第三十四話
「葵様、今日の風読みについてなのですが……」
「そうだったね。白帝様から僕に直接調べて欲しいって来たのかな?」
「そうです。江柄の入り江付近に悪しきものが出たので調べて欲しいとのことです。衛門府から武官を二人ほど出すように指示をしたので向かってもらっていいですか?」
「もちろんだよ。白帝様から直接指示が出るという事は何かあるんだろう。僕はしっかり仕事をするし、気になった事があれば宵闇に報告するからね。山吹は確か隠の社にいたな……。彼をここに呼ぶか」
葵様はそう言うと、言霊を山吹様に向けて放つ。
「宵闇、江柄の入り江付近の件は後日報告することになるよ」
「はい。葵様、あまり無理しないようにして下さいね」
私がそういうと、葵様はフッと笑みを溢した。
「宵闇、ありがとう」
話をしているうちに山吹様が社へとやってきた。
「葵、来たぞ。これから人間界に行くって?」
「ああ、山吹。早かったね。白帝様からの指示で少し出かける」
「……そうか」
「宵闇、ではまたね」
葵様はそう言うと、立ち上がり社を後にした。これから衛門府へと向かい武官と共に江柄に向かうのだろう。
「山吹様、では私も失礼します」
「ああ、宵闇。いつも白帝様を支えてくれて感謝している」
山吹様はそう短く話をすると、葵様がしていた仕事の続き始める。
私は一礼し、本殿へと向かった。葵様は大丈夫かな。心配しながらも私はきちんと神様に報告し、四季殿に戻っていった。
「白帝様、ただいま戻りました」
「宵闇、報告ありがとう」
「悪しきものの状況はどうでしょうか?」
「葵が討伐してくれている最中のようです」
「よかった。何もなければいいですね」
「……そうですね」
そう白帝様と話をしていた翌日。私はいつものように神祇官へと向かうと、そこには葵様が立っていて私を待っていたようだ。
「葵様、おかえりなさい。討伐は大丈夫でしたか?」
心配して声を掛けると葵様はフッと笑顔が零れた。
「大丈夫。宵闇、心配してくれてありがとう。少し話があるんだ」
「分かりました。少し待ってもらってもいいですか」
「ああ、もちろんだよ」
私は葵様を待たせるのは申し訳ないと思いつつ、急いで風読みの話を神祇官の職員に行う。
今日は悪しきものが出ていないため、早々に連絡は終わった。
「葵様、お待たせしました。こちらの部屋でいいですか?」
「ああ、問題ないよ」
私は奥の部屋へと葵様を案内する。そして対面に座ると、葵様は真面目な顔をして口を開いた。
「宵闇。昨日、白帝様の指示で僕はあの場所へ向かわせたんだよね?」
「? はい。何かあったのでしょうか」
「実は、あの場に悪しきものは確かに居た。居たんだけど、なんていうのかな。本来涌くような場所ではないのに涌いていたんだ」
「悪しきものが発生しない場所、ですか……」
「ああ。近くに祠や社など何もない場所に悪しきものがいた。そして武官と一緒に消滅させたのはいいんだが、悪しきものがいた場所にこれが落ちていた」
懐から慎重に手拭いを取り出し、ゆっくりと開かれた中から小さな小袋が姿を現し、その小袋の中を開けると、小さな何かの欠片が出てきた。
「これは?」
「これは呪術の依り代として使われていた物なんだと思う。この方法は八年前に蒼帝様や春陽様が力を剥奪され、交代した時とやり方が似ているようなんだ」
私はあの時、どういった物が使われていたなどの詳しい話は聞かなかったけれど、こうして改めて呪術に使われている小袋をみれば一斉に各地で涌いた理由を理解する。
「八年前……。でも、どうして?その方法は神によって人間の一族ごと消滅させられたはずではなかったんですか?それに中身は」
神の身体の一部なのかと言おうとして口を噤んだ。
葵様は私が口にしようとしていたことを理解しているようで頷いていた。
まさか、そんなことってあるの?
神殺しがまた行われている?
人間が? でも、どうやって?




