第三十七話
焦るばかりで念玉に念を込められない日が何日も続いたある日。
「白帝様、これから報告に行ってまいります」
「今日の人間界は落ち着いているようですから少しゆっくりしてきても大丈夫ですよ」
「わ、わかりました」
白帝様の優しさにも傷つく自分がいる。白帝様は気を使って私が思いつめないように配慮して下さっている。
結果が出せない自分に苛立つし、涙がでそうになる。アキコク様に相談しようにも今は祠が閉じられていて聞くことができない。自分で解決するしかないんだ。
重い足取りで神祇官へ向かい今日の報告をする。そして神への報告を終えて神祇官に戻った時に声が掛かった。
「宵闇、少しいいか?」
視線を上げて声がする方を見ると、そこには番紅花様が不機嫌そうに立っていた。
「番紅花様……」
「ここではなんだ。あちらの部屋で話そう」
「……はい」
私は番紅花様の後について歩き神祇官の奥にある部屋に入った。番紅花様は不機嫌な顔で座り、私はその向かいに座った。
「宵闇、そのような顔をするな。神祇官の者達が心配している」
「……はい」
「心配事があるのだろう?」
「はい」
「大丈夫だ。ここには誰もいない。これからの事態を想定して不安になっているのではないか?」
番紅花様はそう口にした。自分ではずっと思っていたけれど、堂々巡りで、でも一人で考えて考えていたのに、番紅花様が口にしたことで私の気持ちの糸が切れて涙があふれ出てくる。
「実は、先日神様へ報告した時にアメノワカヒコ様から念玉を頂いたのです。白帝様の補助をするための玉なのですが、どうやっても、どう頑張ってみても念が私には込められなくて……」
私は一頻り泣いた後、番紅花様に説明した。すると番紅花様は腕を組み、少し考えた後口を開いた。
「宵闇、その玉に念を入れるのをここでやってみろ」
「ここで、ですか?」
「ああ、今ここでだ」
「……はい」
私は思っても見なかったことで涙が止まった。
そして懐から念玉を取り出し、アキコク様に貰った念玉に念を入れるようにアメノワカヒコ様から貰った念玉に念を入れ始めた。
……が、やはり念を入れようとしても弾かれてしまう。
やっぱりできない。
また涙がでそうになっていた時、番紅花様が言った。
「宵闇、お前は念玉に念を入れる時に何を思って入れているのだ?」
「えっと、『白帝様の力になりますように』と願いながら入れています」
すると番紅花様が珍しく渋い顔をしながら話をする。
「あのな、この玉はきっと純粋な念を力に変える代物だろう。アキコク様が作られた物は宵闇に合わせて作られている。アメノワカヒコ様が作られた念玉が本来の物だと思うぞ」
「本来の念玉、ですか?」
「白帝様のための念ではなく、……そうだな。説明が難しいが、純粋な神への祈りに近い物でなければならないのではないか? 白帝様がそれを行使できるというのではないかと感じたのだが」
神様への祈り?
白帝様は祈りの力を行使者なのか。神様への祈り……。感謝の気持ちを込めて念じてみる。
すると少量ではあるけれど、スッと念玉に念が入っていった。
「!? 番紅花様! 念玉に念が入りましたっっ!」
「良かったな。そうだろうとは思っていたが。宵闇、我々は神の池から生まれた。我々の使命は人間達と神との橋渡し役でしかない。それは理解しているな?」
「はい」
「宵闇は自分の能力が発現せず、白帝様と出会ったあの日を境に神祇官の者として働くようになり、白帝様に尊敬の念を抱いているのは知っている。それは悪いことではない。だが、何事が起こっても我々が持つ使命を優先しなければならない。それを肝に銘じておくんだ」
番紅花様に言われて私は言葉が出なかった。私は白帝様に何かあってはいけないと不安と焦りで一杯だった。
けれど、本来の使命。それは白帝様の命を優先することではない。命に替えても悪しきものを封印し、人間界や神界を守ることだ。
ずっと自分勝手に思って自分勝手に悩んでいた。そのことが途轍もなく恥ずかしくなった。
「番紅花様……。私、何にも考えていなかったです。番紅花様のいう通りです、ね。不甲斐ない自分がとても恥ずかしいし、自分勝手に悩んで周りに心配ばかりかけて駄目ですね……」
私がそういうと、番紅花様は先ほどまでの表情がフッと和らぎ話す。
「宵闇、そう自分を貶めるのではない。人間同様に我々だって心はある。こうして念玉に念を入れる方法が分かったのだ。あとはやるだけだ。後悔をしているのなら今から変えていけばいい」
「はい。頑張ります」
番紅花様の言葉で私の心が解れていく。他の人には小さなことなのかもしれない。でも、堂々巡りをしていた私にとっては視界が開けたのを感じた。
「いつもの宵闇に戻ったようだな」
「番紅花様、ありがとうございます。私、頑張ります」
「ああ、無理はするな。お前はいつも頑張りすぎるからな。迷いを抱くのは仕方ない。だが、使命を忘れずに歩み続けるのだ。そうすれば答えは見えてくる」
「はい!」
私は番紅花様にお礼を言うと、番紅花様はフッと笑顔になった。
「いい顔になったな。さあ、あまり遅くなると白帝様も大変だから戻った方がいい」
「ありがとうございます。そうですね、白帝様にも迷惑を掛けてしまっていますし、戻りますね」
私は念玉を懐に仕舞い、番紅花様と部屋を出た。すると、他の人達も私の様子を心配していたようで番紅花様と笑顔で出てきた私を見て声を掛けてくれた。
みんなに心配を掛けてしまった。私がこんな事で心が折れていてはみんなが困ってしまう。
気を付けないと。ずっと『白帝様のために』と思っていた自分がなんて傲慢な考えなんだろうと気づいた部分もある。念の入れ方も理解した。
これからはもっと気を引き締めて頑張ろう。




