第十七話
「火影様、宵闇、おかえりなさい!」
「戻った。宵闇の体調は良くない。すぐに癒し池に向かわせろ」
「はい!」
まだ衛門府はバタバタと落ち着かない様子だったが、目途がたったようで武官や受付の人達に笑顔が戻っていた。
「宵闇、あとは大丈夫だからこのまま癒し池に向かって治療が終わったら神祇官に戻ってちょうだい」
「分かりました。火影様、ありがとうございました」
「ああ、また頼む」
こうして私はまた癒し池に向かった。ちょうど日も傾きはじめていて池までの道の両端にある灯篭には火がともされている。
さすがに疲れた。
神の癒し池も今日は遅くまで人が浸かっていて、何人かの名無し様の姿も見える。
「宵闇、癒し池に参りました」
「入りなさい」
私は遠慮がちに池に浸かり、瘴気の怪我を癒していく。やはり自分が思っていたよりも体は悪しきものからの影響をうけていたようだ。淡い光の玉がいくつも体の中から外へ出てくる。
「宵闇、大丈夫?無理したんじゃないかい?」
「葵様、お久しぶりです。松濤の浜にいた悪しきものは少し大きくて自分で思っているより浸食が激しかったんで最後は膝を突いてしまいました。でも春の国の武官から癒しの餅を食べてここまで無事にこれました」
「ようやく悪しきものの討伐が落ち着いたようだし、少し休むといい」
「人間界はどうなっているのでしょうか」
「都と呼ばれるところは大勢の悪しきものが通りを歩いて白帝様が神降ろしをしたと聞いた。僕が向かった先も悪しきものが人型をとっていて消滅させるのに時間が掛かった。当分は御免被りたい」
「葵様でも時間が掛かったなんて。それにしても都の方は白帝様が神降ろしをするほどの強力な敵だったのは恐ろしいですね」
「大丈夫。スサノオノミコト様が降りて全て処理されたらしい。人間達は百鬼夜行なんて呼んでいたらしく気楽なもんだよ」
葵様は優しい顔で話をしている。普段から私達は姿を隠しているため殆どの人間には私達や悪しきものを見ることができない。だが、力の強い悪しきものは人間達に見えるようにわざわざ姿を見せることもある。
都で百鬼夜行と言われたのは悪しきもの達が姿を隠さなかったせいだろう。人間達は隠れるようにしながらも悪しきものを眺めていたようだ。
「葵様、その手は大丈夫なのですか?」
私はふと気になり聞いてみた。葵様の右手は斬られたような傷があり、薬指と小指がない。
「ああ、問題ないよ。悪しきものを消滅させる時に抵抗された傷だ。僕がもっと強ければ良かったんだけどね。ここに暫く浸かっていれば元に戻るし問題ない」
葵様は心配するなと微笑みを返す。淡い光が傷ついた手元から留まっていて全てを治療するには時間が掛かりそうだ。
私達はゆっくりと傷を癒しながら雑談していると、ざわめきが起こった。葵様と私は自然と会話が止まり、声の方に視線を向けると、視線の先には白帝様と曼殊沙華様が癒し池の前で立っていた。
白帝様だ!
先ほどまでの騒めきは嘘のように静まり返る。私は緊張しながら他の人達と同様に二人が池に入りやすいようにさっと移動し、空間を開ける。
白帝様も曼殊沙華様も所作の一つひとつに我々とは違うような畏敬の念を感じる。
きっと他の人達も同じような感覚ではないだろうか。視線を向けるのも烏滸がましいような、同時に自分と同じこの場にいるという嬉しさが混在している。
「宵闇、こちらへ」
「は、はいっ!」
白帝様に声を掛けられ、私は緊張しながらゆっくりと白帝様と曼殊沙華様の前に出て膝を突いた。
「そう緊張しなくてもいい。宵闇、貴方の状態を確認しにきましたが、問題は無さそうですね。皆もよく頑張りましたね。
宵闇の活躍は春の国の衛門府からも聞こえてきました。暫くは人間界も落ち着くはずです。今回、悪しきものの討伐は大方落ち着きました。各地で起こったことは後日春の国から詳細がきます。皆もしっかり養生するように」
「宵闇、頑張ったな」
「曼殊沙華様、有難う御座います」
声を掛けてもらえるなんて嬉しい。白帝様はふわりと頬笑んだ後、社へ戻られた。私は池の中に戻り、池の中にいた者達は白帝様達の姿が見えなくなった途端に話を始めた。
「宵闇、良かったな!」
「はいっ! 白帝様に褒められましたっ!」
池に浸かっていた人達から褒められた。嬉しい。
神祇官に入ってからずっと見習いとして封印が出来るように努力を続けていた。
焦ったり、不安で押しつぶされたりする日もあったけれど、今まで頑張ってきたのが報われたような気がしてくる。




