第四十一話
転移門に戻る途中、歩きながら山吹様は私に聞いてきた。
「宵闇、何故今回は俺を呼んだ? あの悪しきものの強さなら葵の方が適任で呼ばれていてもおかしくないはずだが」
「今回は白帝様自ら私と山吹様、曼殊沙華様に向かうよう指示があったのです。葵様と玄帝様には白帝様から手紙を預かり葵様は白帝様の指示で何か別のことをなさるような感じでした」
私がそう答えると、山吹様は急に険しい表情になった。
「群青が……」
白帝様の元の名前は群青だ。山吹様はそう一言だけ呟くように言った。
何かあるのだろうか。
「あの、白帝様に何かあるのでしょうか?」
「……宵闇、俺の考えは正しくないのかもしれない。だが、もし、当たっていたら……」
山吹様の言葉に察した曼殊沙華様も険しい表情になっている。
二人の表情を見て私に焦りが出始めた。もしかして、白帝様に何かあるのだろうか。
不安と恐怖で立ち止まってしまった。
そして転移門の前に立ち、いつものように転移門を開こうとすると。
……反応がない。
一体どういうことだろう?
何度か繰り返してみるが、やはり転移門は開かない。
「宵闇、どうした?」
「ま、曼殊沙華様。転移門が開かないんです」
山吹様と曼殊沙華様は顔を見合わせている。
「天上界で何かが起こっているのだろう。仕方がない、飛んで帰るしかない」
「山吹様、天上界で何かが起こっているってどういう事なのですか?」
「何かからの襲撃があったのか、神からの通達があったのかは分からない。だが、アキコク様が外界との接触を絶つようにしているのだろう」
「私達は入れるのですか?」
「多分だが、秋の国の者であれば大丈夫だ」
どうしよう。何者かに襲撃を受けていたら。四季殿の方は大丈夫だろうか。何も分からない状況で不安ばかりが募っていく。
「とにかく今は飛んで国に戻るしかないだろう」
「そうですね」
私達は秋の国に向けて飛び始めた。
誰も口を開こうとせず、黙々と飛び続ける。
そのことが余計に緊張と不安を掻き立てている。数時間かけて飛び続けた。
日が高くなった頃、ようやく国の入口へと辿り着いた。国の入口周辺は特に何か変わった様子は見られない。アキコク様の結界は外から中の様子を窺い知ることができない。今、国はどうなっているのだろう。
「中に入るぞ」
山吹様は国の入口に降り立ち、結界に触れるとするりと手が結界の中に入った。
「大丈夫そうだな」
彼はそう言って中に入っていき、私達も後に続く。
「……問題なく国に入ることができて良かったです。特に変化はないように見えますね」
「ああ、だが準備は怠るな。まず本殿に向かおう」
山吹様の後に続くように私達は本殿へと急いだ。本殿に向かう途中、行き交う人々が忙しなく動いている。やはり何かあったのだろうか。
まず葵様への報告をしようと本殿の白帝様の部屋に入るとそこに葵様が言の葉を詠い唱えていた。
アキコク様の結界を支えるように葵様が力を使っている。
「ただいま戻りました」
私はそう声を掛けると葵様は少し頷いた。
「葵、この念玉を使え」
山吹様は懐か私が渡した念玉を取り出し、葵様に渡す。一瞬葵様は念玉を見て不思議そうに見ていたけれど、使い方を理解したのかすぐに懐に入れ少し微笑んだ。
「宵闇、葵は今、動けない。とりあえずお前は神祇官へ戻れ。曼殊沙華殿も一度衛門府に戻り、状況を確認してくれ」
「分かった」
「分かりました」
私達はそう答え、山吹様は隠の社へ曼殊沙華様と二人の武官は衛門府へ、私は神祇官へと戻っていった。
神祇官の中に入ると、忙しなく人が動いていて怒号が飛び交っている。どういう状況なのか理解ができないが、まず状況を聞かなければいけない。
「戻りました」
私の言葉に一斉に声が止み、視線が集まった。
「「宵闇様!!!よくぞご無事で!!」」
「宵闇様、よく戻られました。神祇官の者達は宵闇様が悪しきものの退治に出られ、国が結界で囲われ不安に思っておりました」
「心配をありがとう。私の方は曼殊沙華様も山吹様もおられたので時間は掛かりましたが退治は無事に出来ました。ところで、今の神祇官の状況を確認したいです。番紅花様はいますか?」
すると何か気まずそうに視線を泳がせて言葉を濁している。
誰も答えようとしない。その静けさが、番紅花様がいるかどうか以上に、“何かが起きた”ことをはっきりと物語っていた。




