第四十話
私達は衛門府の人達の尽力もあってようやく祠に辿り着くことができた。
出来たのはいいのだが、祠にいた悪しきものの姿に一同絶句していた。
……完全な人型を取っている。
他の悪しきものは煙に近い瘴気の状態から密集し、塊となり、悪しきものになっていくのだが、この悪しきものは色は灰色に所々腐敗したような色をしていてボロボロの衣を纏っており、二本足で立っていた。腕には赤い腕輪が怪しく光っている。
これが神が堕ちた姿なのか?
それとも瘴気だけでここまでの姿になった?
後者は考えにくい。白帝様が目を皿にして風読みを行っていたのにも拘わらず、短時間でここまで成長するとは思えない。
それに瘴気から生まれるというより、瘴気を生み出しているといってもおかしくないほどだ。
「危険だ。全員距離を取れ!」
曼殊沙華様が言葉を発した瞬間に武官二人が悪しきものの手から出された瘴気に絡めとられた。
「グッ」
苦しそうにしながら武官は抵抗しているが、瘴気から逃れられない様子だ。
なんとかしないと。
私はとっさに武官を捕えている瘴気を吸うとコロリと封印玉が出来た。
なんて濃さなのだろう。瘴気を吸った途端に神経を突きさすような痛みが襲ってくる。それに私の封印する力が強くなったとはいえ、ここまですぐに封印の玉が出来るほどの濃い瘴気だ。
『これは危険だ』と頭の中で鐘が鳴っている。
ゲホゲホと咳をしながら武官達は後ずさり、次の攻撃にそなえる姿勢となった。
曼殊沙華様は武官が解放されたと同時に大太刀で悪しきものに切りかかる。
山吹様も錫杖を鳴らし、詠い唱える。山吹様の言葉は周囲を浄化していき、悪しきものの動きを鈍くしている。
そこに曼殊沙華様が何度も霞切りを行い、二人の武官も斬りつけていく。
だが、思っていたよりも傷は浅く、切られた箇所から瘴気が溢れ、傷を修復しようとしている。
私は手を翳し、瘴気を吸収して修復を邪魔する。
「……ダ。オ、ノ、レ、……げ、て」
その言葉は誰かの記憶の残響のような感じがした。
そう思った瞬間、瘴気が一本の槍のようになり、私に向かってきた。
「宵闇、下がれ!!」
しまった。間に合わない。身体への直撃は避けたが、手を翳していたため、手のひらから槍を吸い込む形となってしまった。
私は限界まで濃縮された瘴気を吸ってしまう。いくら瘴気が吸えるとはいえ、瘴気の塊を吸い込めばかなりのダメージを受ける。
痛みと瘴気に浸食されていく感覚で膝をついてしまう。
「宵闇!大丈夫か?」
「……は、い。なんとか……」
そう答えるので精一杯だ。早く封印の玉に変化させなければ身が保たない。
私は封印に集中する。
山吹様のおかげで次の攻撃は防がれていて助かった。
コロリと封印の玉が三つほど出来た。一瞬、本当に危なかったが、無事に封印が出来てホッとする。
「山吹様、ありがとうございます」
山吹様は詠いながら小さく頷いている。
「宵闇、我々が悪しきものを全力で切っていくそばから吸い上げてくれ」
「わかりました」
番紅花様達が斬りつけていく傍から私は悪しきものを吸い込んでいく。悪しきものは斬られる度に痛みを感じているようで、唸り声や悲鳴にも似たような声を上げている。
やはり、元は名のある神だったのだろうか。
少しずつだが、悪しきものは弱っていく。手を失い、片腕を無くし、胴を削られ、それでも激しく抵抗している。
数時間は経っただろうか。ようやく悪しきものの抵抗が減ってきた。山吹様はその様子を見て祝詞に変え、詠唱を行う。
前に隠の社で見た時よりも数段大きな光が悪しきものを捕えている。
「消滅せよ!」
山吹様がそう声を上げると、光が強くなり悪しきものは泡が消えるようにゆっくりと消滅していった。
悪しきものがいた場所には赤い腕輪が残されており、山吹様は『呪具か』と呟きながらそれを拾い懐へ仕舞った。
「宵闇、疲れているところ悪いが、周囲の瘴気を吸ってくれるか?」
「山吹様、わかりました」
山吹様は祝詞を唱え悪しきもののいた辺りを浄化していく。
私も周辺の瘴気を吸い封印の玉を作り始めた。衛門府の人達も能力を使い、湧いてくる悪しきものを倒しては瘴気を散らしていく。ようやく一段落がついた頃には日が明けようとしていた。
「ようやく隠樹の山も瘴気が無くなったな。戻るぞ」
「はい」
流石に長時間の戦闘で傷つき、私も瘴気を多く取り込んだため、癒しの池に全員で向かうことになった。




