第三十八話
「白帝様、遅くなりました。宵闇、ただいま戻りました」
私の様子を見た白帝様は安堵の笑みを浮かべている。
「宵闇、笑顔が戻りましたね」
「はい! 番紅花様に相談に乗ってもらったんです。番紅花様に話を聞いてもらったら念玉に念を入れることができるようになったんです」
「それは良かったですね。でもあまり根を詰めないようにね」
「はい」
そうして私は少しずつ時間をみては念玉に念を入れるようになった。それでも最初の頃は一度に少ししか念を入れることは出来なかった。
けれど、アキコク様から貰った念玉で練習をしていたおかげで徐々に念を入れられるようになっていく。
アメノワカヒコ様から頂いた念玉に念を込められるようになってからはアキコク様から頂いた念玉へ念を入れるのはとても楽になり、一時間も掛からない間に入れられるようになった。
アメノワカヒコ様から頂いた念玉が初めて真珠色に輝いた時はとても感動した。ようやく、出来たと。
すぐに白帝様に渡したのは今でも忘れない。アキコク様から頂いた念玉も白帝様の風読みの精度を上げるために使われていたけれど、アメノワカヒコ様の念玉はより精度が高くなったようだ。
感じ方もぼんやりとその場所付近に瘴気があるというものが、地図のようにはっきりと悪しきものが涌く状況が感じるようになったようだ。
それでも葵様が調査を行った時のような悪しきものの動きは掴めていない。
何事も問題が起こることなくふた月が過ぎようとしていたこの日、白帝様は眉を顰める事が増えているように思えた。
「白帝様、どうしたのですか?人間界に強力な悪しきものが出たのですか?」
私が声を掛けると、いつもの白帝様に戻った。
「心配を掛けてしまいましたね。面倒なことが起こっているようです。宵闇に行ってもらうか、山吹に行かせるか少し迷っています」
「封印ができる者が出なければならないほどの強敵なのですね」
「……そうですね」
白帝様はそう言うと、紙に何かを書き始めた。二通の文を書き、文を折る。僅かに白帝様の手が止まり、躊躇しているような気がした。
「……いいですか宵闇。よく聞いてください」
私に文を渡しながら白帝様は話をする。
「? はい」
「これを葵に渡した後、もう一通は神祇官の誰でもいいので玄帝に渡すように指示を。貴女は山吹と共に隠樹の山の祠に向かって下さい。武官を三名程、そうですね……曼殊沙華を連れていきなさい」
「曼殊沙華様、ですか?それほど強力な悪しきものが……?」
「ええ。私も宵闇の念玉のおかげで四季殿は守られていますが、酷い瘴気を感じます」
……念玉で四季殿が守られている?
私は疑問を口にしようとしていたけれど、どうやら状況は油断はできないようだ。
「すぐに向かってほしい。神祇官に着いたら番紅花にこちらまで来るように話をしておいて下さい」
「分かりました」
「さあ、急いでいきなさい」
「……はい」
私は頭を下げて立ち上がり、部屋を出ようとした時に白帝様が声を掛けてきた。
「宵闇、貴女には心配してくれる者が沢山います。私の事は気にせず、葵や他の者達と協力するのですよ」
「はい。では行ってまいります」
私は白帝様の声掛けに頷き、神祇官へと向かった。私や山吹様、曼殊沙華様が揃って出ていかなければならないほどの強敵に不安と焦燥感が滲みだす。
どんな敵なのだろう。
神祇官に着くと私を見つけた草の実さんが笑顔で声を掛けてきた。
「宵闇様、こんな時間に来るのは珍しいですね。何かあったのですか?」
「ええ、いつもは夜の報告ですが、今朝はそうも言っていられなくて。悪しきものが出たので私が向かうことになっているんです」
「えっ!? 宵闇様が出るほどの強敵ですか!?」
草の実さんの驚いた声で神祇官の人達が一斉に私に気づいたようだ。
「草の実さん、すみませんが急いでこの文を冬の国の玄帝様に届けて下さい。それと衛門府に悪しきものが出たため曼殊沙華様他二名の武官の手配をお願いします」
「わっ、わかりましたっ」
いつもの様子とは違うのを感じ取っているのか神祇官の人達が私の前に集まり始めた。




