第十六話
「さ、いくぞ。次は松濤の浜だ」
「はい」
私達は松濤の浜の少し手前に転移した。転移した瞬間から異様な空気を感じ、薙刀を握りしめた。
「……火影様」
「ああ、これは酷いな。我らが呼ばれた理由も納得だ。春の国からの応援できたが、我らも全力で掛からねばならんな」
「はい」
松林を抜け、浜に入った。今の季節は春だというのに強風が吹き荒れ、厳冬の海のように白波が立ち、高波が防風林まで飲み込んでしまいそうなほど普段見ることのできない異様な状況だった。
春の国の武官達五人が悪しきものと対峙しているようだが、各人怪我をしており劣勢を強いられている様子が見て取れた。
「秋の国、衛門府の火影、神祇官の宵闇が助太刀に来た!」
「神祇官がいるのか。助かる!」
火影様は悪しきものから目を離すことなく短く挨拶する。
悪しきものはというと、先ほど私たちが倒したものとはまた違った形で泥のような形状をしているのだが、太刀で斬りつけても液状のためあまり攻撃が効いていないようだ。
だが、液状がたまに棘のように形を変え、攻撃するようで攻撃の予測がしにくく、倒すのに時間がかかっているようだ。
「宵闇、準備はいいか?」
「はい! どこまで出来るか分かりませんが、悪しきものの吸い込みを始めます」
液状のような悪しきものに手を翳し、瘴気を含めて私は封印の玉を作り始めた。
「君の封印は自ら瘴気を取り込むのだな」
悪しきものが纏っている瘴気を取り込み始めると、敵は徐々に動きが鈍くなってきた。
「硬くなってきたぞ! 総攻撃だ!」
春の武官の一人が声を上げると、皆が一斉に悪しきものへと斬りかかった。
私は無理をしないことを心に留めながら瘴気を取り込み続け、封印玉はころりと一つ砂浜に落ちた。
纏っていた瘴気が無くなり始めると悪しきものは全身を棘に変え、武官達に襲い掛かった。
「秋の宵闇、下がれ」
「はい!」
私は武官達の邪魔しないように後ろに下がり、距離を取った。同時に武官達は器用に太刀や薙刀で悪しきものを刻み始めた。
「宵闇、封印を」
「はい!」
薙刀を消し、武官達の邪魔にならない程度まで近づいて悪しきものに向かって手を翳し、悪しきものを吸い込み始めた。
悪しきものは抵抗するように私に向かって棘で刺そうとしてくるけれど、武官達が斬って阻止をする。
棘では効果がないと思ったのか、今度はべたりと悪しきものが私の手に絡まり、這いずりながら私の身体から逃げようとしている。
抵抗する悪しきものを押さえつけるように集中しながら速度を落しながらゆっくりと吸い込み、ころりまたころりと封印の玉が反対側の手から落ちていく。
「封印の玉が出てきたぞ」
武官達は私に視線を向けて待つ。
最後の玉がころりと落ちた時、疲労で私も膝を突いてしまった。
「宵闇、大丈夫か?」
「ほ、火影様。無事、封印が終わりました」
「終わった!! 秋の宵闇、感謝する。我々も残った瘴気を片づけるぞ」
一人の武官がそう言うと、他の傷ついた武官達も瘴気を焼き、水や風を使い浄化するように動き始めた。
「この封印玉は我らの社で預かる。宵闇、君の今後の活躍を期待している」
「あ、ありがとうございます!」
武官は落ちている封印の玉を拾い上げ頬笑んでいる。その後すぐに火影様と何か話をしていた。各国の状況を聞いているのかもしれないが、酷く疲れているせいか私は座ったまま動けずにいた。
「おい、君、大丈夫か?」
「あ、貴方は?」
「俺は春の国の雪代だ。顔色が悪い。さっきの封印でかなり体力を消耗したんだろう?」
「自分ではまだ大丈夫だって思っていたのですが、体は悲鳴を上げていたようです。少し休めば動けるようになりますし、大丈夫です」
「無理はするな。ほら、これを食べろ。俺が作った餅だ」
そう言って雪代様は私に小指の先ほどの小さな餅を渡してくれた。
「これは?」
「俺の能力は癒しなんだ。強い力ではないが、多少は回復する」
「ありがとうございます」
私が小さな餅を口に放り込むと、先ほどまでの体を浸食され、削られるような感覚が少しずつ和らいでいくのが感じられた。
「良かった。君にも多少の効果があったようだ。国が違えば効果も落ちると聞いていたからな」
「本当にありがとうございます。助かりました」
「お礼はいい。君がいたから封印が出来たんだ。神祇官の者がいるだけで俺らはかなり助かっている」
「宵闇、そろそろ国に戻るぞ」
「火影様! 話は終わったのですか?」
「ああ。そこの者、感謝する」
「いえ、こちらこそ助太刀に感謝しております。では、宵闇またな」
「雪代様、ありがとうございました」
私は雪代様にお礼を言った後、火影様と共に浜を後にする。
「……宵闇、無理をさせたな。よくやった」
火影様は前を歩きながら口を開いた。
「いえ、私は大丈夫です。武官様達のお役に立てただけで嬉しいですから」
「お前はもう少し、自分を大事にしろ。このまま癒し池に向かう」
「はい」
火影様はぶっきらぼうに言っているけれど、私に歩幅を合わせてゆっくりと歩いてくれている。それに気づいてじんわりと心が温かくなるのを感じた。
以前は瘴気を体内に取り込むだけでも身体が辛かったことを考えれば少しは成長したのかも。そう思うと少し自信が出てきた。




