第三話
人間たちには悪しきものが見えていないらしく、扉が開いたことに驚いてはいたが、舞は止まることなく舞い続けている。
幸いなことにこの場に現れた悪しきものはあまり強くないようだ。
神楽を見学していた天上人たちは立ち上がり、各々武器を取り出し、悪しきものへ攻撃していく。私は白帝様に一礼した後、瓶子を置いて薙刀を取り出し白帝様たちの前に立った。
「宵闇、無理はしないように」
「はい」
白帝様も曼殊沙華様も番紅花様様も涼しい顔をしている。
悪しきものはべたりとした瘴気を道筋に残しながら人間達に向かっていく。
曼殊沙華様が合図を送ると、観覧していた何十もの天上人たちが一斉に攻撃をし、悪しきものは動くことができないようだ。
矢を射られ、太刀で切られ、能力で足止めを食らっている。これだけの数の攻撃を受けると悪しきものも歯が立たない。能力もない私の出番はないだろうと思った矢先、悪しきものの身体は小さな雫状に弾け、高く飛び上がり、白帝様にめがけて悪しきものは飛んできた。
「白帝様、危ない!」
私は白帝様の盾となるように身体を敵に向け薙刀で身構えた時、瘴気に反応するように身体が熱くなり、雫状になった悪しきものの一部が薙刀を伝い右手から入っていく。
「えっ!!?」
驚いた私は立ち止まってしまった。
どういうことだろうか。
更に白帝様に向かおうとしていた悪しきものは私の薙刀に吸い寄せられるように集まり、吸収されるように消えていく。
私の右手から入っていった悪しきものがじわりと身体を浸食していくような嫌な感触を感じながら右腕をゆっくりと通っていくのがわかる。
嫌な感覚は体内で徐々《じょじょ》に熱を持ち全ての悪しきものを吸った後、体内の熱は左手へと移動していく。その熱はどんどんと熱くなり、左の腕は耐えきれずに薙刀を離した。熱くなった手のひらを見ると、コロンと手のひらから黒い模様の玉が落ちた。
「……あっ」
思わず声が出た。自分の身に起こったことが理解できず、動けないでいると、白帝様が笑顔で私の名を呼んだ。
しんと静まり返る天上人たち。
神楽を舞う衣の擦れる音や笙の音だけが変わらずに聞こえてくる。
「宵闇、こちらへ来なさい」
「はい」
私は白帝様の前に座ると、番紅花様は転がった玉を拾い上げ、確認した後、白帝様に渡した。
「宵闇、この玉は何かわかりますか?」
「いえ、わ、わかりません」
「これは悪しきものや瘴気を封印した時にできる玉です。衛門府に属する者は力を行使する時に悪しきものを斬り、倒す。その後焼いたり、風で吹き飛ばしたりすることで瘴気や悪しきものは徐々に分解され、自然に消えていく。そこまでは理解していますね?」
「はい」
「ですが、武官達の力が及ばないほど強力な悪しきものや瘴気が溢れている場所は物を依り代にして封印を行います。主に私や番紅花、神祇官達が悪しきものに対して行う封印です。宵闇は依り代を必要とせずに封印をできるようですね」
「えっと……。私は悪しきものの封印ができるということなのですか?」
「しっかりと封印ができている」
「これは誰も持っていない宵闇だけの能力でしょう。きっと宵闇は秋の国、ひいては天上人にとって重要なものとなるかもしれませんね」
「宵闇、能力が分かって良かったな」
番紅花様が優しい声で話す。
「能力無しだと言われ続けていたんだろう」
曼殊沙華様も酒を飲みながら私に話をする。ずっと能力無しだと思われていたのに、私にも能力があった。能力が分からず、不安や焦りがいつも心にあった。でも、でも、私にも能力がちゃんとあったのだという思いと苦しかった思いが綯交ぜになり溢れだしてくる。
「うっ、うっ。うわーん」
私は曼殊沙華様の言葉を聞いて声をあげて泣いた。
今までずっと心に押し込めていた思いが、ようやく、ようやく報われたような気がする。
しばらく泣いた後、番紅花様が顔を拭きなさいと手拭を渡してくれた。
「宵闇、明日から番紅花のところで修行しなさい」
白帝様が微笑みながら私にそう告げた。
「は、はいっ。私、頑張ります。死に物狂いで、白帝様に付いていけるように、修行しますっ」
翌日から私は番紅花様の元を訪れることになった。