第二十八話
翌日からはまたアキコク様の元に朝から向かう。
「アキコク様、おはようございます」
毎日疑似瘴気玉を使い、疑似瘴気玉を包んでいる術式を感じながら玉の力を解放したり、封印の玉を作ったり、体内で力の移動させたり、地面に術式を描き、一般的な封印の練習も行う。
もちろん修行はそれだけではなく、基礎体力も必要だと言われ、薙刀を持って実戦形式での訓練も始めた。相手になるのはアキコク様が作った疑似悪しきものだ。強さも自在に変えられるようで実力より少し強い相手がいつも用意されている。
毎回、ギリギリのところで負けてしまい悔しい思いをしている。神祇官の長になると武官と一緒に人間界へ降りることは少ないのだが、長が人間界に降りることになる場合はそれほど強いものだと思っていい。
攻撃されてやられたり、折角武官が弱らせてくれたのに封印が失敗したりすればそれこそ大惨事になってしまう。
そうならないためにも私は強くならなければいけない。
毎日疲労困憊になりながらも神様への報告と書類の整理に追われている。書類の方は番紅花様がかなり肩代わりしてくれているのであまりないので助かってはいる。
― 修行を始めて四年が過ぎた。
あれだけ苦労していた修行も今では楽にこなせるようになってきた。毎日の神様への報告も怠らずに行っている。
去年、乞ふ四季殿へ炎帝様と神祇官の炎陽様が入られた。それを機に春の国の蒼帝様と春陽様も交代され、新しい蒼帝様と春光様になった。
秋の国も番紅花様も神祇官の長を降りた。
悲しかったけれど、番紅花様は問題ない、と笑顔で言っていた。まだ番紅花様の能力は戻っておらず、当分は一神祇官として過ごすと言っていたが、番紅花様は各部署から呼ばれ忙しく過ごしている。
私も神祇官の長として板に付いてきたんじゃないかな。
まだたまに分からないことがあって番紅花様に相談することもあるけれど、ようやく独り立ちが出来たようなきがする。
そして私は今、天津の祠の前に立っている。
今朝、神様への報告をした時に神様から言葉が降りてきた。『葵を迎えに行きなさい』と。念のために衛門府から武官一人をお願いし、連れていくことにした。
私もアキコク様の修行を受けていたけれど、私よりもずっと、ずっと、厳しい修行をしている葵様が心配でしかたがない。大怪我はしていないだろうか? 神様が『迎えに行きなさい』という程だから無事だけど、疲弊しきっているのではないだろうか。
私は深い木々を掻きわけるように山の奥へと入った。谷の奥底にしめ縄が張られた祠が見えた。私達は祠の前で葵様をまつことにした。
残念ながら私達のいる場所からは祠の内部は覗けない。ただ闇が広がる空間だけが見えているだけだ。武官達と今か今かと祠の前で待っていると、金属が擦れ合う音が祠の奥から聞こえてきた。
葵様の錫杖の音だ!
「葵様!!」
私が祠の奥に向かって声を掛けると、一瞬音が止まったけれど、またカシャン、カシャンと音がなり、ゆっくりと葵様の姿が現れた。
「葵様!!」
私の姿を見つけた葵様は気が抜けたように膝から崩れ落ちた。
「葵様っっ!」
私は駆け寄り、葵様を抱き起こした。
「久しぶりだね、宵闇。嬉しいよ」
「よく、ご無事で……。本当に良かった」
戻ってこられた、また会えたことが嬉しくて目に涙が浮かぶ。葵様は自力では動けそうにないほど疲弊しているようだ。
私一人で来ていたら当分そこから動くことは適わなかっただろう。二人の武官に葵様を抱えてもらった。
「葵様、よくお戻り下さいました。このまま癒し池に向かいます」
「宵闇、あり、が、とう」
そうして私達は葵様を連れて神の癒し池に飛び、武官は葵様を抱えたままゆっくりと癒し池に入った。
この四年、葵様は一体どんな修行をしてきたのだろう?池に入った葵様は全身から淡い光が上がり始めた。武官は暫くの間葵様を支えていなければならないほど怪我をしていたらしい。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
葵様はそう応えると、武官は一礼し、池から上がった。
「葵様、おかえりなさい」
「宵闇、迎えに来てくれてありがとう。助かったよ。その服、神祇官の長になったのかな?」
「はい。葵様が天津の祠に入られた後に番紅花様より頂きました」
「そっか。宵闇も大変だったね。アキコク様の修行は終わった? 結構厳しかったんじゃない?」
「厳しかった、ですね。でも私があまりに無鉄砲で何にも考えずに動いていただけだったから」
私は自分のことを話すと少し気恥ずかしく思える。だって葵様に比べたら全然厳しくないのだ。
「葵様、暫くはゆっくり休んで下さいね。先日山吹様も修行から帰ってこられましたし。大社の方は落ち着いています」
「わかった。少しゆっくりさせてもらうよ。宵闇、ありがとう」
私と武官は一礼し、癒し池を後にした。良かった。私は白帝様のいる社へと報告に向かった。




