第三十二話
「……終わったみたいだな」
炎陽様の言葉にふと視線を社の入口へと向けると、炎帝様が立っていらっしゃった。
「炎帝様、五年間ありがとうございました」
「私はこうして炎陽に支えられ五年間を過ごすことが出来た。宵闇、白帝をしっかりと支えるんですよ」
「はい」
「何かあればいつでも相談に来てくださいね」
「ありがとうございます」
「では、炎陽。行きましょうか」
「はい。ではな」
炎帝様と炎陽様はゆっくりと橋を渡って夏の国へと戻っていった。私は二人を見送った後、社の中へと入っていく。
社の入口に入るとすぐに間があり、白帝様は静かに御神座に座っていた。
「宵闇、炎帝達の見送りは終わりましたか?」
「はい」
そして私は下座へと座り、白帝様の指示を待つ。私は一日の半分をここで過ごし、白帝様の風読みを紙に記していく。
夜ももちろん社の中で過ごす。不思議なことにこの浮島は夜のような暗闇はないようだ。これはやはり神界に近い場所だからだろうか。
「白帝様、ではアキコクに戻り神へ報告を上げにいってきますね。何か必要な物などありますか」
「大丈夫ですよ。気を付けて行ってきなさい」
私はそうして風読みを記した紙を大切に懐へ仕舞い、社を出て橋を渡った。
私が社にいない時間帯は基本的に人間達が寝ている時間になるため、問題なく神祇官へ戻ることができる。
もし、何か動きがあった場合は白帝様がその間、私の代わりに記しておいてくれることになっている。
私は転移門を開き、神祇官へと戻っていった。
「宵闇様、おかえりなさい」
神祇官の人達は待ちわびたように席に着き、風読みの言葉を待っていた。
「お待たせしました。今日の風読みです。松の門の地域ですが、北の方からやや冷たい風が入り、植物の育ちが遅くなっているようです。笠の原の地域では……」
私は読み上げると、神祇官達は風読みに対応するための衛門府や太政官、春の国、夏の国、冬の国への書類を書き始める。そうして書き終えた神祇官達は各々担当部署へと書類を持っていく。
今日の風読みでは悪しきものが涌いたという話は聞かなかった。私は本殿へ向かった。
今日は引き継ぎが滞りなく行われたことや風読みの状況を報告する。
その後、アキコク様への報告も忘れていない。
「アキコク様、本日白帝様が四季殿に入られました」
「そうカ。何かと忙しくなるナ。宵闇、本日から修行は短時間になるが、もっと厳しいものになル。覚悟はいいカ?」
「もちろんです!白帝様を支えるために私、頑張ります」
「よシ。いい面構えダ」
アキコク様はそう言うと、鉛色の珠を何処からか取り出し、二つ渡してくれる。
「アキコク様、この珠は何ですか?」
「これは宵闇の思いを貯めることができる念玉と呼ばれるものダ」
「……念玉」
「物には念が宿ると言われているだろウ?それを凝縮させることができる珠ダ」
アキコク様は一つを浮かせ私の顔の近くまで持ってくると、念を入れ始めた。すると念玉は鉛色から真珠色へと変化していく。
「どうダ?念が溜まればこうして色が変わル。こうして色が変わるまで念を入れるんダ」
「分かりました」
「この玉はナ、何処へでも持ち歩くことができるのダ」
「四季殿で書いている時も修行をしろということですか?」
「そうダ。そして真珠色になった念玉を白帝に渡すのだゾ」
「念玉を渡すと白帝様が使うのですか?どうやって?」
私は疑問を口にしたが、アキコク様は呆れた顔をしながらも説明してくれる。
「念玉は強い念を込めれば込めるほど使用時に効果を発揮するのダ。白帝は常に神経を研ぎ澄ませ、力を使い風読みを行っているだろウ? この念玉を使うことで風を読む力の補助をすることができル」
「この玉にはそんな力があるんですね!やります!私、頑張ります。少しでも白帝様のお役に立ちたいです。二つあるということは一つは白帝様に渡し、その間に空になった念玉に念を詰めるということですよね?」
「そうダ。気を抜くなヨ。純粋な祈りのみが白帝を手助けできるのダ。そして強い念ができるようになれば、宵闇自身もより強い封印を行う力となル。頑張るのだゾ」
「はい!」
私はアキコク様にお礼を言って神祇官へ寄った後、また四季殿に戻った。




