第二十二話
「宵闇、山吹様にも言われていたでしょ? 神の癒し池に行っておいで。後は私がやっておくから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて行ってきます」
糸瓜さんに報告書を託して私は池に向かった。先日の大勢の人達がいたのに今日は武官が二人ほど浸かっているだけで静かなものだった。
私は失礼しますと静かに池に入ると、一人の武官が声を掛けてきた。
「宵闇、体調が優れないのか?」
「いえ、先ほど瘴気を吸ったので体内の瘴気を取り除くためにきたんです」
「そうか。なら良かった。これからお前も長の手習いがあるんだったよな。まあ、頑張れ」
「……長の手習い、ですか?」
「なんだお前、聞いていないのか。俺から話すのも可笑しな話だ。神祇官に戻った後、聞いてみるといい」
「はい」
どういう事だろう?
長になるための勉強があるということは番紅花様に何かあったのかな?
それとも何かあるのかな?
もしかしたら何かあった時に自分の代わりが必要だから、ということなのかもしれない。でも、それなら新人の私よりも他に適任がいるはず。私の能力が特殊だからなのかな? 私は返事をしたものの武官の言葉に消化不良を感じる。
もともと体の中に残っている瘴気はわずかだったためすぐに光の玉は消え、私は立ち上がった。
「ではお先に失礼します」
「宵闇、またな」
私は軽く会釈をした後、神祇官へと戻った。草の実さんたちは報告書を既に纏め終わっていたようで私を見つけた後、小さく手を振っている。
「宵闇、戻ったか」
声の方向に視線を向けると、そこには番紅花様の姿があった。
「番紅花様! ただいま戻りました」
「宵闇、少し話がある。こっちへ」
「……はい」
先ほどの武官の人が言っていたようなことがあるのだろうか。少し緊張しながら番紅花様の後をついていき、誰もいない部屋に入った。
「そこに座るんだ」
「はい」
何を言われるんだろう。
考えていたこととは違うのかな。
もしかして怒られる? なんて色々な考えを巡らせながら座り、番紅花様を見る。
「宵闇、大事な話をしなければならない」
「大事な、話ですか?」
「そうです。今回の各地で悪しきものが涌いたことによる影響の話だ」
「……影響」
「春の国からは確定事項という話はないが、春の国の神祇官の長と春の国の蒼帝がその座を降りることになる。俺も長の座を降りる」
「えっ。番紅花様が長を降りられるのですか?」
「こればかりは仕方がない。罰だからな」
「罰って何なのですか?」
「ああ、宵闇はまだ生まれてからそれほど経っていないので知らないのかもしれん。悪しきものはどうやって涌くのかは知っているな?」
「はい。人間達に忘れられた社などから瘴気が生まれ、そこから悪しきものが生まれる」
「そうだ。その他にも恨みなどの負の感情を抱いた神の成れの果て。前者であれば我々がいつも対処しているようにそれほど力の強いものはいない。だが、元神であった場合は違うのは知っているな?」
私は番紅花様の言葉に頷いた。
「自分達で対処が出来ない場合は各国に救援を要請し、時には神降ろしをする場合もあると教わりました」
「神降ろしをする場合は我々も罰を受ける場合がある」
「罰を受ける、場合ですか」
「ああ。神が悪しきものに堕ちるまで我らが何も対策を施さなかったと考えられたのだろう」
「ですが、我々は各国の帝様の指示により動いているだけで神祇官の長が罰せられるのはおかしいです。あまりにも理不尽ではありませんか」
私は正直な気持ちを番紅花様にぶつける。
「神は人間とも我々とも考えが違うのだ。それに我々神祇官は神々に直接祈りを捧げるだろう? そして願いを聞き、我々に都度必要な力を貸し与えてくれる。過去に神降ろしを行い、罰を受けなかったこともある」
「番紅花様、神罰って何ですか?」
私は疑問を口にすると、番紅花様は顔色を変えることなく答えた。
「能力の剥奪だ」
「え……。今も能力が使えない状態なのですか?」
「ああ、そうだ」
私は能力の剥奪と聞いて驚きを隠せなかった。
「能力が使えないってどのような感覚なのですか?」
「そうだな、術を使おうとしても何も起こらない。まるで、呼びかけても返事のない空間にいるような感じだ」
番紅花様は全てを受け入れているようで顔色を変えることなく話を続ける。




