第二十七話
「さあ、後悔している暇はなイ。修行に入るゾ」
「はい」
「そこの光る丸い石があるだろウ? あれを体内に移動させ力を解放しロ」
「? 石を解放する?」
「お前の能力だろウ?」
「能力、ですか? 私の能力は悪しきものや瘴気を取り込んで封印の玉にすることです。実体のあるものはできません」
「体内で封印の玉ができるのなら解放もできるはずダ」
私はアキコク様に言われて自分の能力について考えたかもしれない。無意識に体内で術式を作っていたということ?
私が他の人達と違って術式を床に描いても発動しなかったのはなぜ? 様々な疑問を頭に浮かべながらアキコク様が指した丸い石に手を翳してみる。
「えいっ! えいっ」
……石は微動だにしなかった。
何度も何度も挑戦してみるけれど、相変わらず手にも身体にも反応がない。
「仕方がない。時間がないからナ。手伝ってやろウ。アキコク様の尻尾の先からポンッと出てきた薄い緑色の小さな玉を私は受け取った。
「これを使ってみロ。私が作った疑似瘴気ダ。手から取り込み、反対の手から出すんダ」
私は受け取った玉を右手に乗せると、手のひらからするりと玉は身体の中に入っていった。
!!
瘴気とは違うのに身体の中を通る感覚が分かる。解放させるにはどうすればいいのだろうか? ゆっくりと疑似瘴気の玉の感覚を追いながら左手に出す。
何度も何度も同じように繰り返していく。これが本物の瘴気であれば身体は傷つき、何度も取り込めば中から蝕まれる感覚になるけれど、そういった感じはこの玉にはないようだ。
何度やっても解放の仕方が分からない。
どうしよう。
私は不安が焦りに変わっていく。
何度も投げ出してしまいそうになる度にアキコク様は尻尾で頭を叩いた。
「宵闇、落ち着ケ。集中しロ。自分を信じるのダ」
何度もアキコク様に支えてもらい、何十回と取り込むうちに小さな変化に気づいた。玉が身体の中心に入ろうとした時、ほんのわずかな感覚だが、何か違和感を覚えた。
ようやく、ようやくと言っていい。
「アキコク様、もしかしてこの感覚ですか?」
「お前……気づくのが遅すぎル。そうダ、それダ」
アキコク様は大きなため息を吐いた。
「感覚を研ぎ澄ませ、もっとどう変化しているのか理解するんダ」
「はい!」
感覚を研ぎ澄ませる。集中してやっていた時とはまた少し違う。考え方を変えるような、自分の中の小さな変化に目を向けるような例えが難しいこの微妙な感じ。薄っすらと何かに包まれているような感覚に近い。
剥がしていけば良いのだろうか?
何度か試した時、疑似瘴気の玉はポンッと消えてしまった。
「さあ、今日は帰レ。明日、またここに来るのだゾ」
「えっ?」
私はアキコク様に言われて周りを見渡すと、既に日も傾きはじめていて森の中は暗くなっていた。
「アキコク様、有難う御座います。明日も頑張ります」
「ああ、待っていル」
そう言うと、アキコク様は淡い光と共に消えた。
「もうこんな時間。早く帰らないと」
私は急いで神祇官へと戻った。
「宵闇、おかえり。これが今日の分。番紅花様から仕事は怠る《おこたる》なって言付かったわ」
「糸瓜さん、今日はご迷惑をおかけしてすみませんでした」私は書類を受け取りながら謝ると、糸瓜さんは笑っていた。
「宵闇が真剣な顔で番紅花様を探しているんだもん。
驚いたわ。まあ、私達は会ったことがないけれど、アキコク様はいたずら好きって聞くし、それだけ気に入られているんじゃないかな?まあ、あんまり無理しないでね」
私は机に向かい書類に目を通し始めた。
……眠い。
今日は朝からずっと動きっぱなしだったせいもあって書類に目を通しているうちに瞼が重くなってくる。私の様子に気づいた番紅花様が私の隣へ来て声を掛けてくれる。
「宵闇、今日はもう遅い。帰るといい」
「番紅花様、まだ書類が終わっていなくて……」
「どれ、見せてみろ」
そう言うと、隣に座り、私の手に持っていた書類を受け取り確認している。
「宵闇、始めるぞ」
「はい!」
「この書類であれば太政官行きの籠にいれておけばいい。これは印を押して神祇官の倉庫行きの籠だ」
番紅花様は見かねて私を手伝ってくれるようだ。
「すぐにやります。番紅花様に遅くまで残らせてしまってすみません」
「問題ない。慣れていけばすぐに終わる。それに二人ならすぐに済むだろう」
やはり長年していただけあって私よりも処理の速さは何倍も早い。
「私ができるのはこのくらいだ。宵闇はアキコク様の元でしっかりと修行をするのが最優先事項だからな」
「はい。頑張ります」




