「千日紅さん、ありがとう」
神祇官の長として神殿に上がるときは服装が決まっているのだが、今日は新たな白帝が決まる日なので特別な祭儀服で神事を行う。
私は祭儀服に着替え、改めて本殿の中に入る。
本殿には神祇官の者以外に葵様と山吹様、そして衛門府の曼殊沙華様や太政官の竜田姫様などの各部門の長が既に席に着いていた。
「葵様、山吹様、お待たせしました」
「問題ない」
「始めようか」
山吹様は厳しい表情をしていて葵様は対照的に柔らかい表情になっている。どちらが次の白帝様になるのだろう。
私は祝詞を上げ始める。神祇官の者達が笛を吹き、太鼓を鳴らすと、空気が一瞬にして澄んだものになっていく。
その様子を静かに見守っていると、一筋の光りが射し葵様の髪の色は一筋を残したまま白くなった。
『この者を新しい白帝とする。山吹、貴方はアキコクの補佐となりなさい』
ふわりとそう優しい声が聞こえてきた。反対に山吹様は一筋だけ赤色を帯びた茶色の髪が入っていた。
「承知致しました」
その場にいる全ての者が頭を下げる。新たな白帝を立てる儀式はすんなりと進んだ。
そのまま人間界の神社でしていた報告と私が不在だった時の千日紅さんが纏めた報告を行う。
このまま問題なく報告が終わろうとした時、先ほどとは違った声がする。
『宵闇、暫くの間、神の寝床へ。しばらくの間番紅花を神祇官の長に戻しなさい』
そう言うと、コロリと報告書の横に白帝様に渡していたものと同じ念玉が現れた。
「承知いたしました」
私はそう答えると、神殿の空気が元に戻った。
神への報告も終え、念玉を持って葵様と山吹様に頭を下げる。
「葵様、山吹様おめでとうございます」
「宵闇、これから宜しくね」
「俺はアキコク様の補佐か。大変だろうな」
山吹様は苦笑する。いたずら好きなアキコク様に山吹様は手を焼きそうだとふっと笑みが零れた。
「宵闇、神の寝床に呼ばれたのだな」
「……そうですね」
神の寝床と呼ばれる場所がある。
そこは葵様や山吹様が修行を行ったような祠とはまた違った深い山奥の中にある場所だ。人間達も入ることが許されていない神域だ。
そこは神々がよく降り立つという場所で天上人である私達もその場所を知っているだけで中に入ることができないためどういった場所なのか、どういった目的でそこに存在するのかも謎の場所になっている。
ただ、神々が多く集まる場所ということだけ。少しでも早く四季殿のあしきものを倒したいと思って、新たな白帝様と一緒に神事が終わり、各国へ連絡をしたあとすぐに四季殿へ向かおうとすら思っていたのに。
一体どういうことなのだろう。
「宵闇、難しいことはないわね。ちぃと神様に呼ばれただけのことさね。すぐに行って帰ってくるだけなんだから問題ないわ」
竜田姫様が良かったじゃないかと笑いながら話している。
確かに神様に直接呼ばれることなど滅多なことではない。
「そうですね。何のために呼ばれたのか分かりませんが、きっと何かの理由があるのだと思います」
「宵闇、そこまで気を負うことはない」
「番紅花様」




