第五十話
「宵闇、怪我はもう大丈夫ですか?」
「蒼帝様、癒し池を使わせていただき感謝します。おかげで羽根を動かせるまでになりました」
「現在、ハルクニ様は春の国を結界で包んでいますが、全ての情報が遮断されて国の者が不安を抱えている。宵闇が大怪我をした理由はやはり悪しきものなのですか?」
「……そうです。白帝様はきっと風読みで悪しきものが四季殿に向かっているのが分かったのだと思います。人間界に私や衛門府の長を向かわせました。きっと、自身の命と引き換えに悪しきものを封じようとしていたのだと思います……」
あの時、白帝様は『何故戻ってきたのか』と言っていた。
自身の命を捨て、悪しきものを封印しようとしていたのだろう。そのために私を遠ざけようとしていたに違いない。
思い返したくなくない。
でもきっと、私が白帝様なら同じことをすると思う。
理解はしている、しているけれど、私だって悪しきものを倒すのに命は惜しまない。
今だって命を差し出す覚悟をしている。
荒れ狂う感情を胸の内に収めて蒼帝様に悪しきものが浮島に現れた時のことを言葉にする。
「私が白帝様の指示で人間界に現れた悪しきものを討伐した後、国に戻ったんです。そこで前任の番紅花が私の代わりを務めるべく四季殿に向かったと聞いて交代しようと乞ふ四季殿に向かいました。
けれど、転移門が使えず、浮島周辺は既に濃い瘴気が漏れ出ていて橋の袂で番紅花が瀕死の状態で倒れていたんです。
番紅花を抱えて一旦自国へ戻り、すぐに四季殿に戻ったのですが、四季殿に入る前でも既に何体もの悪しきものが涌き始めていました。
必死で悪しきものを避けて橋を渡ったのですが、そこには四季殿を囲むようなほどの瘴気に包まれた大きな人型を取った悪しきものがいました。
なんとか四季殿に入ったのは良かったのですが、白帝様は血まみれで……。
私は必死に悪しきものの瘴気を吸ったり、薙刀で攻撃したりしたのですが、過去に経験したことのないほどの大きな悪しきものに歯が立たなかった。
白帝様は私に逃げるようにと一閃を放ち、乞ふ四季殿から逃がしてくれたのです。そして……白帝様は悪しきものの封印に最後の力を使ったのだと思います」
「そうでしたか」
蒼帝様は一度だけ、ゆっくりと視線を落とした。
「……白帝様のご判断に、頭が下がります」
「最後に『裏切者がいる』と白帝様ははっきりと告げました。私はその言葉を届けるために人間界に落ちた後、出雲の大社から天上界へ戻ってきたのです」
「裏切者がいる……」
私の言葉に春光様が息を呑んだ。蒼帝様はそのことを考えていたのだろう。難しい表情をしていた。
「宵闇、そのことを各国に伝えるのでしょう?」
「はい。そのためクナドノカミ様に出雲の大社から一番近い国に送ってもらったのです」
「クナドノカミ様に送ってもらったのですね。分かりました。各国へは春の国から使者を出しておきます。その方が早い。
橋を渡り乞ふ四季殿に入ることが出来るのは各国の帝と神祇官の長だけです。犯人を見つけることも大事ですが、先に四季殿に入り込んだ悪しきものを討伐しなければなりません。
宵闇は秋の国に戻り次第、神への報告と新たな白帝に就く者とどのように討伐するのか話し合って下さい」
「わかりました」
全ての国の帝と神祇官が乞ふ四季殿に入ることが出来ない。
橋を渡れるのはその年を担当している国の者のみ。
木札を持っていれば渡れなくはないが、その年の帝や神祇官が入っているところに別の国の者が入ると、力が片寄りバランスが崩れる。
例外があるとすれば五年に一度の任期を終える時だろう。
この時ばかりは次の国の帝と神祇官の長が四季殿に入ることを許される。だが、浮島に入る時には極力力を抑えなければならないとされている。
秋の国で悪しきものを倒さねばならない。
もし、全ての国の帝が四季殿に集まったらあの悪しきものを倒すことができるのだろうか。けれど、裏切者がいる中で集まれば全ての帝や神祇官の長が殺されてしまう可能性だってある。
その可能性を考えるのであればまだ裏切者をその国で留めておいて衛門府の武官に目を光らせてもらう方がいい。
それに強い力を持つ帝達が入ることで浮島は不安定になり、人間界に落ちてしまうことも考えらえる。
問題は乞ふ四季殿に入り込んだ悪しきものだ。
未だかつねないほどの大きな人型を取っており、言葉を発していた。あれほどの強力な悪しきものを見たことがない。名のある神が闇に落ちたのだろうか。
次の白帝になるのは葵様だろう。葵様は歴代の白帝様よりも力を持っている。
反対に私はまだまだ弱い存在だ。必ず葵様の足を引っ張る存在になってしまう。どうすればいいのだろう。
私の表情が優れないのを感じたのか蒼帝様が優しく微笑み口を開いた。




