第四十六話
自力で戻りなさいと言われるかもしれないし、許されない場合は力を剥奪され、生涯人間の世界で過ごすということも考えられる。
「怪我は数日休めばある程度は塞がりますが、羽根は折れているので飛べるまでに時間がかかるかもしれません。自力で戻れるとすればかなりの月日が経ってしまう。
なるべく早く帰りたいので大きな神社で祝詞をあげる時に一緒に戻れたら戻ります。幸い、この近くには出雲の大社がありますから、そこへ向かいます
。傷口が塞がるまで暫くの間ここへ置いてもらえますか?」
「もちろんです。いつまでとは言わず、ずっと滞在されても問題ありません」
「ありがとう」
「まだ傷口から血が滲んでいるようですし、少し休んだ方がいいですね」
「お気遣い感謝します」
神主はそう言って年長者の人と本殿を後にした。
「神様は何を食べなさるんじゃろうか。麦飯でもよかろうか?」
「いつもお供えしている食事で構わないのではないでしょうか」
二人は会話をしている声が遠くから聞こえてきた。
夜も更け始め、一人になった私は否応なく白帝様のことを思い出す。
白帝様はあの時、裏切者がいると言っていた。何故分かったのだろう?
浮島には木札を持っていないと入ることは出来ない。も、もしかして木札を持つ誰かが悪しきものを呼び出し、四季殿に送り込んだ?
信じられない、いや、信じたくない。まさか同じ天上人が裏切っているだなんて思いたくない。
“裏切リ者ハシネバイイノニ”
心がそう囁いた。その瞬間、私は気づいた。私は多くの瘴気を取り込み、人間界に落ちてきた。少しずつ瘴気が身体から抜けているとはいえ、瘴気によって心が浸食されはじめているのかもしれない。
……駄目だ。
早く、癒し池に戻らなければ。
浸食されていく感覚に恐怖を覚える。どうしよう。悪しきものに堕ちたくない。
私は必死に考えた末、届かないかもしれない。そんな考えが頭を過ったけれど、この神社で神への祈りをあげはじめた。
神への報告と、どうか浮島のあしきものが封印されていますように、白帝様が無事でありますように、と祈りも込める。そうしていなければ不安に押しつぶされそうになるからだ。
すると、ふわりと風が頬を掠めた。
『宵…、出雲の…大社……かいな…』
途切れ途切れで神様からの声が聞こえてきた。
出雲の大社(いずものおおやしろ)に向かいなさいということだろう。先ほどまでの不安が神様からの一言で打ち消されていく。きっと私の祝詞も途切れ途切れで送られていたのかもしれない。
けれど、酷く荒れた心が凪いでいく。良かった。明日、朝一番にここを発っていけば数時間で着くと思う。今はじっくりと傷を塞ぐことに専念しよう。そう思い、私は目を閉じた。
翌朝、早朝に神主が朝餉を運んできた。
「宵闇様、お怪我の具合はいかがですか?」
「おかげさまで傷口は大分、塞がってきています。あの、神主さん。ここから大社までは遠いですか?」
「大社までですか? ここから歩いて一時間程度だと思います。ここの神社から右に一筋隣の道を歩いていけば、大社の通りがあるのでそこからは迷わず一本道なのですぐ分かりますよ。もしかしてそのお怪我で歩いて向かわれるつもりですか?」
「ええ、そのつもりです」
「もう少し傷が癒えてからの方がよろしいのではないですか?」
「私もそのつもりだったのですが、神様から出雲の大社へ向かうように言われているのです」
「……そうなのですね。では、村の者から牛を借りてきますのでお送りします」
「いえ、お気遣いいただかなくても」
「私達は神様や天上人様達とお会いする機会は殆どなく、天上界のお話を少しでも聞きたいのです。どうか牛車の中でお話を聞かせてもらえませんでしょうか?」
「そうでしたか。確かに我々は普段姿を隠していますからね」
私は悩んだけれど、神主さんの言葉を聞いて牛車で送ってもらうことにした。
神主は村人に話をしに行き暫くすると、牛とその飼い主を連れてやってきた。牛車と言っても貴族が乗るような立派な車が付いているわけではなく、牛に荷車を付けて歩かせるものだ。
「お待たせしました。では行きましょうか」
「良いのですか?」
「もちろん。彼は今から大社の方へ荷物を取りに行く用事があるので私達はそこに乗せてもらので問題はありません」
私は神主さんと牛車に乗ると、ゆっくりと牛は歩き始めた。そして天上界の事や神界のことについて聞かれ、人間達が知ってもいいような一般的なことを話す。
普段の祭りにも私達が参加していたり、時折神様が降りられたりすることなどを話すと神主さんは『なるほど』と頷いている。流石に荷車は揺れるので筆を執ることは出来ないため、真剣に内容を理解しようとしていた。
話が終わるか、終わらないかというところで私はふと空を見上げた。何気なく見上げただけだったけれど……。
全身に緊張が走った。




