第三十三話
「白帝様、ただいま戻りました。悪しきものが涌いていませんでしたか?」
「宵闇、おかえり。特に人間界の方では動きは無かったですし、問題はありませんよ」
「よかった。先ほどアキコク様に念玉を貰ったのでこれから強い念が込められるように頑張ります」
「念玉、ですか。初めて聞きますが、アキコク様の修行なら今の宵闇に必要なことなのでしょう」
「番紅花様はしていなかったんですね。この念玉は念を込めた後に白帝様へお渡しするように言われたんです。アキコク様が言うには白帝様の風読みに使う力の補助となる物なのだそうです。私、白帝様が少しでも楽に力が使えるように頑張ります」
「宵闇、ありがとう」
こうして私は移動する間や風読みの書き取りと書き取りの合間に念玉へ念を注ぎ込むことになった。
最初は簡単だろうと思っていたけれど、かなり難しいことが分かった。ただ単に「頑張って」と声かけするような程度の念では念玉から弾かれてしまう。
純粋で強く念じなければ上手く入っていかないし、抵抗が強くて大部分は念玉に入っていかない。それでも毎日続けていけばいつかは念玉に念は貯まっていく。
そして念を入れる時に胸の奥が焼けつくように熱くなる感覚があり、疲労感がある。ようやく一つ目が真珠色に輝いたのは二か月が経った頃だった。
「白帝様、お待たせしました。ようやく、ようやく念玉が一つ出来ました!」
私は真珠色に優しく輝いている念玉を白帝様に渡す。白帝様は念玉を受け取ると、不思議そうに眺めている。
「綺麗な色をしていますね」
白帝様は使い方を確認するように触っていると、念玉は柔らかな光が白帝様の手に溶け込むように入るのが見える。
「念玉の力が流れ込んでくると、とても心が柔らかく解されるような感覚になります。能力を底上げしてくれているようですね」
白帝様はそう言うと、念玉を懐に仕舞い、また風読みを始めた。すると、念玉が風読みに合わせて衣の外から淡く光るのが分かった。
「宵闇、ありがとう。念玉で風読みがかなり楽になっていますよ」
「よかった。今度はもっと早く強く込められるように頑張ります」
「まだまだ先は長いのですから無理しないようにね」
「はい!」
念玉のおかげで白帝様の風読みの精度が上がったからか。それとも世界が不安定になってきているのだろうか。
一年が過ぎ、二年目の半分まで順調に過ごしている。
徐々にだが、悪しきものが涌く頻度が増えているように思える。それは白帝様も感じているようだが、風読みしかできない白帝様にはもどかしさもあるように見えた。
「宵闇、江柄の入り江付近に悪しきものが出ている。少し気になるので葵に調査させて下さい」
「葵様ですか?分かりました」
この日は珍しく葵様を指名している。私は時間になり、秋の国へと戻り神祇官達に風読みの内容を報告する。
「江柄の入り江に涌いた悪しきものについては『葵を向かわせるように』と白帝様からの指示です。護衛として衛門府から武官を二人ほど付けて下さい。葵様には私から直接話をします。あとは問題ありませんか?」
「ありません」
「では各自、書類を作成後担当部署へ連絡して下さい。以上です」
いつものようにみんなが持ち場へ戻り、風読みの指示を書類にして持っていく。私は久々に葵様がいる社へと向かった。
いつもなら社には白帝様がいるのだが、今は四季殿にいるため、次に力のある葵様、もしくは山吹様がこの白帝社にいる。
本殿入口の前にある白帝の社へと向かい葵様に話をしにいく。
「葵様、いらっしゃいますか」
「久しぶりだね、宵闇」
「葵様、お久しぶりです。白帝様から風読みの指示が出たのですが、今よろしいですか?」
「ああ、構わない。こっちへおいで」
葵様は微笑み、手招きする。祠から出てきた当時の葵様の姿はやせ細り、ボロボロの衣を纏っていて今にも儚く散りそうな感じだったけれど、今はその頃の見る影もなく覇気を纏い、次代の白帝として仕事をこなしている。
「白帝様の体調はどうかな?無理はしていないかな」
「最近は悪しきものが増えているせいか常に力を使っている状態となっていて心配しています」
「……そうか」
そう言って葵様の表情は少し陰った。
葵様は私には分からない部分で白帝様の状態を何か感じ取っているのかもしれない。




