第四十七話
全身に緊張が走った。
空からほんの僅かだが瘴気が降りてきている。
なんということだろう。
白帝様の封印は失敗に終わったのだろうか。四季殿から瘴気が流れているのだとすればこれは人間界全体に流れ始めているのだろう。
今はまだ微量だから影響が表れることはないが、人間世界に瘴気を行き渡らせるほどの瘴気が降りてくれば確実に野山や畑、全ての植物は枯れ果て死の世界になってしまう。
途端に不安で押しつぶされそうになる。
「宵闇様、どうかされましたか?」
まだ降りてきた瘴気はごく微量で人間達には見えないのだろう。濃い瘴気であっても殆どの人間は見ることはできない。
「……空気が僅かに澱み始めている。急いで帰らないと」
「空気が澱み始めている、のですか?」
私は心配をかけないように笑顔を作り、話をするが、心の中は叫びそうになる思いを必死で抑えている。
「ええ。心配は要らないと思いますが、気になるのでやはり急いで帰らねばなりません」
「そうでしたか。引き止めてしまい申し訳ありません」
「いえ、私も本当ならもっとゆっくりとお話をしたかったのですが……。村の皆様や神主さんに助けていただいて感謝しています。神主さん、人も多くなってきましたので私は姿を消します」
「はいっ。宵闇様、大社へ入ってすぐに戻ることができるのですか?」
「いえ、大社の神主さんに話をして本殿に向かい、祝詞をあげようと思っています」
「ここの神主はよく知っているので是非、私に案内させてほしいです。できればでいいのですが、宵闇様が祝詞を上げる時にその場に立ち会ってもよろしいでしょうか?」
「私は構いませんよ」
「有難う御座いますっ!」
神主さんはとても感激しているようだ。そうこうしているうちに牛車は大社の前の大きな通りで止まる。どうやらここからは歩いていかなければいけないようだ。
流石に羽根の付いた私は人々の目に留まってしまうため姿を消した。
「では宵闇様、行きましょうか」
「案内をお願いします」
大勢の人が行き交う通りには行商の人や参拝者の姿がある。私は祭事の時や悪しきものの討伐の時にしか人間界に降りることはないので普段、彼らがどんな生活をしているのか気になっていた。活気があって信仰心も厚い。
神様との繋がりの深い大社のためか人々の信仰心のおかげかとても空気が心地よく感じる。大社前の大通りでこれだけ心地よく感じるのだから大社の敷地に入ればもっと心地よい空間なのだろう。
神主さんの後を歩き、鳥居を潜り、下り参道へと入った。
お参りにくる人々は沢山いて人の波は途切れることはなさそうだ。私達は第二の鳥居を潜り、松の参道をゆっくりと歩いていく。
神域にいるせいか悪しきものが落ちてくる気配は全くしていない。むしろ体内で浸食していく瘴気が抑えられているような感じさえする。
「宵闇様、先に大社教の神職がいる建物へ寄ります。宮司に声を掛けて本殿に向かいましょう」
「わかりました」
私は神主さんに続き拝殿横にある建物へと入ると、そこは大きな部屋になっていて十数人が書類を書いていて、みんなはとても忙しそうにしている。
私達は一番奥に座っている人の場所まで歩いていく。
そして神主さんはいつもこの大社で神事を行っているという神主さんに声を掛けた。
「宮司殿、突然の訪問で申し訳ないが、本殿を暫くの間、お借りしたい」
「白枝の宮司殿が本殿を借りたいとはどうしたの、か!?」
どうやら宮司と呼ばれる人間には私の姿を感じるのか探るような視線を向けている。
「やはり宮司殿には分かりますか」
「ああ、薄っすらと感じるくらいだが……。もしかして神様がそこにいらっしゃるのでしょうか?」
「宮司殿、ここでは大事になるので……」
神主さんがそう言おうとした時、私は姿を現した。
「お世話になるのだし、私は構いません」
すると宮司さんが驚き目を見開いた。そして忙しくしていた人達も手を止めたようでその場は一瞬にして静まり返った。
「お、お怪我をなされていらっしゃるのですか!?」
その声に周囲がざわつきはじめた。
「宮司殿、部屋を移しましょうか」
「あ、ああ。そうだな。こっちの部屋へ」




