第四十五話
「おい、空から人が降ってきたぞ!」
「なんだ、なんだ?」
「うわっ、羽根が生えとるぞ!? 神様が落ちてきたぞ!」
「どえらいことだっ」
「どうするべ?」
「どうすっだ?」
私は意識を失っていたようだ。人間達の声に目を覚ます。
「神様が起きたぞ」
ざわめきが頭に響く。ゆっくりと目を開き、上半身を起こして状況を確認する。
どうやら私は人間達に囲まれていて、ここは畑の一角のようだ。姿を消そうにも体内に瘴気が残り、怪我も酷くて力が使えそうにない。折れた羽根では飛ぶこともできない。
……どうしよう。白帝様が、白帝様が。
半狂乱になって泣き叫びたい。信じたくない。考えたくない。何もできなかった。
何の役にも立てなかった。
私もあのまま、あの場で最後まで居たかった。
最後に見たあの光の柱は白帝様の最後の祈りだ。全てを投げ打って悪しきものを封印したのだと思う。
その証拠に人間界には悪しきものの影響が出ていない。白帝様が命を懸けて人間界や天上界を守ってくれたのだ。
「神様が大怪我をされているぞ」
痛みと不安と恐怖などの様々な感情が綯交ぜになり、涙が出そうになるのを堪えた。今、私がしなければいけないことは天上界に帰ることだ。
人間達は私にどう声を掛けていいのか思案しているようだ。
「あの、ここはどこですか?」
私は人間達に聞いてみると、一様に驚いた様子を見せている。
「神様が言葉を発せられたぞ」
「ありがたや、ありがたや」
拝む人さえ出てきている。どうしよう、話が通じないのか。私が困惑していると、私を囲うようにしていた人間達はさっと両側に分かれ、その中央にいた一人の老人が口を開いた。
「こ、ここは出雲の国の白枝の端にある村です。あなたさまのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
どうやら彼はこの村の一番年長者のようだ。
「……私の名は宵闇。あなた達がいうところの天上人であり、私は神ではありません」
「宵闇様は天上人でしたか。大怪我をされていらっしゃる。みな、手伝い宵闇様をこの先の神社にお連れするんじゃ」
老人の言葉を聞いて村の人達は一斉に動きはじめた。そうして私は村の人達が近くから運んできた荷車に乗せられ近くの小さな神社までやってきた。
鳥居を潜ると小さな神社といってもそこはしっかりと神域となっていて私にとってはとても心地の良い場所だった。本殿の前まで私は運ばれ、神主を呼びに数名ほどその場を離れていった。
神社には現在、神主が別の棟に一人で住んでいるのだという。何事かと駆けつけた神主は村の人達が大勢集まっていたことに驚いていたが、私の姿を見るなり、すぐに本殿の中へと入れてくれた。
村の人達は私を本殿の中へ運ぶと、外へ出たが、物珍しそうにみんなが覗いているのが分かる。本殿の中に残ったのは年長者と神主の二人だけだ。
そして神主が迷いながらも口を開いた。
「宵闇様、手当てしても大丈夫でしょうか?」
「ありがとう」
数枚の手拭いと桶に入った水を受け取り、血を拭いた後、手拭いを傷口に充てる。体内の瘴気は徐々に抜けていくし、人間に比べると私達の身体は強くて治りも早いためある程度放置していても問題はないけれど、折れた羽根や大量に取り込んだ瘴気は癒し池に入らないと完全には治らない。
「宵闇様はなぜ大怪我をなさっているのですか?天上界で何か起こっているのでしょうか」
心配をさせたくはないけれど、白帝様の力でどこまで封印が出来ているかも分からない。
「詳しくは話せないですが、あなた達が妖怪と呼ばれるものの類と戦って怪我をしたのです」
「最近、山が騒がしいんです。何かの前兆でなければいいのですが」
「そうなのですね」
「宵闇様はどのように天上界へ戻られるおつもりなのですか?失礼ながら羽根を折られているように見受けられますが……」
神主は心配そうに聞いてきた。確かに私の今の状態では飛ぶことは出来ない。時間が経てばある程度羽根が動かせるようになるからゆっくりと飛べるだろう。
他の戻り方を考えると、大きな神社で祝詞をあげてもらうしかない。普段、人間達が数ある神社で祝詞があげられているが、その殆どは風読みで各国の帝がその言葉を聞いて衛門府の武官や太政官の人達が動くことになっている。
大きな神社では祈りや祝詞の言葉も強く、神様まで届いている。現状の報告と秋の国へ戻りたいことを願うしかない。私の場合、報告が出来ても天上界に戻れるか分からない。
それこそ神様の意思だから。




