第二十九話
「白帝様、今、お時間ありますか?」
「宵闇、入りなさい」
私は一礼し、白帝様の前で膝を折り、報告する。
「白帝様、葵様を天津の祠より戻られました」
「そうですか。神の言葉があったのですか?」
「はい」
「祠では何度も死を巡ってきたのでしょうから当分の間、癒し池から動けないと思います。宵闇、申し訳ないが葵のことを気にかけてやってほしい。彼は私の跡を継ぐ者だからね」「白帝様の跡を継ぐことになるのですか?」
「ええ、すぐに、とはなりませんが、いずれ葵が継ぐことになるでしょう」
神様が葵様を迎えにいくように言ったのは次の白帝だからということなのだろうか。番紅花様もいつかは池に戻られる。
白帝様も……?
私は不安になった。私の能力は白帝様によって見つけられたと思っている。恩人だし、感謝も尊敬している。
できるならこのまま白帝様の下でずっと働きたい。だが、もしかして白帝様は番紅花様と同じように役目を終えれば消えるのではないかと不安になる。
「白帝様は池に戻られることはありませんよね?」
白帝様はフッと頬笑んだ。
「大丈夫ですよ。引き継ぐのはまだまだ先のことですし、私はまた名無しに戻るだけです。番紅花も一文官に戻ったでしょう? ただ、彼は高齢ということもあり、自ら池に戻ることも考えている。
宵闇、あなたもアキコク様の修行をして理解したと思いますが、私達は神の力によって生まれ、人間界を行き来し、力を使い、また神の元に戻るただそれだけです」
「そうですね」
白帝様の言う通りだ。最初の私はただやみくもに能力が使って白帝様や番紅花様の後を追いかけられる、役に立てるとずっと思っていた。
アキコク様はいたずら好きでしょっちゅう私にいたずらしていたけれど、神祇官の長となるための様々なことを教えてくれた。
今なら番紅花様の言うことも考えていることも理解できていると思う。
「さあ、そろそろ炎陽が来ます。宵闇は神祇官へ戻りなさい」
「そうですね。そろそろ戻ります。白帝様」
「どうしたのかな?」
「私、白帝様にはじめて声を掛けてもらった時、自分には能力無しだってずっと思っていて、毎日焦って、どうしようこのままでは人間界に追い出されるんじゃないかって不安で悩んでいたんです。
でも白帝様があの時声を掛けてくれたから今の私はあると思っているんです。烏滸がましいと言われるかもしれないんですけど、白帝様のために頑張りたい、働きたい、支えになりたいって、私は白帝様のためならこの身を盾にしても構わないと今でも思っています」
私がそう言うと、白帝様は優しい顔で笑った。
「宵闇、あなたの気持ちは嬉しいですよ。私はいつも嬉しく思っています。あなたはきっと番紅花を越える神祇官になる。
もし、この先、また危険なことが起こるかもしれない。その時は私を捨てて逃げなさい。そして私の代わりに葵を導いてあげて下さい」
「白帝様……」
白帝様の言葉に胸が詰まり、私はそれ以上の言葉を続けることができなかった。今回のことできっと白帝様は随分と悩まれたのだろうと思う。
私は白帝様を支えられているだろうか。
「大丈夫。きっとそうはならないですよ。さあ、もう行きなさい」
白帝様は私の表情を見て話題を変えるように促している。
「はい」
私はそうして社を後にした。
白帝様達が力を落す切っ掛けとなったようなことが今後も起こるのだろうか? あの時は首謀者の人間は捕まり、魂の消滅となった。悪しきものになる神などそういないし、今のところ話も聞かない。各国の神祇官も目を光らせている。何もないことを祈るしかない。
翌日の早朝、私はこの日もアキコク様の元に向かった。
「アキコク様、おはようございます」
「宵闇、おはよウ。どうしたのダ?」
私は昨日白帝様が言っていたことが心にひっかかり、アキコク様に尋ねた。
「アキコク様、私はもっと強くなりたいです。どんな悪しきものにも負けない強さが欲しい。もっと厳しい修行が出来ますか?」
「宵闇、お前の成長は著しイ。そう思うのは仕方がないことダ。だが、何事にも順番があるゾ。上を見上げればきりがなイ。今はまだ体内で瘴気の封印しか出来ぬが、そのうち新たな能力も出てくるだろウ。それまでは地道に頑張るしかないナ」
「新たな能力……?」
「そうだゾ。高みを目指していけば開花することもあル。番紅花も封印以外の能力を得たのダ。宵闇ならできル」
「本当ですか!? 私、頑張ります! 私も葵様のような厳しい修行が必要なんじゃないかなって思っていたんです」
「今はまだ修行も基礎から毛が生えた程度ダ。お前にはまだ早いからナ?」
アキコク様の修行をして四年程度ではまだまだ基礎の域なのか。少しがっかりする部分もあるけれど、新しい能力が備わるかもしれないという話を聞いてやる気が出てきた!
そうして私はまた真面目に修行に取り組み始めた。
葵様は神の癒し池に向かわれてから三日ほど池に浸かり、ひと月池に通ってようやく元に戻られた。
随分長い間、池から離れることが出来なかったのはやはり四年間少しの休みもない状況で身体の芯から怪我をしていたのだろう。
白帝様は死を巡ってきたのだろうと言っていたし、祠ではどういった修行をしてきたのだろうか。
「炎陽様から風読みの言付けが送られてきた。悪しきものが出没したみたい。衛門府から三人、神祇官から一人を庵山へ向かわせて。少し萩原の地で雨が続いているようなので野分様のところへこの書類を」
「わかりました。宵闇様、神祇官から誰を出しますか?」
「今、手が空いている人で構わないよ。草の実さん、行きます?」
「!! 私ですか? 封印は久々だから失敗したらどうしよう。でも折角だし、頑張ってきますね!」
「ではお願いするね」
こうして私は日々仕事を振り分けていく。




