第三十九話
草の実さんの後ろにいた番紅花様にも声を掛ける。
「番紅花様、私がいない間、神祇官をお願いしますね」
「ああ、わかった」
「では、私は葵様のところへ行った後、衛門府へ行き隠樹の山の祠へと向かいます。何かあれば番紅花様に」
「「わかりました」」
手短に話を終え、私は本殿の方へと向かった。いつもなら神様への報告は祝詞を上げてから行うのだが、今は時間がない。
手早く隠樹の山の祠に強い悪しきものが出たことや私や曼殊沙華様が現地に向かうこと、葵様に文を渡すことを報告する。その足で葵様のところへ向かう。
「宵闇、こんな時間にどうしたんだい?」
葵様は私の方に向き直り、優しく話しかけてきた。
「葵様、お忙しい中お手を止めてしまい申し訳ありません。実は隠樹の山の祠に悪しきものが出て私と山吹様、曼殊沙華様達と向かうことになりました。白帝様から葵様へこの文を渡すことと、山吹様をお呼びいただきたいです」
「……そうか。白帝様が、そう言ったんだね? すぐに山吹を転移門前に向かうように伝えるよ」
「ありがとうございます」
「……宵闇、気を付けていくんだよ」
「はい」
私は言葉を短めに転移門へと向かった。どうしようと不安になる。どれだけ強敵なのだろうか。
上手くできるかどうかは分からないけれど、今の私にできることを今はやるしかない。
アメノワカヒコ様の念玉のおかげで私自身封印の力も強まり、より多くの瘴気を取り込むことができるようになった自覚はある。
転移門の前には既に衛門府の武官が立っていた。
「お待たせしました」
「宵闇様、お待ちしておりました」
武官の二人が礼を取る。
「宵闇が我を指名するとは珍しいな」
「今日は白帝様から直接指示を受けたのです」
「白帝様が、か」
曼殊沙華様は何か思案し、それ以上口を開くことはないようだ。そうこうしているうちに山吹様も到着し、全員が揃った。
一同、顔を合わせ厳しい表情となった。
「覚悟を決めねばならん」
「ああ。宵闇、決して無理はするな」
「山吹様、わかりました」
「では行こうか」
山吹様の声で私達は転移門を開き、隠樹の山の祠へと転移した。
……転移門をくぐると既にそこは瘴気で溢れている。
私達はすぐに武器を持ち直し、一瞬にして緊張感が漂った。渋い表情でお互いが頷き合う。これは相当な強さの悪しきものだろう。
分かってはいたけれど、実際に足を運んでその瘴気の濃さに実感させられる。
一歩、また一歩と進んでいく中、山の木々は枯れ果て、瘴気から新たな悪しきものが所々に生まれ始めている。二人の武官は生まれたばかりの悪しきものを散らしながら歩いていく。
「……瘴気が濃いですね」
「ああ、祠まではもう少し距離があるが今からこの濃さでは、な。もしかして神が堕ちたのかもしれないな」
「そうだ、山吹様。念のためにこの玉をお持ちください」
私は山吹様にアキコク様の念玉を一つ渡した。
「これはなんだ?」
「これは念玉と言ってアキコク様が私のために出してくれた玉なのです。白帝様の力を補助するための玉なのできっと山吹様にも扱えると思って……。あ、お貸しするだけですから」
山吹様は受け取った念玉を持つと観察し、少し驚いたような顔をした後、懐に仕舞った。
「確かに借り受けた。俺にも使えるようだな。助かる」
「急ぐぞ」
曼殊沙華様の言葉で私達は頷き、再び歩き始めた。祠までの距離はそうないはずなのに悪しきものが一体、また一体と私達に襲い掛かってくる。
最初は二人の武官だけで十分に対処が出来ていたのだが、次第に敵は強くなっていく。
「少し、封印しますか?」
「我が出よう」
曼殊沙華様はそう言うと、涌き出てくる悪しきもの達に向かって手を翳すと冷たい氷の風が悪しきものを囲み凍らせた。
それを武官達が粉々に砕いて散らしていく。武官の能力は攻撃に特化しているものが殆どだが、曼殊沙華様の能力は他の誰よりも秀でている。
百年以上衛門府の長を続けるだけあって素晴らしい。




