第三十六話
「宵闇、どうしたのダ?」
どうやらアキコク様には今回の事は伝わっていないようだ。
「アキコク様、昨日の風読みで白帝様から名無しの葵様に江柄の入り江付近に悪しきものが出たので消滅させてくるように指示が出ていたんです」
「葵にカ? 珍しいナ」
「葵様からの報告で江柄の入り江に悪しきものはいたけれど、近くに祠などなかったようなんです。
戻られた葵様から報告書とその場所に落ちていたという鈴の付いた小袋を受け取り、風読みの報告と共に神界への定期報告をしたんです。
すると神様からこのことをアキコク様に知らせろと仰っていました。あと、アキコク様から貰った念玉よりも大きなこの玉を貰って白帝様に持たせろって言われました」
私はそう言って先ほど貰った玉をアキコク様に見せた。アキコク様は尻尾をゆっくりとくねらせながら考えているようだ。
「……宵闇。この先、何が起こるかは分からン。だが、最悪の事態を想定して動くべきなのだろウ」
「最悪の事態……」
「そうダ。八年前の事態がまた起こるかもしれン。だからアメノワカヒコはこうして宵闇に新しい念玉を授けたのだろウ」
「アメノワカヒコ様、ですか?」
「ああ、そうダ。これを作ったのは彼で間違いないゾ」
「声だけでしたので誰だか分からず、申し訳ありません」
「会ったことがないのだからそれは仕方がないことダ」
この念玉を作ったのはアメノワカヒコ様だということは理解したけれど、やはり神様は凄いのだなと感心してしまう。その場で念玉をすぐに作り、渡せるのだから。
「この念玉はアキコク様に貰った物と同じものなのですか?」
「ああ。だが、その念玉の方がより強力な力を使うことができる。だが、念を入れる宵闇にもかなりの負担があるゾ」
「でも、最悪の事態が起こるかもしれないというのなら私、頑張ります」
「その意気ダ」
「アキコク様に貰った念玉はどうすればいいですか?」
「今、一つを持っているだろウ?それに念を込めたら白帝へ渡し、その間に大きな念玉に念を入れるのダ。
大きな念玉を白帝が使っている間に小さな念玉二つに念を込めル。当面はそれでいイ」「分かりました」「宵闇、風読みの仕事があるだろウ?早く戻レ」
「はい」
「宵闇、これから暫くはこの祠は閉じル。私は秋の国の守護に動いているからナ。残りの三国も同様ダ。再び神の知らせがあった時にここは開かれル」
「……わかりました。アキコク様、国を守っていただきありがとうございます」
「宵闇、無理はするナ」
「はい」
私はアキコク様に深く御辞儀をした後、祠を出た。
これからどうなるんだろう。
各国が一気に緊張状態に入る。天上人が手引きしているのか。それともまた人間達が私達を捕まえる術を手に入れたのだろうか。
天上人だとすればなぜそんなことをするの?神や天上人を憎んでいる?
憎むほどの何かがあった? でも、私達天上人は神様に会う機会は滅多にない。
神祇官の長となり、報告をする時でさえ声を聞くだけ。
神様はあまり神界から出てこない神降ろしをした時に何かあったのだろうか?
私達天上人は悪しきものと対峙し、闇に飲まれてしまった場合は存在自体が消滅するか悪しきものになると思う。
でも悪しきものになる前に癒し池で浄化されるはずだけど……。
いくら考えても答えは出てきそうにない。これからは今以上に気を引き締めていくしかない。アメノワカヒコ様から頂いた念玉を握りしめた。
「白帝様、ただいま戻りました」
「おかえり。少し遅かったですね」
「はい。葵様からの報告を受け、神へ報告をしたのですが、アメノワカヒコ様からこの念玉を新たに受け取り、アキコク様に知らせるように言われ時間がかかっていました」
私は懐から念玉を取り出し、白帝様にお見せすると、白帝様の表情は陰った。
「宵闇、詳細を聞かねばなりませんね」
「はい」
私は襟を正し、改めて説明をする。葵様からの報告は当たりに悪しきものが涌くような祠や澱みが無かったこと。
消滅させた時に鈴の付いた小袋が落ちていたことを話した。その後、神様に報告し、葵様の報告書と小袋をアメノワカヒコ様が持ち帰って代わりに念玉を頂いたことやアキコク様とのやり取りを話す。
「……そうだったんですね。私に力がないばかりに宵闇には苦労を掛けてしまいますね」
「苦労だなんて。私は全然そんなことを考えたことはありません。私もできることを頑張るだけですから」
「ありがとう」
白帝様はそう短く伝えると何かを考えていたが、また風読みに入った。
私は書き取りの合間に新しく貰った念玉に念を込め始めると、念玉はパチンと弾けるような音がし全然入らない。念を入れることを拒否し、これではないと言われているような感覚になる。
何度も、何度も繰り返してみるけれど同じ結果になった。
アキコク様の作った念玉にはこれで念を入れられたのに。どうして駄目なんだろう。
神様から貰ったということはもう時間がないのではないかと不安と焦燥感が増してくる。涙が出そう。何故だろう、どうして上手くいかないのか。
自問自答をしてみるけれど、答えは出てこない。




