第三十話 閑話休題
「宵闇様、明後日、日原《にちはら》の神社で大祭があるんですか? 神輿が出るって夏の国の武官が言っていたんですが。見に行ってもいいですか?」
「もうそんな時期なんだ。今年は豊作と言っていたから沢山の人間が祭りに参加しそうでだね。白帝様にお伺いを立ててみてからかな。今の時期」
「宵闇様も白帝様と一緒に行かれるんでしょう?」
「どうしようかな、白帝様が行くなら行こうかな」
神祇官の人達は私と草の実さんの話を聞いて祭りかと浮かれている。みんなも行きたいよね。
私は白帝様の社まで行き、話をした。
「白帝様、明後日、日原の神社で大祭が行われるそうですが、大祭を見に行きませんか?」
「もうそんな時期でしたか。今、火急なものはないですから行っても問題ないでしょう。宵闇、久々に私達も祭りを見にいきましょうか」
「はい! 衛門府から一人武官が来るように話をしておきますね」
白帝様は柔らかな笑みを浮かべた。祭りか、久しぶりだ。前回は私がまだ神祇官になっていなかったな。
あの時は白帝様に初めて会って、緊張しながら人間たちの舞を見ていた。明後日の祭りは神輿が出ると言っていた。神輿をまだ見たことがない私にとって大祭はとても楽しみだ。
少し浮かれた気分で神様への報告を行う。
「明後日、白帝と共に日原の大祭へ行ってまいります」
いつもは『了承した』という感じでふわりと髪をくすぐる程度に風が吹くのだが、
今日は風と共に『楽しんできなさい』と耳元で優しい声が聞こえた。
神様に声を掛けて貰えた! 嬉しい! 私は満面の笑みを浮かべて大きく頭を下げた。
「宵闇様、先ほどはどうかされたのですか?」
神様への報告が終わり、神祇官の一人が声を掛けてきた。
「明後日、白帝様と日原の大祭に行くって報告ついでに話をしたんだけど、神様から『楽しんで来なさい』って言われたんだ」
「声を掛けて下さるなんて珍しいですね。明後日が楽しみだ!」
「大祭では沢山の酒も奉納されるから武官に取られぬよう我々も早めに出向かねばな」
笑い声と共にみんな大祭を楽しみにしているようだ。
そうして迎えた日原の神社で行われる大祭の日。
この日ばかりはどの省もみんな仕事を切り上げて大祭に向かう。私は衛門府から誰が来るのだろうかと白帝様の社の前で待っていた。
「宵闇殿、待たせた」
「曼殊沙華様、今日は宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそ、宜しく頼む」
「白帝様、曼殊沙華様がおいでになられました」
「そうですか。では行きましょうか」
白帝様に声を掛け、私達は見回りを兼ねて転移門へと歩いていく。
「大祭を見に行くのは久しぶりですね」
「ええ、皆も喜んでいるようで良かったです。たまにはこうして羽根を伸ばすのも良いね」
「私は神輿を見たことがないので楽しみです」
「神輿は活気があっていい」
残っている人はおらず、問題もなさそうだ。
昔の自分を思い出すと心がチクリと痛む。あの時はがむしゃらに頑張っていたな。
「転移門を開くぞ」
曼殊沙華様はそう言って転移門を開き、私達は中へと入っていった。
「今年は豊作だ! ウカノミタマノカミ様へ感謝を込め、奉納を!」
人間達が大勢集まり、神主の祝詞を聞いた後、掛け声と共に神輿を担ぎ、掛け声を上げて街を練り歩き始めた。
神輿が通る両側には人々がひしめき合い歓声がおこった。その様子を私達は上から眺めている。
「活気に満ち溢れていますね。人々の喜びや感謝の念がここまで見えるなんて凄い」
「ここまで心地よい念が集まればこの祭りにもしかしたら神も降臨されるかもしれませんね」
「神社に神輿が着いたみたいですね」
「あっちで武官達は酒を飲んでいるな」
「我々もいただきましょうか」
私達は少し高い場所から神輿を眺めるような形で座った。私が酒を取りに行こうとした時、神祇官の一人が気づいて酒を持ってきてくれる。
「宵闇殿、ここの地酒は名品らしいぞ」
「そうなんですね! 有難く頂かないといけないですね。白帝様、どうぞ」
「ありがとう。折角なんですから宵闇も飲みなさい」
「はい!」
私は白帝様と曼殊沙華様にお酌をしてからお酒を口にする。
これまで何度かはお酒というものを口にしたことはあるけれど、私達に振舞われたお酒はとても香り高く、ピリッと辛口の中にも華やかな味わいがある。
「美味しいですね」
「皆が喜ぶわけだね」
白帝様の口にもあったようでお酒を楽しんでいる。
神輿の中には神様が入っているという話だが、流石に入ってはいないよ、ね?
人間達は神輿を神社の中央に置いてその回りで踊りを始めた。巫女が舞うような踊りとは違うけれど、みんなが笑顔で楽しそうだ。
私達もその様子を眺めていると、ふわりと空から一筋の光が神輿に降りてきた。
「白帝様!」
人間たちは気づいていないようだが、私達は歓声を上げた。
―めでたい
―めでたい。今宵は宴じゃ。
―豊作じゃ。豊作じゃ。
光の中から小さな丸い光が神輿の中に入り、声が聞こえてくる。
「ウカノミタマノカミ様が降りられたぞ!」
誰かがそう叫んだ。声と共に神輿から波紋のように光が広がっていく。人間達は光に包まれていく。
「人間には見えないのが惜しいですよね。折角ウカノミタマノカミ様の加護なのに」
「気づいている者も一部にはいるようですよ。後でその者達の口から語られるし、心配はいらないでしょう」
「はい」
ウカノミタマノカミ様は少しばかり神輿の中で祭りを楽しんだ後、また神界に戻られた。
日が暮れ、神社には松明に火が灯され祭りは最高潮に達しているようだ。
「宵闇、そろそろ私達も戻りましょうか」
「はい」
「曼殊沙華様、お酒はもう飲まなくていいのですか?」
「問題ない。持ち帰るからな」
そう言うと曼殊沙華様は箱型で作られた指樽を抱えている。
「曼殊沙華は相変わらずお酒が好きですね」
「人間界の酒は飲む機会が少ないですから」
白帝様はフッと笑みを浮かべながら私達は祭りを後にした。
私は神が人間界に降りるところを初めて目にしてとても感動した。
人々は神に感謝し、神は加護を授けていた。なんて素晴らしいんだろう。
私達天上人は神のように直接人に加護を与えることは出来ないけれど、少しでも人々の幸せに寄与できるようになれたら良いなと改めて感じたわ。
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