第四十八話
宮司は立ち上がり、廊下に出て奥の人が居ない部屋へと私達を案内する。
小さく仕切られた部屋に入り、私達は宮司さんと対面で座ると、待ちきれなかったようで宮司さんは口を開いた。
「神様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私の名前は宵闇と言います。私は神様ではなく、天上人になります」
「天上人なのですか!?」
「ええ、そうですね」
やはり神主さんと同じように驚いて同じような質問を受けたことにクスリと笑ってしまう。
人間にとっては珍しい存在には違いない。
普段、八百万の神様を信仰しているため、こういう大きな神社には神事の時などに神様が降りてくることがある。姿は現さなくても事象を通して存在を感じるのだと思う。
その分、人間達にとって神様は身近な存在であるのかもしれない。私達天上人は風を吹かせたり、植物の育成を助けたりしていたり、瘴気を消滅させたりするのが主な役目のため、神様のように身近な存在とはまた少し違うのだろう。
「宵闇様、そのお怪我はどうされたのですか?」
「私の怪我は、人間達でいうもののけの類と戦い、できた怪我です。今の私は羽根が折れてしまい、飛ぶことができないのです」
「もののけの類……。大丈夫なのでしょうか」
「現状はなんとも言えません。これから私は国に帰り、再び対峙しなければならないのです」
「……そうなのですね。もし、もしももののけに負けてしまったらどうなるのでしょうか」
宮司さんは心配そうな表情をしながら聞いてきた。
「負けた場合、ですか。全ての国に瘴気が降り注ぎ、木々や畑の植物は枯れ、人々は飢えることになります。そしてもののけが涌き出てしまい、この世の地獄がくるでしょう」
「地獄……。神は、神様は助けてくれるのではないのですか?」
「地獄にならないためにもこうして私達は動いているのです。もちろん地獄が生まれないよう神も動きますが、神が動くときは最後の時でしょう。全てを再編する。そうならないためにも今、こうして動いているのです」
神界から多くの神が出てこられるとすればきっと世界はがらりと変わってしまうだろう。
もちろん天上人のいる国も浮島に神様が降り力を振るわれた場合も同様で神の力で悪しきものは消滅するが、天上人の世界は崩れ全て作り直される。それほどの力があるのだ。
「本殿で祝詞をあげれば宵闇様は国に戻れるという認識で合っていますか?」
神主さんが改めて確認するように聞いてきた。
「ええ、その認識で間違いありません。神の力を借りて国に戻るつもりですが、ここへ来る前に僅かですが瘴気が空から降りてくる気配を感じました。もう少しゆっりすることが出来ると思っていたのですが、あまりゆっくりはできないようです」
瘴気の影響で国に戻れなかったらどうしよう。一抹の不安が過る。
「そうでしたか。では急いで本殿に向かいましょう。今の時間は本殿が空いております」
「突然に本殿を借りたいと言って申し訳ない」
「いえ、日々、私達は神様にも天上人の方々にも助けてもらっているのです。こちらこそ感謝しております。では本殿に参りましょうか」
神主さんが宮司さんに頭を下げると、宮司さんは問題ないと笑顔で話す。
宮司さんは立ち上がり、神主さんと一緒に本殿に向かった。私は先ほどと同じように姿を消して付いていく。
本殿の中は澄んだ空気で包まれており、神への報告は届くと思うが、何分瘴気が大社の周辺にまで影響が及んでいる。どうなるのかは未知数だ。
「宮司さん方、ここまでしていただいて感謝します」
「いえ、こちらの方こそ宵闇様のお姿が見られたことを生涯忘れません。どうかご無事で」
宮司さんと神主さんは後ろへ下がり、端に座って私が国に帰るところを見届けるようだ。
私は祝詞を上げはじめると、一陣の風が本殿の中を駆け巡った。
『宵闇、報告は後だ。天上界へ連れていくが、乞ふ四季殿の影響で秋の国に送り届けることは出来ないだろう。あとは癒し池に入り、自力で戻るんだ』
「宮司さん方、助けていただいてありがとうございました」
私がそう言うと、身体がふわりと持ち上がり、次の瞬間すでに大社の上空を飛んでいた。
眼下に見える大社を眺めていると、一人の高貴な衣を纏った人の姿が見える。
「クナドノカミ様、ありがとうございます」
私は感謝を口にし、そのまま天上界に風と共に飛ばされる。




